十二.アマテラス、黄泉の雷神たちに襲われる
砕けた天井。逆剥ぎにされた馬の死体。
梭を女陰に突き立てられ絶命している女神。
アマテラスは機屋の惨状と、穢れに満ちた侵入者を見て、恐怖に青ざめつつも声を上げた。
「あなた達は何者!? ここを神聖なる高天原の機屋と知っての狼藉かッ!」
禍々しい神々に囲まれながらも、アマテラスの詰問は凛として響いた。
彼女の声を嘲笑うかのように、四柱の悪神たちはぎぎい、と顔を一斉に向ける。
炎の蛇の貌。鰐貌。百足の貌。そして馬の屍から最後に這い出してきたのは、おぞましき体毛と複眼、そして無数の棘のような牙を持つ――蜘蛛の面相をした神であった。
「偉大なる三貴子が一柱、天照大御神であらせられますな?
我らは八雷神。黄泉大神に仕える者。
もっとも今、ここには我を含めた四柱しかおりませぬが……黄泉の使者を代表し、この大雷がご挨拶申し上げる」
蜘蛛貌の雷神・大雷は恭しく頭を下げた。
「黄泉大神……? 母上の使者……!?
どういう事!? 聞いてないわよ! 黄泉の穢らわしい神々が、一体どうやってここまで……それに何の用よ?」
アマテラスの疑問はもっともだった。
清浄なる高天原は、本来であれば黄泉の雷神など到底入り込める地ではない。
大雷はせせら笑って答えた。
「スサノオの狼藉騒動で気づかれなかったようですなァ?
高天原より遥か南の海の――鬼が住まう底の地にて、山神が怒り狂い、猛威を振るった事に。
ここ数日とみに暗雲が空を漂い、日差しを覆い隠してしまっていた事に。
海底火山の噴火により、穢れた雲が発生した為です。それに乗って八雷神も易々と侵入できた」
蜘蛛貌の悪神はとくとくと語りつつ、残る三柱に目配せし――アマテラスを包囲する。
「そして我らの用向きは、アマテラス様――貴女です。
我らが主イザナミは、貴女を黄泉の国へとお連れせよ、と命じられました。
ささ、悪いようには致しませぬ故、共に来ていただきましょうか?」
「不埒者共ッ! 今すぐここを立ち去りなさい!」
「フム。では致し方ない……腕ずくでも連れ去るとしましょう」
四柱の雷神たちはじりじりと間合いを詰め、美しき太陽神に一斉に襲いかかった!
アマテラスは迎撃を試みたが――その動きに精彩はなく、神力を込めようとしても力が入らない。
「うッ……くゥッ……!?」
四柱同時の攻撃を前に、アマテラスはすでに満身創痍であった。
白き衣は引き裂かれ、珠の柔肌も所々傷つけられ、穢れに侵蝕されつつある。
(身体が……重いッ……どうなってるのよ……?
この程度の連中、いつもだったら簡単に討ち祓えるのにッ……!)
予想外の苦戦と疲労。構えた両腕は垂れ下がり、肩で大きく息をしている。
苦しげな太陽神の様子に、雷神たちは得意げに哄笑した。
「あの一斉攻撃で昏倒せぬとは。流石は三貴子……と言いたい所ですが」
「おいたわしや、アマテラス様。貴女の力が十全であれば、我らが束になったとて一蹴できた筈」
「スサノオの狼藉による神力の消耗。空を覆う穢れし暗雲。全てが貴女の力を削いでいる」
「今の貴女に勝ち目はない。ささ、これ以上傷つかぬ内に。我らに従っていただきたい」
にじり寄り、降伏を促す雷神たち。アマテラスは呼吸を荒げ、立っているのがやっとの有様。
だが絶体絶命の状況においても、彼女の眼は、心は――完全に屈してはいなかった。
「……冗談! 誰があんた達なんかに従うものですか……!
わたしはアマテラス。高天原の主神。穢れし不埒な輩の脅迫なんて……聞けない……!
追い詰められているのは……あんた達よッ。ここがどこだか分かってるわよね……?」
挑発するアマテラスに対し、四柱の悪神は怒り狂って攻撃を加え続けた。
武装もなく、神力も乏しき彼女は守りに徹し、孤軍ながらも猛攻によく耐えた。
(こいつらの目的は、わたしただ一柱……
もしここで逃げたら、戦う術のない天津神たちに被害が及ぶかもしれない……
食い止めなきゃ……大丈夫。もうすぐタヂカラオや、皆が……来、る……)
予想外にしぶとく抵抗する太陽神。もはや残っているのは気力のみだろう。
にも関わらず攻めあぐねているのは、三貴子の底知れぬ力の為せる業だろうか。
とはいえ、そんな無謀な試みが長く続く筈もなく。
やがてアマテラスの意識は途切れ、ふらりと前のめりに倒れ込み――
はっしと、たおやかな身体を抱き止める、力強き姿がそこにあった。
遥か南の海の鬼が住まう底の地~
薩摩半島より南の海に存在する鬼界カルデラのこと。約7,300年前に噴火し、当時栄えていた縄文文明に壊滅的な打撃を与えた事で知られる。




