ウケモチとウズメ、桃弓と葦矢を作る
女神ウズメが意識を取り戻すと、目の前に広大な青い海が広がっていた。
遠くに目を凝らしてみるが、白い煙のようなものに覆われていて見通す事ができない。
(あれ……ここは……? どこだっけ)
一瞬、別の世界にでも迷い込んでしまったのかとウズメは思った。
だが海の美しさとは裏腹に、彼女の倒れていた地面は相変わらずの灰色であり、ここが黄泉の国の一部だと気づかされる。
(そっか……オオゲツちゃんとタヂカラオが泥に沈んで、あたしとウケモチくんも……完全に、みんなとはぐれちゃったのか……)
皆と歩いている最中、地面が熱を帯び泥化して足を取られ……そのまま飲み込まれて意識を失ってしまったらしい。
傍らには闇を纏った小さな神ウケモチが、同じく意識を失ったまま倒れていた。
幸い身体に傷も火傷も見当たらなかったが……吹き荒ぶ風は冷たく、はぐれた他の皆の行方も知れず、心細い。
ふとウズメは、ウケモチが大事に抱えている桃の木の枝に気づいた。
桃木の神オオカムズミより受け取った時より、幾らか加工が施されており、流線型の美しい形になっている。
(いつの間にここまで……あたし達が休息している間にもせっせと木を削ってたんだ)
ここまで形が整っていれば、ウズメにも彼が何を作ろうとしているのか、見当がついた。
「起きて、ウケモチくん……大丈夫? しっかりして」
ウズメはウケモチを起こそうと彼に近寄り、肩を叩いてみる。
いきなり頭を揺さぶったりするのは危険だと、大陸で交流のあった医術の神から聞いた事があったからだ。
口元に手を当てると、呼吸をしているのが分かる。幸い深刻な事態ではなかったらしい。すうすうと寝息を立てている。
(疲れちゃったのね。近くに敵の気配もないし、しばらく寝かせてあげよっか)
そう思い立ったウズメは、自分の持っていた比礼をウケモチの身体にそっと掛けた。少々面積は足りないが、腹を冷やさない程度に役立てばいい。
(後は……そうね)
ふと地面に目をやると、周囲には大量の葦が生えており――ウズメはある事を思いついた。
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ウケモチはうっすらと目を開けた。
がば、と起き上がり、キョロキョロと辺りを見渡す。
「あ、ウケモチくん。目が覚めたのね!」
ウズメは喜んだが、ウケモチの表情は優れなかった。
いつも傍に寄り添っていたオオゲツヒメがいないのだ。
「……ウケモチくん。探してみたけど、ここにはあたし達しかいないみたい」
無情な事実を告げられ、ウケモチは俯いてしまう。
同時に彼から発せられる、陰の気が強まったのをウズメは感じた。
(薄々分かってはいたけど……オオゲツヒメちゃん以外の神には、完全に心を開いてはいないのね)
だがそれは、お互い様だった。
ウズメだけでなく、旅の一行は余りウケモチを顧みなかった。オオゲツヒメに懐いているのをいい事に、彼女に世話を任せっきりだったのだ。
(意思疎通を怠ってたのは、あたしにも非がある。
でもだからって、尻込みなんてしてられない! ここでウケモチくんと協力できなきゃ、二柱とも共倒れだわ。
それに――この子だって、きっと心細いハズ)
「ウケモチくん。あたしもきみと同じ気持ちよ。オオゲツヒメちゃんや、みんなを探し出したい。
だからあたし――ウケモチくんの『武器』を作る事に、協力しようと思ったの」
そう言ってウズメは、ウケモチが眠っている間に採集してきた大量の葦を取り出した。
ウケモチは怪訝そうにそれらを眺めると……先端が削られている。
「葦を材料に作った『矢』よ。
ウケモチくんの作ろうとしている『弓』に、ぴったりなんじゃないかな」
彼女の意図を把握したらしく、ウケモチは加工した桃の枝――「弓」に、ウズメが作った葦の「矢」をつがえた。
ゆっくりと引き絞る。ぴいん、と音がして勢いよく矢が飛んだ。使い心地が良かったらしく、ウケモチの顔に笑みが浮かんだ。
「よかった! 気に入ってもらえて」
満面の笑みで喜ぶ舞踏の女神に対し、ウケモチは気恥ずかしそうにしていたが……ぶっきらぼうに頷くと、彼女が作った葦矢を全て回収した。贈り物自体は受け入れてくれたようだ。
(まだ若干距離は感じるけど……今はこれでいっか)
かくしてウズメとウケモチは、分断された仲間を探すために一緒に歩き出すのだった。
(幕間2 了)




