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三.一行、桃木の神オオカムズミの下へ辿り着く・前編

 おびただしき数の(けが)れし亡者。

 彼らは恐れもなく、逃げ惑う事もなく。ただひたすらスサノオ達に群がろうとしている。


(こいつら……目も見えてねえし、耳も聞こえてねえ)


 スサノオは亡者たちを切り祓いつつ、哀れみを感じていた。


(オレたちが何者なのかも、分かってねえんだろうな……

 訳も分からねえまま飢えや病で死に至り、弔ってくれる者もなく……

 ここにいる連中は……オレが殺したようなもんだ)


『感傷に浸るのもほどほどにしておけ、スサノオ』

 ツクヨミが言った。今はスサノオの肉体を介して、月の神の(かお)が色濃く出ている。

『いかに悔やんだとて、失われた命は戻らぬ。

 ここで我らが躊躇(ためら)えば、タヂカラオ達が死ぬぞ』


「……分かってるよッ!」


 スサノオとて分かっていた。己が高天原(タカマガハラ)にて引き起こした結果がこれだ。


(母に会いたい――そう願ったオレが、いけなかったのか……?)


 願った当時は思っていた。何が悪い? と。

 死の色に染まった地上と、亡者に溢れ返りし黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)を見るまでは――


 無我夢中で死者を薙ぎ倒し、道なき道を突き進む。

 後にタヂカラオやウズメ、オオゲツヒメらが続く。彼らの後方からも亡者が押し寄せる。神力や技量はこちらが圧倒的だが、それでも数が違う。長くは保つまい。


(クソッ……ツクヨミの言う通りだ。急がねえと……!)


 ひしめく亡者を押し返しつつの行軍は、亀の歩みの如きもので、一行は焦りをつのらせたが。

 それでも先は見えてきた。黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)の中にありて、唯一亡者が群がっていない箇所がある。一際色鮮やかな花咲き誇る、白桃の巨木。


「みんな、見えてきたぞ! もうひと踏ん張りだ!」


 スサノオは励ますべく声を張り上げた。タヂカラオたちも気勢を上げてそれに応える。

 あと数歩で辿り着くところを、オオゲツヒメを庇ったタヂカラオが背中を引っかかれたが――彼はものともせず、近くにあった石柱を引っこ抜いた!


「おらァ退()けえッ!!」


 自身の二倍はあろうかという大質量の柱を、剛力で縦横無尽に振り回し――タヂカラオは背後を襲う連中を寄せ付けなかった。


**********


 やがて一行はどうにか、桃の木の傍に潜り込む事ができた。

 亡者たちは近づいて来ない。五感も脳も失われたといえど、本能が桃を恐れているのだろうか。


「はあッ……はあッ……何とか、なったわね……」


 ずっと戦いながら突き進んできたウズメは、呼吸を荒げがっくりと膝をついた。

 よくよく見れば彼女の素肌には、亡者との交戦で受けたと思しき細かい傷がうっすらと刻まれている。

 流石に皆、無傷で突破という訳には行かなかったらしい。


「ああ、タヂカラオ様も、ウズメ様も。急いで手当てを致しませんと」


 二柱の負傷を見て、オオゲツヒメが比礼(ひれ)のような布を取り出す。(かいこ)が生んだ上質の絹を使って織ったものだろう。

 黄泉(ヨミ)の亡者に負わされた傷なのだ。傷口から(けが)れが入り込み、いかなる悪影響を及ぼすか分からない。


 ともあれ、桃の木の下で一息ついた――その矢先に。

 木陰にいる小さな姿に最初に気づいたのは、闇の神ウケモチだった。


「どうしたのです、ウケモチ……?」


 ウケモチの指さす先を見て、オオゲツヒメは息を飲んだ。

 木陰に現れたのは、ウケモチと同程度の背丈の、白い千早(ちはや)を纏った(わらべ)に似た神――だがウケモチと違い、目は大きく愛らしさを感じる面立ちを持っている。


「我が桃の木に近づける者は久方振りじゃのう……そなたら、黄泉(ヨミ)の者ではないな?」


 小柄な神は、幼き娘のようなあどけない声で、ニヤリと笑みを浮かべていた。

 この神の名はオオカムズミ。かつてイザナギの危機を救ったとされる、桃木に宿る神である。

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