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四.刻まれし過去(とき)を読む神、ツクヨミ★

「…………大丈夫かッ!?」


 息せき切って駆けつけてくる二柱の男神。スサノオとタヂカラオだ。

 しかしいざ辿り着いてみると、戦いとは縁遠いのどかな雰囲気である。呆気に取られていたものの……スサノオは心の中のツクヨミが、こっそり舌打ちするのを聞き逃さなかった。


 タヂカラオは舞っている女神を見て、驚き声を上げた。


「……ウズメ! お前いつの間に、帰ってきてたんだ?」


 ウズメと呼ばれた女神は、舞うのを止めた。


「つい三日前――よ。久しぶりね、タヂカラオ。

 あたしが間に合ってなかったら、今頃この女神(ひと)、危なかったわよ?」


 そしてタヂカラオの隣にいるスサノオを見て……にんまりと笑って言った。


「随分可愛らしい子を連れてるじゃない? あたしにも紹介してよ」


**********


「危うい所を助けていただいて、ありがとうございます。

 わたくしの名はオオゲツヒメ。食物を司る女神です」


 オオゲツヒメは立ち上がり、丁寧に頭を下げた。

 改めて見ると、ふっくらした身体つきが印象的な女性である。決して美しいとは言えないが、その微笑みはどことなく見る者を落ち着かせる雰囲気があった。


「別にお礼なんていいわよ!

 危ないと思ってあたし、無我夢中で踊ってただけだし……」


 対する礼を言われたウズメは、満更でもないのか照れ臭そうにぱたぱたと手を振った。

 女神同士での自己紹介が終わった後、スサノオとタヂカラオら男神も同じく名乗った。


「へえ、スサノオくんって言うんだ。あたしはウズメ。よろしくね」


 スサノオの目はウズメと名乗った女神の美しさ――とりわけその肢体に釘付けになっていた。

 葦原(アシハラノ)中国(ナカツクニ)は勿論、天上の高天原(タカマガハラ)でも見た事のない、華麗で鮮やかな衣。彼女特有の癖なのか、話をする時に遠慮なく距離を詰めてくる為、顔が近い。しかも前屈みの姿勢ゆえか、健康的で形の良い胸の谷間が否応にも視界に飛び込んでくる。少年神たるスサノオは目のやり場に困るのだった。


「お、おう……よろしく。ウズメ……さん」


 差し出された右手を躊躇(ためら)いがちに握るスサノオ。


「こっちに戻るのはもう少し後の予定じゃなかったか? ウズメ」


 タヂカラオが尋ねると、ウズメは心外そうに言った。


「そのつもりだったけれど……韓国(からくに)にいても気づけるほど、巨大な暗雲が漂ってるじゃない?

 だから無理を言って舟を用意してもらって、すっ飛んで来たのよ。

 そしたら案の定……来る日も来る日も薄暗くて、お日様も全く拝めなくなっちゃっててさ。

 本当に一体、どうしたってのよ……? アマテラス様の身に、何かあったの?」


 ウズメの質問に、スサノオは表情を曇らせ俯いた。

 タヂカラオもどう話すべきか、考えあぐねているようだ。


『――話しておいた方がいい、スサノオ』


 不意に澄んだ声が響き渡ったが、その場にいた四柱のどれでもない。

 だが声じたいは、スサノオの口から発せられたものである事はすぐに分かった。何故なら彼の左眼が金色に輝き――細長い不気味な瞳孔に変化していたからだ。


『私も自己紹介しておこう。我が名はツクヨミ。スサノオの兄であり……月を司る神だ』


「やはり……ツクヨミ様だったのですね! お久しゅうございます」

 ツクヨミの名乗りに、オオゲツヒメはパッと顔を輝かせた。


(ツクヨミ……オオゲツヒメと面識があるのか?)

 スサノオは顔見知りであるらしいオオゲツヒメを訝った。何故なら自分には、彼女との面識がなかったからだ。

(一体いつ、どこで? オレの知らない所で……)


 更に不可解なのは、オオゲツヒメはツクヨミに対し、少なからず好意的な態度である点だ。

 『生まれた時から』ずっと一緒にいるスサノオですら、ツクヨミが慕われるような状況を全く想像できなかったりする。

 自分の『兄』を名乗る月の神の性格の悪さは、幼少の頃から嫌と言うほど思い知らされていた。


『これから私が説明する事は、地上を覆う暗雲の原因。

 そして何故オオゲツヒメが、これほど多くの禍津神(マガツカミ)に襲われたのかに対する答えとなろう。

 だが今は――時が惜しい。くどくどと言葉で語るより、我が神力を使った方が早い』


 ツクヨミはそう前置きし、スサノオの左手を突き出した。

 それは逞しい少年神のものではなく、透き通るような白く細い、女子(おなご)のような腕であった。


『我はツクヨミ。三貴子が一柱にして、”月”を読む神なり。

 月とは”暦”。万物に刻まれし記憶――夜闇に葬られし過去も、我が神力によって(うつつ)とならん』


 謳うように、囁くように……ツクヨミは己が力の(ことわり)を紡ぐ。


『このスサノオと、我ツクヨミが記憶を――汝らにも”読ませて”しんぜよう。

 真実を知りたくば。知る覚悟があるのなら……我が手に触れるがいい』


 スサノオからの言葉はない。ツクヨミの行いを黙認しているのだろう。

 ウズメとオオゲツヒメはごくり、と唾を飲み込んだが……やがて意を決したか、思い切ってツクヨミの手を取った。


「…………!」

「ッ!?」


 すると即座に流れ込んできた。

 ツクヨミとスサノオ。彼らの行いによって引き起こされた、この世界の惨状に至るまでの記憶が――



(序章 了)

ツクヨミ/月読

挿絵(By みてみん)

 三貴子のひとり。夜之食国(ヨルノオスクニ)を治める月の神。一応主役。

 夜之食国(ヨルノオスクニ)の「食す」とは「支配する」の意。実際のところ、この国がどのような国なのかを明確に記している文献は存在しない……っていうか古事記に名前しか出てこない。黄泉の国と同一視する意見もあるようだ。

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