一.アマテラス岩屋戸隠れの真相
「…………はッ!?」
舞踏の女神・ウズメが気づいた時には――記憶の旅が終わり、元いた獣道だった。
ツクヨミの神力により見せつけられた、彼とスサノオの過去。経緯。現在の惨状。
機屋より雷神が去った後、スサノオは囚われ、幽閉された。
これまでの行いから狼藉の犯神とされたのだ。無理もない。馬を投げ入れたのは、確かにスサノオであったのだから。
「……はあッ、はあッ……はあッ……」
永劫にも似た一瞬。苦悶の記憶から解放され、ウズメは不快感と疲労に苛まれた。
(そんな……あたしが海を渡っている間に、高天原ではこんな事が……
でもスサノオくんは悪くなくて。お母さんに会いたい一心だったのに……!)
「――大丈夫か、ウズメ?」
気分が優れずへたり込む彼女に対し、タヂカラオが心配そうに声をかける。
ウズメはしばらく咳き込んでいたが、すぐに顔を上げて微笑んだ。
「平気よ。ちょっとビックリはしたけどさ」
半分は強がりだったが、タヂカラオを安心させる為、努めて元気そうに振る舞った。
同じようにツクヨミの記憶を見せつけられたにも関わらず、もう一柱の女神――オオゲツヒメが、事もなげに座っていたせいもある。
「……大体の事情、分かってくれたかい? ウズメさん」
先刻まで手を振れていた少年神スサノオが口を開いた。
すでに彼の手と左眼は、もとの男神のそれに戻っている。「ツクヨミ」の面影は鳴りを潜めた。
「姉上はあの時――黄泉の雷神どもに『魂』を連れ去られた。
高天原の連中が駆けつけてくれたから、『魄』は奪われずに済んだが――」
古来より、人や神に宿る霊を魂魄と呼び、二つの陰陽の気が均衡を保っていなければならないと言われる。
天からの陽の気を司るは魂。精神の源であり、死しては天に昇るという。
地からの陰の気を司るは魄。肉体の源であり、死しては地に帰るという。
襲撃されたアマテラスの肉体と機屋は、即座に祝詞によって清められた。
すると意外な事に、穢れを取り祓われた彼女の身体は、傷一つ見当たらなかったという。
しかし「魂」を奪われた以上、アマテラスの意識は戻らず――このまま放置しておけば、陰陽の均衡を失った彼女の肉体は遠からず死んでしまう。
そこで高天原は、応急処置として彼女の肉体の安全を最優先する事とした。
「知恵の神オモイカネの指示でな。ヒメサマの身体は『天岩屋』に封印して、眠ってもらう事になったんだ。
あそこは外界と隔絶され、自然に湧き出る陰陽の気に満ちている。しばらくは保つハズさ」
タヂカラオが責任を持って太陽神を岩屋の中へと安置し、動かすのに男手千人は要るであろう巨大な岩戸で入り口を塞いだ。
天岩屋にいる限り、地上世界の悪神がアマテラスを害する心配はないという。
ウズメはそこまで聞いてから――まだ氷解していない疑問を口にした。
「――でもさ。記憶が途中で切れちゃったから、分かんないんだけど……
スサノオ君は幽閉されたのに、なんで今タヂカラオと一緒に、地上まで降りて来ているの?」
「そいつは――ウズメ。それにそこのオオゲツヒメも。
俺たちの旅に必要だからだよ。こいつが――その証拠さ」
そう言ってタヂカラオが取り出したのは、幾重にも折られた白い紙――紙垂と呼ばれる、神道の儀式に用いられる代物である。
「タヂカラオ。それは……?」
「お前に会った時に、渡すよう言われたんだよ。オモイカネから」
オモイカネからの言伝。そう言われウズメは迷わず紙垂を手に取った。
祝詞
神道において、神の徳を讃え加護を得る為に唱える言霊の総称。