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五.黄泉醜女(ヨモツシコメ)が来る・其の一

 その日、スサノオ達はオオカムズミの桃木の下で一晩休む事にした。

 黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)を抜ける際に消耗した神力を回復させる意味もあったが。


「明日の朝になれば、丁度良く熟れた桃が三つ実る。

 それらをそなたらに譲ってしんぜよう」


 というのが、桃木の神の主張であった。


「でもオオカムズミさん。こんなずっと暗いままの黄泉(ヨミ)の国で、朝とか夜とか分かるのか?」


 スサノオが不思議そうに尋ねると、オオカムズミは胸を張って答える。


「当然じゃ。(わらわ)が幾星霜、ここで過ごしたと思っておる?」


 ここまで言われては断る道理はない。

 一行は夜の間――もっともスサノオには、黄泉(ヨミ)の闇の変化は見分けがつかなかったが――疲れを癒した。


**********


 明くる朝。眠っている皆を起こした後、オオカムズミは言った。 


比良坂(ヒラサカ)を抜けた先にある、葡萄(ブドウ)(タケノコ)を探すがよい」

葡萄(ブドウ)と……(タケノコ)?」


 タヂカラオやウズメは聞き慣れない単語に、(いぶか)しげな顔をした。

 黄泉(ヨミ)の地に生えている食べ物には、警戒して然るべきだからだ。


「ふふ、心配するな。ヨモツヘグリ(註:黄泉(ヨミ)の食物。生者は食せない)の類ではない。

 イザナギが残した、れっきとした清浄なる食べ物じゃ」


『――聞いた事がある。父上(イザナギ)はこの地にて、神力を以て葡萄(ブドウ)(タケノコ)を生やしたと』

 とはツクヨミの言である。


「……いつも思うけど、ツクヨミは父上の事、何でも知ってるんだな」

『私には過去を読む力があるからね。かつて父に触れた時、記憶を読み取ったんだ』

「いいなぁ……オレは記憶力そんな良くねえから、ツクヨミが羨ましいよ」

『…………』


 スサノオは素直に賞賛したつもりだったが――ツクヨミは機嫌を損ねたのか、押し黙ってしまった。


(わらわ)の桃ほどではないかも知れぬが、葡萄(ブドウ)(タケノコ)もきっと役に立つはずじゃ。

 探し出しておいて損はないじゃろう」


 そう言ってオオカムズミは、熟れたての瑞々(みずみず)しい白桃を三個手渡した。

 それぞれスサノオ、オオゲツヒメに。残る一個はタヂカラオとウズメが半分ずつ受け取った。


「食せば傷を癒し、(けが)れを祓う。消耗した神力も多少は戻るじゃろう。

 或いは敵に襲われた時に投げつけても良い。命中すれば大抵の敵は撃退できるぞ」

「そうやって聞くと、本当にめっちゃ便利な桃ね……どうもありがとう! オオカムズミちゃん」

「『ちゃん』はよせ! せめて『様』をつけるのじゃ!」


 またもウズメとオオカムズミがキーキーとじゃれ合う一幕もあったが。

 

「……そうじゃ。ウケモチ、昨晩のお主の頼み……聞き届けようぞ」


 思い出したように言って、彼女がウケモチに渡したのは、大振りの桃木の枝であった。


「あらあら……ウケモチ。いつの間にそんな願いを?」オオゲツヒメも寝耳に水だったらしい。


 ウケモチは枝を受け取ると、嬉しそうな顔をして懐にしまい込んだ。


「……何に使う気なんだ?」

 スサノオが()いてみるも、元々ウケモチはオオゲツヒメ以外の神と積極的に話そうとしない。真意は分からずじまいだった。


「よし! 体力も戻ったし、そろそろ出発するぜ!」元気よく声を張り上げるタヂカラオ。

「じゃあな、オオカムズミ様! 色々と世話になった事、感謝するぜ!」


 こうして一行は、オオカムズミの木の下から再び歩き出した。

 目指すは黄泉(ヨミ)の国の深淵。さらわれた太陽神アマテラスの「魂」を救い出すために。


**********


 一方、黄泉(ヨミ)の国の最奥の地にて。

 人骨によって形作られた巨大な玉座に、禍々しき雷光を纏った、不気味な人影が座っていた。

 黄泉(ヨミ)を統べる者。黄泉大神(ヨモツオオカミ)イザナミである。


 イザナミの腐乱した肉体の周囲を飛び交う光は、彼女に仕える雷神たちだ。

 そのうちの一柱と何事か言葉を交わし――イザナミは苛立たしげに声を荒げた。


「地上にて、若雷(ワカイカズチ)土雷(ツチイカズチ)が祓われた、じゃと?」


 敗れし二柱の雷神は、イザナミの左右の腕に宿る者たち。決して脆弱な神ではない。

 さらに別の雷神からの報告が黄泉大神(ヨモツオオカミ)にもたらされた。黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)に侵入者あり、と。


「ふむ――スサノオか。よくもまあ、ぞろぞろ大所帯で訪れたものよ」


 イザナミは侵入者の正体を聞くと、(よろこ)ばしげな声を上げた。

 死人同然のおぞましき(かお)からは読み取れないが、笑っているようだ。


「姉たる太陽神(アマテラス)を取り戻しに来たか。歓迎してやらねばな。

 誰ぞある。火の神カグツチを鬼界より呼び戻せ。彼奴(きゃつ)らを迎え撃つ準備をするのじゃ」


 黄泉大神(ヨモツオオカミ)の命に従い、二柱の雷神たちが(うやうや)しく(こうべ)を垂れ、すぐに気配を消した。


(……先刻から、大神(オオカミ)さまの感情は不安定であるな……)


 イザナミに仕えし八雷神(ヤツイカズチノカミ)が一柱、火雷(ホノイカズチ)は違和感を抱いていた。

 怒ったかと思えば微笑んだり。機嫌が良いと思っていたら急に癇癪(かんしゃく)を起こしたり。めぐるましく変化する主の感情は、最近とみに起伏が激しい。


(元々頭の切れるお方であった。スサノオを騙し、我らを高天原(タカマガハラ)に侵入せしめた計略は見事という他はない。

 しかし……大神(オオカミ)さまは見越しておられるのか? 鬼界の噴火によって現出した、闇の世界の末路を……)


 イザナミは元から黄泉(ヨミ)の国の神だった訳ではない。カグツチと同様、元生者である。

 彼女の肉体は今もなお、緩やかではあるが腐敗が進行している。もし今回の事件が、荒ぶる(けが)れの影響による、衝動的な思いつきであったならば――ぞっとしない話だ。


 火雷(ホノイカズチ)の懸念を他所に、黄泉(ヨミ)の女王は比良坂(ヒラサカ)の方角を見上げた。


「まあ……慌てずとも良い。時は(われ)らの味方じゃ。

 それにカグツチが到着するまで、彼奴らが生きておる保証もないからのう――」


 イザナミの視線の先で、一際禍々しき(けが)れを纏った亡者たちが、奇怪に(うごめ)いているのが見える。

 人の姿をしているが、動きは(むし)のようであり――黄泉(ヨミ)の主に命じられるまでもなく、活きのいい生者の気を察知したようだ。


 「彼女」らは黄泉醜女(ヨモツシコメ)。本能と空腹のみで動く、恐るべき黄泉(ヨミ)の眷属である。

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