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十一.火の神カグツチとの戦い・其の四

 悪神同士の戦いは終結に近づいていた。

 もともとカグツチの生み出した側が圧倒的に数が多い。スサノオ側の悪神が殲滅されるのも時間の問題である。


「さぁてどう出るかね、スサノオ達は」

 カグツチは青い炎の顔でニタニタと笑い、彼らの動向を観察していた。

(モタモタしてたら悪神どもに食い殺されるだけだが、窮して飛び出すならそこを狙い撃てばいい)


 悪神がスサノオに次々と覆い被さり、炎の力で蒸し焼きにしようとした矢先。

 奴らの放った炎が突如、巨大な渦を巻いた!


「!?」


 カグツチが驚いている間にも、渦はさらに大きくなり、その力を増していく。


 巨大な竜巻となったそれは、群がる悪神どもを文字通り引き千切り、次々と元の泥の塊へと変えた。

 荒れ狂う大風は、カグツチのいる上空にまで凄まじい圧力を加え始める!


「何が…………起こった!?」


 全身引き千切れんばかりの突風が一旦止んだ。

 カグツチが見た先。すでに地上にスサノオはいない。


「はッ!?」

 いつの間にか自分と同じ高さの空中に、スサノオが仁王立ちしていた。

 その両肩には蝙蝠(コウモリ)の翼にも似た、夜闇の色をした皮膜が生えている。ツクヨミの御衣(おんぞ)が変化したものだった。


「スサノオ……お前、一体……!?」


(あれだけの大竜巻が発生したのに、何故涼しげな顔をしてその場にいられる?

 それに、何だあの頼りない黒い翼は……いや、翼の(てい)すら成していない。

 あんな貧弱な代物では宙に浮くどころか、空中で静止すらできるものか……!)


 カグツチは(おの)が火の神力を利用し、炎を推進力として飛行している。

 しかしそれでも、今のスサノオのように空中に静止できる力はない。空中浮揚(ホバリング)の為の精密動作を得るに至っていないのだ。


(もしやスサノオの風の神力か? 馬鹿な……ありえん!

 奴の風は自身の感情の起伏によって生じる力。言わば『暴走』させる事で生み出される代物だ。

 断じて今の奴のような、空中停止する為の繊細な風には不向きであるはず……!)


 確かに昨日までのスサノオであれば、微風を操る事など到底叶わなかっただろう。

 だが今の彼には、内なる兄ツクヨミによる全力の支援がある。彼のもたらす「気を鎮める」陰の気が……絶体絶命の状況にありながら、スサノオに平常心を保たせたのだ。


「悪ィな。カグツチの兄貴……もうアンタじゃ、オレたちには勝てない」

()れ言をッ!!」


 カグツチは漆黒の翼と炎の力を操り、再び高速飛翔を開始する。

 幻惑的かつ不規則な軌道と凄まじい速度は衰えを知らず、スサノオはその動きに対し、全く目で追えている様子もない。


「そのチャチな櫛ごと()っ首、斬り落としてやるッ!」


 カグツチの構える炎の神剣が、スサノオの首に届く寸前。

 再び竜巻が、スサノオを中心として発生した!


「なん……だとッ……!?」


 突如発生した凄まじい風圧を前にして、カグツチの必殺の軌道は大きく逸らされてしまう。

 カグツチはようやく事態を理解した。先の大竜巻も、スサノオ自身が生み出したのだという事を。


(バカなッ……竜巻の中心は無風だと言うが……何故これほどの力を持つ風を瞬時に生み出せるッ!?

 しかも奴の黒い翼は、全くこの突風の影響を受けていない。どころか……空中で静止したままだと!?)


 カグツチは気づいた。スサノオの周辺では未だに、別の小さな……微風の如き穏やかな力が常に発生している事に。


「オレは……海原を荒れ放題にしていた時は、感情に任せて暴風や落雷を暴れ回らせるだけだった」

 竜巻に翻弄され、必死に抵抗するカグツチを、スサノオは憐れんだ目で見ていた。

「でも今は違う。ツクヨミの持つ『月の神の力』が……オレの感情を自在に制御(コントロール)する術を教えてくれた。

 オレを空中に留めるための穏やかな風と、お前らをブッ飛ばす荒ぶる風……同時に扱えるまでにな」


(いくら感情を平静に制御できたとしても。同時に複数の、しかも威力まで異なる風を操るなんて……そんな芸当ができるのはスサノオぐらいだろう)


 スサノオの底知れぬ神力と才覚に、カグツチはおろかツクヨミも驚嘆していた。


「やっぱりオレ……性格の悪い疫病神なのかもしれねーな。

 悪神を操って災害を起こすって意味じゃあ、オレの方が遥かに上みてぇだ」


 カグツチは懸命に、持てる炎の力と取り込んだ雷神の力を使い、スサノオを打ち倒そうともがいたが……

 荒れ狂う暴風雨は彼の生み出した炎も雷光も、全て遥か彼方へと吹き飛ばした。やがて勢いを増した風は、カグツチと二柱の雷神をも飲み込んだ!


「ぬぐああああッッ!? 舐めるなァァァァッッッッ!!!!」


 嵐が過ぎ去り、静寂が戻った時。

 その場に残っていたのは、スサノオだけだった。


**********


「うー……上手く行ったぁ……」

 スサノオはゆっくりと地面に降り立ち、へなへなとその場に崩れ落ちた。

 あれだけの凄まじい大風を操ったのだ。消耗した神力は相当なものなのだろう。


『よくやったスサノオ。流石は私の弟だ』

 尻餅をついたスサノオを(ねぎら)うようにツクヨミは言った。

 黒い皮膜の翼に変身していたツクヨミの御衣(おんぞ)も元に戻っている。


「よせやいツクヨミ! お前に褒められると調子狂っちまうぜ。

 他の仲間たちがいれば巻き込んでいただろうし、オレ自身も空中にいなけりゃ、竜巻の起こす土砂崩れに巻き込まれて無事じゃあ済まなかったろう。

 今回みたいな状況だからこそ、無茶が出来たとも言えるんだろうな」


 ツクヨミと一致協力した時にのみ行える、切り札といった所なのだろう。


「しっかし……これからどうしたもんかね。

 カグツチの口ぶりじゃあ、分断された皆も戦いに巻き込まれてるっぽいよな。

 合流しようにも、みんながどこ行ったかも分かんねーし……

 オオゲツヒメもいないから、食糧も心許ないし。意外と今の状況、詰んでるんじゃあねーか?

 こんな事なら、カグツチを吹っ飛ばさずに情報を聞き出しておけば良かったか」


 困り果てた様子のスサノオであったが、ツクヨミは務めて冷静に答えた。


『いや、心配には及ばないよ。今こそ……これを使おう』


 スサノオの懐部分が闇色の衣に変わり、中から取り出されたのは……鹿の肩甲骨であった。


「ツクヨミ、お前それ……地上にいた、悪神に取り憑かれていた牡鹿の奴か?

 確か……占いに使うんだっけ」

「うむ。使用する許可は、供養した時に牡鹿の魂魄(こんぱく)から得ているから問題はない。

 波波迦(ハハカ)(註:上溝桜(ウワミズザクラ)の古語)の樹皮はいつも持ち歩いているし、この熱泥(ねつでい)地獄の地ならば、焼くための火種にも困らないだろう」


 ツクヨミが今からやろうとしているのは、最古の占いとして知られる太占(ふとまに)──鹿の肩甲骨を波波迦(ハハカ)の樹皮で包み炭火で焼き、その町形(マチガタ)(註:骨の表面の割れ目模様)によって吉凶を占うというものだ。

 古くは別天神(コトアマツカミ)たちが、イザナギ・イザナミに対し神託を授けるために行ったほどの、由緒正しき占術である。


 ツクヨミは早速、太占(ふとまに)のための準備に取り掛かった。

 鹿の肩骨を起こした火の上に置き、かつて父イザナギも(みそぎ)の際に唱えたという三種祓詞(ミクサノハラエコトバ)を唱えた。


吐普加身依身多女(トホカミヱヒタメ)──」


 この言霊、様々な意味を持ち、由来もまた諸説ある。


吐普加身依身多女(トホカミヱヒタメ)──」


 最古の説として『遠き神よ、恵み給え』の意であるとか。


吐普加身依身多女(トホカミヱヒタメ)──」


 トホ=刀。カミ=鏡。タメ=玉であり、三種の神器を示しているとか。

 ツクヨミが三度目の言霊を発すると同時に、炎に包まれた鹿骨に亀裂が走った。「兆し」が生まれたのだ。


「──祓ひ玉ひ清め給ふハラヒタマヒキヨメタマフ


 ツクヨミは結びの(ことば)を唱え終えるとすぐさま火を消し、割れた鹿骨をしばらくの間見つめていたが……やがて言った。


「タヂカラオ達なら心配は要らない。生きてまた合流する事ができるよ」

「本当か!?……なら早く、みんなを探しに行こうぜ!」


「いや……その必要はない。我々は我々で、先を急いだ方が良い」

「……何だよそれ。それも占いの結果か?」


「そうだよ。母イザナミの下へ向かおう。

 向かう方角は、兆しに従って動けばいいはずだ」


 スサノオは不満そうだったが、ツクヨミほどの力ある尊き神の出した太占(ふとまに)の結果に逆らう気も起こらない。

 しぶしぶツクヨミの言葉に従い、二柱は旅を続ける事にした。


(それに……占いが正しければ、恐らく最奥の玉座の間まで進む必要はない。

 向かう素振りさえ見せれば、業を煮やした母上が我々を襲ってくるはずだ。

 かつて父イザナギを直接捕えようとしたように……)


 「占いに集中力を要した」としてツクヨミの肉体は引っ込み、結局歩く役目はスサノオになる訳だが。

 それでも兄の「母に会える」という言葉に、彼の気持ちは昂ぶっていた。

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