十.スサノオ乱心 ~破壊・埋め立て・糞尿~
スサノオの高天原入りが認められた。
天津神たちからは、乱暴者で知られるスサノオを危ぶむ声もあったが。
滞在は一時的なものである事と、主神アマテラスとの誓約の結果という事もあって、受け入れられた。が、しかし――
「大変です。スサノオがアマテラス様の田圃の畦を壊しました!」
「一大事です。ろくでなしのスサノオがアマテラス様の田圃に引いている、灌漑用の溝を埋めてしまいました!」
「アマテラス様、性根の腐った豚野郎のスサノオを何とかして下さい。ウチの畑の作物が盗まれました!」
「アマテラス様、スサノオのせいで私の馬も持っていかれました! 許せません」
「私の口内炎が悪化しました。スサノオの仕業です」
「去年妻が不倫したのもきっとスサノオが悪い」
「アマテラス様!」
「アマテラス様――!!」
スサノオが来てからというもの、アマテラスの下に寄せられるのは彼に関する苦情ばかり。
しかもどういう訳か、決まってアマテラスの所有する畑や田圃、彼女に直接仕える神々ばかりが被害に遭っているのだ。
(何よ……何なのよコレ……!? スサノオってば誓約で邪心がないって事になったんじゃないの!?
なのになんで、高天原に入ってから問題行動ばっかり起こしてるのあの子!?)
アマテラスは混乱していた。スサノオの狼藉の、意図も理由もさっぱり分からない。
さりとて主神である自ら、彼の身の潔白と高天原入りを認めてしまった流れである。
今更あの誓約は間違いだったとして、スサノオを咎める訳にもいかなかった。アマテラス自身はおろか、誓約の際に誓った、より上位の別天神の権威すらも貶めかねないからだ。
「き、きっとスサノオにはスサノオなりの考えがあっての事なのよ……多分」
スサノオの狼藉報告が上がるたび、アマテラスは無理矢理好意的な解釈をしては、荒らされた田畑の修復に向かった。
毎日のように何かしら騒ぎが起こるので、彼女は気が休まらず、肉体的にも精神的にも疲労がつのっていく。
「アマテラス様! またもやスサノオのクソ野郎がやらかしました!」
「……またぁ? 今度は一体何よ?
というか一応わたしの弟なんだから、いくら何でも『クソ野郎』呼ばわりはないんじゃない?」
連日肉親を悪し様に言われ、太陽神も口を尖らせるが。
青ざめた顔の天津神は、躊躇いがちに反論した。
「ですが、今回ばかりは……その……
収穫祭用のアマテラス様の米蔵に……糞尿を撒き散らしておりまして……」
「なん……ですって……!?」
信じがたい話であったが、いざ問題の米蔵に案内されると――報告通り、酷い有様になっていた。
農耕の日々の糧。その集大成にして神聖なる穀物が、口にするのも憚られる汚物によって穢されている。
比喩でも何でも無く、紛う事なきクソ野郎の所業であった。
「ふっざけんじゃないわよスサノオぉ!? 天恵たる稲穂を何だと思ってるワケ!?
酒でも飲んで酔っ払ってんじゃないのォ!?」
アマテラスはたまらず絶叫し、ぜえぜえと息を荒げた。
スサノオを直に捕えて締め上げたい所だが、彼の姿は忽然と消え、所在が掴めないという。
悪臭漂う米蔵は、結局彼女自身が尻拭いする事となり――穢れを清めるため多大な神力を浪費する羽目になってしまうのだった。
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一方、スサノオは。
アマテラスが対応に追われ奔走する姿を、陰から気づかれぬよう見ていた。
『よし、素晴らしいぞスサノオ。ここまでよく、母上の言いつけ通りに動いてくれた』
「何が……素晴らしいモンかよ……」
高天原の混乱を楽しげに眺めるツクヨミとは対照的に、スサノオは苦虫を噛み潰したような苦悩の表情を浮かべていた。
いかにも乱暴者の悪ガキがやりたい放題したかに見える、今回の一連の狼藉だが……スサノオ独自の意思ではなかった。全ては母イザナミの差し金であり、黄泉の国にて再会するための、必要な段取りであるという。
『特に今回の狼藉は見事なものだったな。このツクヨミを以てしても思い至らなかった。
母上の指令は、単に”アマテラスの米蔵を穢せ”というものだったが……』
今までの単なる破壊工作と違い、少々難儀な内容であった。
それというのも、神聖にして清浄なる高天原では、穢れになるような類の代物は易々と入手できない。
そこでスサノオは考えた末――己の体内にある「穢れ」を利用する事にした。これならば他の者たちに怪しまれず、米蔵の中に持ち込めるからだ。
とはいえツクヨミの賞賛の言葉も、今のスサノオには虚しいばかり。
こんな馬鹿げた真似はさっさと終わらせて、高天原を出ていきたい――スサノオはそう思った。
『さてスサノオ。ひとまずこの場を離れよう。
タヂカラオの気配がする。我らを問い詰める為追いかけ回しているようだな』
「…………クソッ」
スサノオは慌てて米蔵から立ち去り、タヂカラオによる追及の手を逃れた。
ここでまだ捕まる訳にはいかない。母イザナミより命じられた「最後の仕上げ」が残っている。
『……この辺りでいい、スサノオ。タヂカラオは撒いたようだ。
母上からの”贈り物”も丁度今届いた。後はこれを用いるだけだ――』
ツクヨミの声に導かれ、スサノオも「贈り物」に気づいた。
それは斑模様をした、いかにも不健康そうな一頭の馬であった。
スサノオの一連の狼藉
本当にこんなだから困る(笑)。「古事記」の記述の中でもトップクラスに訳の分からん事件。