十五.黄泉大神イザナミとの総力戦・其の二
怪力神タヂカラオ。
神楽の女神ウズメ。
食物の女神オオゲツヒメ。
小さき闇の神ウケモチ。
(分断したはずの仲間どもが、スサノオの下に合流した……か)
にも関わらず、黄泉大神イザナミは余裕に満ちており、その哄笑は黄泉の国全土に轟くほどであった。
「ははははは、よい。良き仲間を持ったのう、スサノオ……」
(ぬしらが近づいておる事、吾はとうに気づいておった。
黒雷を我が手で誅したのは、その警告ぞ? 分かっておろうな)
スサノオの安堵に満ちた表情。
危機を迎え、はぐれた仲間たちが(ツクヨミを除いて)この場に揃った。
彼らは高揚していよう。一柱一柱では敵わずとも、皆で力を合わせれば、この状況を打破できる――
(……そんな風に考えておるのであろうなァ)
「スサノオ。こやつらに感謝するがよい。
ぬしの為に、犬死にも厭わぬ神が四柱もおるのじゃ。
我が子ながら幸せ者よ。速やかに殉じさせてやろうぞ!」
「ケッ。何が殉じさせてやる、だ!
俺たちをそんな簡単にブッ殺せると思うなよ。
ブン殴ってやるから姿を見せやがれッ!」
先頭に立つタヂカラオが吠えた。
その背後を固めるウズメも、油断なく周囲を警戒する。
(素手で地割れを引き起こすほど、怪力自慢のタヂカラオ。
舞で神力を増し、卓抜した魅惑と体術を可能とするウズメ。
いずれも素晴らしき神じゃ。高天原に身を置くだけの事はある)
黄泉を統べるとはいえ、かつては「国産み」を行ったとはいえ。
今のイザナミは、腐り果てた一柱の亡者の神に過ぎない。
タヂカラオやウズメだけではない。単純な身体能力では、この場にいる誰よりも彼女は劣っているだろう。しかし――
「――ほほほ、そうかえ。吾の姿が見たいか? タヂカラオ」
黄泉比良坂より侵入したスサノオたち六柱。
彼らを分断した目的は、何も確固撃破したかったからではない。
彼らがそれぞれ、どんな神力を持ち、いかなる戦い方をするのか……それが見たかったからだ。
「ほんに愚かな男よのう。我が姿。我が穢れ。我が力……とうに見せておるわ!」
胸が悪くなるような臭気と瘴気が、音を立てて軋んだ。
タヂカラオとウズメの背後に、恐るべき穢れの塊が膨れ上がる。
現れたのは、おぞましき死者の姿。蛆の湧いたイザナミだった。
それらが同時に、二柱に掴みかかってくる!
「ひッ……!?」ウズメは舞う動きで振り払った。
「気持ち悪ィんだよッ!」タヂカラオは鉄拳を見舞った。
イザナミの腐った胸像は呆気なく破壊された。脆すぎて拍子抜けするほどだ。
ところが――難を逃れたと思った二柱の身体には、小さく蠢く「何か」がびっしりと纏わりついていた。
「い、嫌ッ!?」
「何だこれはッ……蜘蛛!?」
腐土かと思えばそれは、無数の小さな蜘蛛であった。数十、いや数百の蟲たちが、ウズメとタヂカラオの肉体の至る所に潜り込み、粘つく糸を吐き出している。
生糸のように細いのに、弾力性があり容易に振りほどけない。
二柱は失策に気づいたものの、糸に阻まれ身動きを封じられてしまった。
「……ようやった、大雷」
糸を張り巡らせた者の正体は、イザナミに仕える八雷神が一柱。
群がる無数の小さな蜘蛛全てが、大雷なのであった。
「ぐッ……このタヂカラオ様を、この程度で拘束した気になるたァ……いい度胸だぜッ」
タヂカラオはもがき、力任せに糸を引き千切ろうとした。が……
弾かれるような音と共に、怪力神の全身を激痛が駆け巡った。
「がッ…………!?」
肉体的な損傷は乏しいものの、痛みにより身体に力が入らず、意識も朦朧としてしまう。
ウズメもまた同様の攻撃を受け、すでに気を失っているようであった。
大雷は己の吐き出した糸を媒介とし、微弱な雷の力でも昏倒銃のように神経支配を狂わせる事が可能なのだ。
あっという間に動きを封じられた二柱を、腐った紫色の大地が盛り上がり、飲み込んでいく。
「……まずは二柱。ツクヨミも含めれば三柱か」
イザナミは暗い笑みを浮かべた。
いかな強き力や肉体を持つ生き物といえど、無慈悲な自然がもたらす「死」には敵わない。
黄泉大神となり、死と腐敗そのものとなったイザナミに抗えぬのも道理であった。
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「……ウケモチ」
ウケモチの背後から、オオゲツヒメが言葉をかけてきた。
麦の束を一房、手渡してくる。
「イザナミ様は国産み・神産みの母。わたくしにとっても、産みの母親ですわ。
そして……ウケモチ。貴方にとっても……」
「……!」
オオゲツヒメの言葉は、ウケモチの心に強い衝撃を与えた。
「共に過ごしたのはほんの数日ですが……気づかないとでも思いました?
その上で頼みます、ウケモチ。
どうか……スサノオ様の力になってあげて」
オオゲツヒメの声を聞き、小さな闇の神は弱気になった己の気概を恥じた。
ウケモチはオオゲツヒメに、小声で何事かを語った後、スサノオに向かって駆け出した。




