十三.スサノオ、ツクヨミとの問答の末に決意する★
穢れし雷神たちに嬲られ、倒れかかったアマテラスを支えたのは。
(だ……れ……? タヂカラオ……にしては……小柄ね……)
最初アマテラスは、護衛役のタヂカラオが駆けつけたのだと思った。
だが自分の身体を支えていたのは、大柄な怪力神に比べ遥かに小柄。しかし力強さは負けていない。力の抜けたアマテラスの肢体をしっかと支え、踏み止まっていた。
懐かしき感触――よく覚えている。産まれたばかりの頃、この手で抱き締めた。
父の命により袂を分かつ事となってしまったが、それでも彼女にとってかけがえのない、実の弟。
(スサ……ノオ……)
昏倒しかけたアマテラスを支えていたのは、スサノオであった。
彼女の中で、様々な感情が渦巻く。葦原中国を騒がせ、高天原においても乱暴狼藉を繰り返した、ロクでもない男。
(世話、ばっかりかけて……今度、顔を見たら……とっちめてやろう、って……思ってたのに……)
しかしそんな負の感情は――触れ合っているだけで、薄らいでしまった。
スサノオは今、絶体絶命の自分を守る為に立ちはだかってくれている。それが分かったからだ。
それだけで疲労の極みにあったアマテラスの心に、暖かい安堵の感情が湧いてくる。
(ああ……何だかんだ言いつつ、わたしって……スサノオの事、憎めないのね……)
自嘲気味に、しかし幸せそうに、アマテラスは薄く微笑んだが。
その笑顔は、スサノオの視界には映らなかった。
**********
時は僅かに遡り。
機屋の屋根にて、スサノオは焦燥に駆られていた。
とめどなく漂う穢れた瘴気によって、中の様子は伺えなかったものの……只ならぬ慮外者が侵入し、アマテラスを甚振っている音が聞こえてきたからだ。
『……何をする気だ? スサノオ』
天井の大穴から飛び降りようとするスサノオを――内に潜む兄・ツクヨミが咎めた。
「決まってんだろ! 兄上にだって、聞こえただろう!?
姉上が襲われてる! 放っておけるかよ!?」
『……それは母上の言葉にはない話だ。
スサノオ、忠告しておくが――今降りていけば、きっと後悔する事になるぞ』
ツクヨミは冷淡に言った。スサノオは激昂した。
「ふざけんな! 兄上――いや、ツクヨミ! お前……どういうつもりだ!?
姉上の身と、母上の言いつけ! どっちが大事だよ!?」
『スサノオ、冷静に振り返ってみろ。アマテラスが私たちに一体何をしてくれた?
高天原に近づいただけで、完全武装で殺しに来たのだぞ』
スサノオは即座に「それはただ、行き違っただけだ」と答えたが、ツクヨミはさらに続けた。
『それに今、我らが為すべき事は……速やかにこの場を離れる事だ。
我らが高天原に入ってから、しでかした事を思い出すがいい。
母上の頼みだったとはいえ――お世辞にも褒められぬ狼藉の数々。申し開きも出来ぬ程のな。
今回だってそうだ。機屋の被害は甚大。仮に今割って入り、アマテラスを救えたとしても――咎められるのは間違いなく、我々の方だろう』
「……だったら、どうしろと……? 姉上を見捨てろって言うのか……?」
スサノオの声は弱々しく、震えていた。冷徹ではあるが、ツクヨミの助言は的を得ていると思えたからだ。
アマテラスを助けたいが、同時に酷く恐ろしくなった。飛び降りるつもりだった足が竦み、動けない。
今更心変わりして、高天原の為に戦ったとしても――罪神として捕えられるのが関の山なのではないか。
もうひと押し。ツクヨミに逃げるよう促されれば。従っていたかもしれない。
ところが――次に月の神が発した言葉は、意外なものだった。
『チッ……思っていたより、高天原の警護の者たちの動きが鈍いようだな。
騒動を聞きつけて、こちらに向かっているが……最も近いタヂカラオですら、駆けつけるのに一分(註:約3~5分)はかかるだろう』
会話の体を為していない、まるで他人事のような独り言。
だがそれが……怖気づき、躊躇っていたスサノオの心を押した。
ここでグズグズしていれば、アマテラスが殺される。それを止められるのは今、自分しかいない!
気がつけばスサノオは、屋根の大穴から機屋の中へと身を躍らせていた――




