十一.暗雲の下、機屋(はたや)に馬が投げ込まれる★
グロテスクな描写があります。注意!
その日、高天原の空は陰っていた。
鈍色の重苦しい雲が漂い、明け方にも関わらず辺りは暗い。
あたかも陰鬱なアマテラスの気分を映し出しているかのよう。
目覚めても疲労は取れず、足取りも重かったが――アマテラスは起き上がった。
今日はアマテラスの機屋にて、別天神らに奉納する御衣が完成する日だ。
別天神に捧げる前に、アマテラス自ら袖を通し、神事を執り行う必要がある。欠席する訳にはいかなかった。
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機屋の中から、独特の機械音がする。
アマテラスに仕える女神たちが織り機を用い、白く清らかな御衣を仕立てているのだ。
そして機屋の天井には――スサノオがいた。斑模様の不健康そうな馬を抱えている。
もともとこの馬は、ある天津神の所有物であったが、スサノオがイザナミの命で盗み出したものだ。
言いつけ通り高天原の外に放し、しばらくして戻ってきたが……明らかに以前と様子が違う。盗む前には無かった筈の穢れの臭いが微かにする。
『そろそろアマテラスが機屋に来る頃だ。やれ、スサノオ』
スサノオの内に潜む兄・ツクヨミが命じると――スサノオは顔をしかめながらも、抱えた馬を持ち上げた。
そして勢いをつけ、ひと思いに茅葺の屋根へ叩きつけた!
スサノオの腕力と馬の体重が合わさり、機屋の屋根はあっけなく壊れ、大穴が空く。
いきなり轟音と共に馬が放り込まれたのだ。中にいる女神たちは混乱を起こし、悲鳴を上げた。
(クソッ、中はどうなってやがる……? 土埃が酷すぎて見えやしねえ)
スサノオは目を凝らしたが、穴から機屋の様子ははっきりと見えない。
実はこの時、視界を妨げていたのは埃だけではなかった。馬の中に潜んでいた「穢れ」が、黒い煙のような瘴気を噴出させていたのである。
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機織りに携わっていた女神たちの大半は、この騒動で恐れをなして機屋から逃げ出していたが。
運悪く足を怪我してしまった女神が一柱だけ逃げ遅れ、恐るべき光景を垣間見ていた。
斑模様の馬から凄まじい量の黒い穢れがとめどなく噴き出し、不気味な悪神たちが顔を覗かせていたのである。
「ひッ……ひいいッ……あな恐ろしや、おぞましや」
恐怖した女神は這ってでも逃れようとしたが、現れた四柱の神々に見咎められ、たちまち追いつかれてしまった。
「見ィィィたなァァァ?」
四柱のうち、百足の貌をした悪神が、舌なめずりをして女神の髪を掴んだ。
「生かしてはおけぬなァ!」
百足貌の神は、壊れた織り機から梭(註:織物に使うシャトル)を取り出し、無造作に女神の女陰目がけて突き刺した!
哀れな女神は断末魔の悲鳴を上げる暇すらなく、びくん、と痙攣して大量の血を流し――事切れてしまった。
「――何をしておる、拆雷」
炎を纏った蛇の貌をした悪神が、非難がましい声を上げた。
「知れた事よ火雷。我らの姿を見られたのだ、殺すしかあるまい?」
拆雷と呼ばれた百足貌の神は、愉しげに言った。
「他に手はなかったのか、と聞いておるのだ。下劣な手を使いおって」
「仕方あるまい? 我らの存在を隠す以上、雷を使う訳にもいくまいて」
まったく悪びれず肩をすくめる拆雷。
彼らはその名が示す通り雷神であり――黄泉に住まう穢れし神々だった。
高天原へと侵入するため、病を得た馬の中に潜り込み、臓腑を平らげて身を隠していたのである。
傍を見やれば、でっぷり太った黒光りする巨体を持つ鰐貌の雷神・黒雷が、死した馬の皮を逆剥ぎにして貪り喰らっている。
見るもおぞましき光景に、ますます穢れの瘴気は濃くなり……機屋全体が黒々とした煙に覆われてしまった。
そんな折、騒ぎを聞きつけたアマテラスが姿を見せ――中を覗き込んで絶句した。




