十四.落魂落日 ~そして世界は闇となる~★
アマテラスと雷神との間に立ちはだかったスサノオを見て、四柱の雷神たちは猛り狂った。
「スサノオ様、これはいかなるおつもりか?」
「我らが主イザナミ様に協力していただけた筈。それを今になって邪魔立てとは」
「悪い事は申しませぬ、直ちに道をお譲りあれ」
「これは貴方の母君様のお望みでもあるのですぞ?」
口々に叫ぶ穢れし悪神たちに対し――スサノオも叫び返した。
「ふざけんな――姉上の命を黄泉に連れてくのが、母上の望みだっていうのか?
オレの願いはただ、母上に会いたい。それだけだったのに……オレを騙したのか!?」
スサノオは怒りを滲ませて吠え――周囲に風の渦が巻き上がる。
話し合いが通じぬと悟ったのだろう、雷神たちは舌打ちすると、問答無用とばかりに襲いかかった!
(いかな三貴子とて、意識を失ったアマテラスを抱えたままなのだ。
大した動きもできまい。速やかに仕留めよ!)
そう、常識で考えれば……足手まといを抱えたスサノオに、四対一でかかれば為す術もない。
しかしスサノオの体術は、異常なまでの冴えを見せていた。
姉を抱えたまま大きく前に踏み出し――最も動きの鈍い鰐貌の神・黒雷の鳩尾に、強烈な肘打ちを叩き込む!
「げぽォッ……!?」
侮っていたところに痛烈な反撃を受け、黒光りする巨体が宙を舞った。
左脇から襲い来る炎蛇の貌を持つ神・火雷に対し、突風を発生させ炎を巻き上げる!
竜巻に飲まれ、二柱目の雷神も押し戻され転倒した。
「おのれ小癪なッ……!」
蜘蛛貌の神・大雷が、わなわなと打ち震えつつ腹部を曝け出す。大量の「いぼ」のようなものが見え――そこから一斉に糸が吐き出された! スサノオの動きを封じる気なのだろう。
だがスサノオは冷徹に糸の動きを見切り、風を使って巻き上げた炎を強引に手繰り寄せ、大雷の糸に浴びせて燃やし尽くす。
大雷が複眼を見開き驚いていると、四柱目の百足貌の神・拆雷が上空から飛びかかった。
スサノオは閃くような動きで迎え撃ち、何と手刀でその胴を薙ぎ払う! 哀れ雷神の身体は真っ二つになっていた。
(馬鹿な……こんな筈では……!)
四柱の同時攻撃を瞬く間に退けられてしまい、絶句する大雷。
三貴子の名に恥じぬ神力と剣技を披露したスサノオ。全てを返り討ちにしたと思った、その矢先――
宙を舞っていた拆雷の上半身が――突如目を剥き、猛然とアマテラスにのしかかってきた!
「!?」
「きひひひ! 油断したねェスサノオ! この拆雷、しぶといのが取り柄でなァ!」
蟲の中でも百足は特に生命力が強く、胴体を切り離されてもしばらくは動き回るという。
スサノオの気の緩んだ一瞬を突き、拆雷はアマテラスの胸元に右腕をねじ込んだ!
気絶したアマテラスの身体が、びぐんと痙攣し――次の瞬間、雷神の手には照り輝く大鏡が握られていた。
「はァははは! やった! やりましたぞ! 黄泉大神もご照覧あれ!
この拆雷めが、アマテラスの『魂』を取ったのですッ!」
「ぐッ……てめェ! 姉上を返せッ!!」
スサノオは野獣にも似た殺気をみなぎらせ、拆雷に飛びかかろうとしたが――彼に注意を向けている隙に、大雷が再び吐き出した糸を浴びて転倒してしまった。
(……ム? 何故だ。糸の狙いが逸れたぞ……?
今の角度であれば、スサノオを封じた上でアマテラスの肉体も、我が手中に収められたハズ――)
大雷の困惑を他所に、火雷と黒雷が騒ぎ出した。
高天原の警護を担う天津神らが、大挙して押し寄せてくる足音が聞こえたのだ。
「……もはや潮時か。詮方なし! お前たち、引き上げますよ。
アマテラスの『魂』が手に入っただけでも良しとしましょう――」
身動きの取れぬスサノオがもがくのを後目に、四柱の雷神たちは機屋の天井から逃亡していった。
――ヒメサマ!? なんだこりゃ……ひでえ臭いだ……!
――ここは立ち入り禁止とします。誰か、コヤネを呼んで来て下さい!
そして駆けつけてくる者たちの声を遠くに聞き――スサノオは悔しげに唇を噛んだ。
**********
この日を境に、高天原に暗い影が落ち、葦原中国も全て闇となった。
終わらぬ夜が続き、天上と地上に神々の嘆き悲しむ声が満ち、あらゆる災いが起こるようになった。
記紀神話にいう、アマテラスの「岩戸隠れ」である。
このとき数々の罪を犯したとされるスサノオ。
太陽神が岩戸に隠れている間、彼が何をしていたのかは記されていない――
(過去の章 了)




