表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/72

三.ウズメ&ウケモチvs影鰐・後編

 ウズメは隣にいる小さな闇の神ウケモチの横顔を見ながら思った。


(この子……一体何者なのかしら?

 成り行きでオオゲツちゃんに懐いて、何となく仲間になった、って感じだけど……

 ただの元・禍津神(マガツカミ)ってだけじゃないよね)


 手先は器用で様々なモノを作り上げるし、(サメ)の習性についても知識がある。どうやら舟で海原に出た経験もあるようだ。


(もしかしてオモイカネちゃんみたいに、常世(とこよ)の国の出身だったりするのかな……?)


 常世(とこよ)の国。海を越えた先にあるという不老不死の異郷。

 そこから舟に乗り、高天原(タカマガハラ)葦原(アシハラノ)中国(ナカツクニ)に渡ってきた神はそれなりにいる。

 しかし今は憶測の域を出ない。ゆっくり質問をしている時間もない。目前の危機に対処しなければ。


(今確実に言えるのは、ウケモチくんは頼りになる仲間って事よね。

 あたしにとってはそれで十分!)


 巨大な黒(ザメ)の怪異・影鰐(カゲノワニ)は、いよいよウズメとウケモチの立っている孤島ごと飲み込まんと動いた。

 海中を渦を巻くように回転し、徐々に距離を詰め逃げ場を無くす。


 ふとその最中、影鰐から小さな黒い影がバラ撒かれているのをウズメは見た。


(何アレ……気づかなかった。いつから……?)


 ざりざり。ざりざりざり。

 ウズメたちの立っている地面の周辺から、砂を噛むような耳障りな音が聞こえてくる。それもひとつではない。

 かきむしるような不協和音の大合唱が、すでに彼女らの足元にまで迫っていた。


「…………ッ!?」


 音の正体は、影鰐の撒いた小さな影たちだった。

 それらは意思を持って、ウズメとウケモチの立っている孤島に群がっていた。


 近づいてよく見ると、彼らは影鰐の稚魚の群れだった。

 まだ幼いためか、(サメ)というより(ウナギ)のような円口類に近い生物。

 食欲のみで蠢く事を象徴するかのように、身体のほとんどがびっしりと歯の生えた口だけで構成されている。


 醜怪(グロテスク)な怪魚の群れはガジガジと島の土を貪り喰らい、どんどん肥大化していく!

 影鰐は旋回しながら卵を産み、瞬く間に成長した「そいつら」を使って、孤島の足場を切り崩そうという腹積もりらしい。


 怪魚たちの中でも勢い余った者どもは島だけに飽き足らず、ウズメの柔らかい肉を喰らおうと元気よく飛び掛かってきた!

 幸い数は多くなく、次の瞬間にはウケモチの葦矢(あしや)とウズメの両手の筆架叉(ひっかさ)で弾き飛ばす事ができたが、事態は全く好転していない。


「うわぁ……いくら小さくても、この子たちは可愛くないッ」

 ウズメは心底嫌そうな顔をして言った。


 だがウケモチは別の方向を見ていた。

 こちらが本命だと言わんばかりに、巨大な黒鮫は二柱に迫っている。


「ぐたばれェェェェッッ!!」


 影鰐は雄叫びと共に、これまでにない大口を開け島を一飲みにした!


 バリボリと島そのものを、先ほど産み落とした稚魚たちごと吸飲し、咀嚼する!

 巨大な黒鮫の口内から吐き気を催すほどの血臭と悪臭が撒き散らされ、喰われた怪魚たちの悲鳴もすぐに聞こえなくなった。

 影鰐はそれらを意に介する事もなく、だらしなく食事の余韻に浸っている。

 その時であった。


「──危ないわねぇ。

 島を丸々食べるだろうって予想はついてたけど、自分の子供ごとやるなんて」


黄泉醜女(ヨモツシコメ)といい、コイツといい……黄泉(ヨミ)の住民になっても、飢えから逃れられないってのは悲しいものね)


 影鰐の頭上からウズメの声がした。次の瞬間、ウケモチの放った葦矢が閃き、合神の眉間と右眼を正確に射抜いた!


 アギィィィイイイイッッッ!?


 (けが)れを祓う矢の力の激痛により、再び影鰐の絶叫が海地獄に轟いた。


「向かってくる動きさえ分かっていれば、見極めて躱すのは……

 あたし達なら容易い!」


 同じく頭上に跳んで逃れていたウズメが影鰐の頭に乗っかり、閃くような早業で右の筆架叉(ひっかさ)で鮫の急所たる鼻先を貫いた!

 どす黒い血と共に、合神の持つ(けが)れが勢いよく噴出する。


「……ガガガガァァァ……お前ェ……だぢィィ……」


 苦悶の呻き声を上げる影鰐。両眼を潰され、眉間と鼻先を貫かれているのだ。

 いかな二柱が非力な神といえど、その損傷(ダメージ)は相応のものだろう。

 ウケモチはさらに追撃を行うべく、桃弓に矢をつがえ、その大口に向かって狙撃しようとした。


「……まんまどぉ……引っかかっだなぁ……?」

「!?」


 傷だらけの影鰐の大口が、ニヤリと不気味な笑みを浮かべたように見えた。

 黒く濁った雷雲がいつの間にか、頭上に重くのしかかるように集まっており……不吉な音を立て始める。


 次の瞬間、光が視界を焼き尽くした。

 影鰐の背に乗っていたウズメとウケモチに向かって(イカヅチ)が落ちたのだ!


 轟音と閃光が消えた後……淡群青(コバルトブルー)の海原に、二柱の身体が黒焦げになって漂っていた。


 影鰐の本体である雷神・黒雷(クロイカヅチ)は、勝利の喜悦に内心ほくそ笑んでいた。


(こいつらも引っかかった……オデの図体とたどたどしい口調に皆、オデの事を頭の悪い神だと思い込んで油断する!

 (ワニ)の姿に変身したのも、ひたすら貪り喰おうとしたのも、殺す際には必ず食べるだろうという固定観念を相手に植え付けるためよォ!

 まさか腹を満たす事に異様なこだわりを持った、頭の悪そうな神が……最初から落雷で仕留める気だったなどと思うまい)


 黒雷(クロイカヅチ)は己の巨体や頭の悪そうな外見をはっきり自覚しており、それを利用する程度には頭が回った。

 そもそもウズメもウケモチも、素早く動き相手を翻弄する戦い方を得意とする。巨大化して力任せに攻めるなど愚の骨頂だろう。

 それが故に、単純な鮫の化け物になり本能で動いているフリをして、勝利したと思わせた瞬間を狙った。

 彼も雷神の端くれ。暗雲から雷を呼び寄せ、ウズメ達に浴びせる機会をずっと伺っていたのだ。


「くくくく……黒焦げの死体じゃあ、いい食事にはならねェが……黄泉大神(ヨモツオオカミ)さまに手柄を見せるためだァ。

 回収しておくかァ……それに今なら他の雷神たちに加勢もできる。もっと美味い肉にありつけそうだァ!」


 影鰐は黒焦げになった神々の身体を大口を開け、海水ごと吸い込み一飲みにし……海地獄を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ