表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/72

タヂカラオ、回想す・後編

 高天原(タカマガハラ)郊外の、小さな御殿がある。スサノオはここに囚われていた。

 だたの邸宅ではない。周囲には結界用の注連縄(しめなわ)が張り巡らされている。これは通常とは違う罪神(ざいにん)用のものであり、外から開けられない限り決して出られない。


 中に囚われしスサノオは――憔悴しきった風で、ガックリとうなだれていた。


『……だから私は言ったんだ。アマテラスを助けに行けば、後悔すると』


 内から語りかけてくる兄・ツクヨミの言葉にも、スサノオは沈黙している。


『狭いしロクに食事も運ばれて来ないし。三貴子を閉じ込めるにしては、お粗末な御殿だな。

 スサノオ。いっその事、見張りが様子見に来た隙に逃げ出そうか?』

「……うるせえ。黙ってろよ……ツクヨミ」


 光も差さぬ御殿をなお暗くするような、宵闇めいたスサノオの声。ツクヨミは肩をすくめた。

 しばらくして、何者かが御殿に近づいて来る気配がした。

 普段の見張りにしては鎧の音もせず、力強さを感じる大地を踏みしめる音。


『誰か来たようだぞ。アレは――タヂカラオだな』


 御殿の扉が無造作に開け放たれ、偉丈夫の怪力神が姿を見せた。

 タヂカラオが来訪したというのに、スサノオは興味も示さない。


「おうスサノオ! シケた面してやがるな。

 ま、無理もねえけどよ。ここんとこずっと、ひでぇ天気だしな」


「…………何の用だよ、オッサン」

 スサノオは少しだけ顔を上げ、淀んだ目でタヂカラオを睨みつけた。


「こらこらオッサンはねーだろう! 前にも言ったろ? 俺はこう見えてもまだ……まぁいいわ。

 ちょっくら付き合ってくれスサノオ。外に出るんだ」

「何言ってんだよ……オレは、姉上に散々迷惑かけた罪で、ここにいるんだぞ」

「細けぇ事はいいんだよ! 全責任はこのタヂカラオ様が取る!」


 強引にスサノオの腕を引っ張り、外に連れ出すタヂカラオ。

 スサノオは特に抵抗する様子もなかった。


「……一体何をするんだ? 尋問か?」

「そんなんじゃねーよ。いっちょ俺と、相撲(すもう)でも取ろうじゃあねーか」


「いきなり何を言って……」

「気ィ落ち込んでる時はな。独りでじっとしててもロクな事にならねえ。

 だから頭カラッポにして、ひたすら身体を動かすのさ!

 俺はいつだってそーしてるんだ」

「…………」


**********


「おら、どうしたスサノオ! お前の力はそんなもんじゃなかったろう!」

「くっそ……言わせておけばァ!!」


 最初はふて腐れて、相撲をするにしても形だけだったスサノオであったが。

 何度かタヂカラオに投げ飛ばされ、その度に煽られると、段々彼の中にも対抗心のようなものが芽生え始めた。もともと負けず嫌いの性格なのだ。


「……おッらあァッ!!」

「!……おう、いいぶつかりじゃあねーか。そうでなくっちゃな!」


 がっぷり四つに組み合うスサノオとタヂカラオ。

 両者の力は拮抗し、一進一退の攻防を繰り広げる。


「やられっぱなしは……性に合わねえんだよッ!」スサノオは雄叫びを上げる。

「気が合うじゃあねーか……俺もだ!!」


 スサノオの気迫と力の込もった攻めに、タヂカラオも思わず力が入る。

 次の瞬間、タヂカラオの肉体が宙を舞った。

 スサノオの見事な上手投げが決まり、彼は地面に叩きつけられた。


「……なんだよオッサン! 手ェ抜いてんじゃねーぞ!」

「いや違う。今のは完全にお前の勝ちだ、スサノオ。

 このタヂカラオ様から一本取るとは。やっぱお前、大した奴だよ」


 タヂカラオは仰向けに寝転んだまま、豪快に笑った。

 目に映るのは、見渡す限りの、重苦しい色をした暗雲。


「……なあスサノオ。実は俺も、お前と同じ気持ちなのさ。スゲー悔しい。

 あの場に駆けつけていながら、ヒメサマの魂かっさらわれちまってよ」

「……だったら何で、笑っていられるんだよ?」


「空が暗くなってから、高天原(タカマガハラ)の神々ときたら……どいつもこいつもシケた面ァ並べちまってなぁ。

 でもだからって、俺まで暗い顔になっちまったら。

 それこそもう、お先真っ暗だろう?

 責任ある大神(おとな)ってのはな。内心どう思ってようが、ヘコたれちゃならねー時ってのがあるのさ。今がその時なんだ。

 『タヂカラオ様は絶望してない。だからまだ大丈夫』。

 周りにはそう思わせなきゃなんねえ」


 タヂカラオの告白に、スサノオもまた自然と、素直な気持ちを吐露できるようになっていた。


「オレのせいで……姉上があんな事になっちまって。

 母上に騙されたオレが、あんな馬鹿な事しなけりゃ今頃は……って、ずっと悔やんでた。

 高天原(タカマガハラ)にオレの味方はいない。自業自得って奴だよな……」

「そんな事はねぇよ。俺がいるだろ、スサノオ。

 アマテラス様もいる。うちのヒメサマは気を失う寸前まで、お前の事を気にかけてたんだぞ」


「……なんで、オレなんかのために。そこまで言ってくれるんだ?」

「『お前ら』の事をずっと見てたからだよ」


 怪力神の言葉に、スサノオだけでなく、内なるツクヨミもハッと息を飲んだ。 


「そう。お前だけじゃねえ、スサノオ。ツクヨミ――聞いてるんだろ?」

『…………』


天安川(アメノヤスノカワ)で初めて出会った時、お前は言ったよな。

 『我々には使命がある。それを成し遂げる為には高天原(タカマガハラ)に入らねばならん』と。

 お前さん、物言いは好かんが……あの時の言葉に嘘はねえ。俺はそう思った」

『…………』


「それにスサノオ。アマテラス様の田圃(たんぼ)を荒らしてる時も、米蔵に糞尿撒き散らしてる時も。

 お前は全然乗り気でやってるようには見えなかった。少なくとも、子供の悪戯って感じじゃあなかったからな」


 最初は羞恥心から赤面していたものの。

 スサノオはようやく、自分の話をまともに聞いてくれる(ひと)がいる、という安心感から。

 ぽつりぽつりと、とりとめもなく言葉を紡いだ。

 立ち上がったタヂカラオは、それに耳を傾ける。


「……誰にも、言えなかったんだ。母上と、約束したから……」

「そうか。お前は母ちゃんとの約束を守り通そうとしたんだな」


 スサノオは嗚咽交じりに、思いの丈をタヂカラオにぶち撒けた。

 タヂカラオは否定も制止もせず、ひたすらに彼の言葉を頷きながら聞いた。


「本当は嫌だった。姉上がオレのせいで、悩んでるのを見るのは辛かった……」

「巷じゃあ乱暴者って評判だったが、なかなかどうして。

 実に思いやりがあって、家族を大事にする普通の子供じゃあねーか、スサノオ」


 やがてスサノオの話が途切れる。

 その様子を見たタヂカラオもまた、自分の身の上を話し始めた。


「俺も昔は、有り余る力でヤンチャしまくってなぁ。ご近所さんに散々迷惑かけまくったモンよ。

 ま、事情のあったお前さんと違って、俺のは完全に若気の至りだったが。

 ……それで自分が嫌われるだけってんなら、自分で撒いた種だし、仕方ないとも思えた。だが……」

「…………?」

「気づいたんだよ。俺の後先考えない行動のせいで、俺の大事な(ひと)が裏で泣いてたって事を。

 そいつを教えてくれたのは、タケミカヅチだったんだが」


 (ひと)はいずれ気づかされる。自分が独りで生きている訳ではない、という事を。


「スサノオ。お前には家族を気遣える優しさがある。だったらまだ、やり直せる。

 そのうち好きな女でも出来たら、きっと変われるさ。

 『あいつに迷惑がかかるから、好き勝手できねぇな』って。

 心から思えるようになる。

 それが大神(おとな)になるって、事なのかもしれねーな」


 タヂカラオは、曇天を見上げて言った。


「……スサノオ。この空、明るくしてぇなあ」

「…………ああ」

「お前が言ったように、俺もやられっぱなしは性に合わねえんだ。

 俺の大事なヒメサマであり、お前の大事な姉上でもあるアマテラス様を。

 助けに行きたいって、思わねえか?」

「…………思う。誰がなんと言おうと。周りがオレの事を認めてくれなくても。

 今は姉上を助けたい! オレにそれができるなら!」


 スサノオの表情にはすでに、曇りも迷いも見られなかった。


「よっしゃ、よく言ったスサノオ! それでこそ男だ!

 ……改めて自己紹介しとこう。俺の名はタヂカラオ。これから、宜しくな」

「……オレは、スサノオだ。こちらこそ、宜しく……タヂカラオ」


 タヂカラオとスサノオは堅く握手を交わした。


「ツクヨミ! お前も手を出せ! できるんだろ?」

『……私は結構だ』


「いいから出すんだよ! 澄ましてたって分かるんだぜ?

 お前さんもスサノオと――『同じ』だ」

『…………』


 ニッコリ笑って、握った手を離さないタヂカラオ。

 暑苦しい事この上ないが……やがて根負けしたのか、スサノオの右腕が白く細い、月の神(ツクヨミ)のものに変わった。


『これでいいのだろう? とっとと手を離せ。痛い』

「はっはっは! よっしゃよっしゃ! ツクヨミも宜しく頼むぜ!」


 この時、二柱――いや三柱は、絶望に立ち向かう決意を新たにしたのだった。

相撲(すもう)

今回スサノオとタヂカラオが行っているのは、厳密に言えば「相撲」ではありません。

古代日本の「相撲」は死者が出るほどの激しい格闘技です。が、分かり易さ優先で「相撲」と表現しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ