六.アマテラスを止めろ!・前編
完全武装した太陽神アマテラスは、興奮気味に叫んだ。
「さあスサノオ。悔い改めなさい!
罪を認めて土下座するなら、許してあげない事もないわ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ姉上!
オレは高天原を侵略しに来たんじゃねえ!」
「嘘おっしゃい! あなたがここに来るまでの様子、訴えに来た国津神や、ウチの番兵からも報告が上がっているわ!
暴風雨を巻き起こし、辺りを制圧していたってね!」
アマテラスはスサノオの弁解にも、まともに取り合う気はないようだ。
しっかと大地を踏み鳴らし、彼女の立つ土は淡雪の如く蹴り散らかされる。
そして再び弓に矢をつがえ、弦を引き絞った。
今度は四本同時。鏃には神力が宿り、白き炎に包まれる!
(やはり、こうなるか――)
ツクヨミは懸念していた通りの事態に陥り、思わず嘆息した。
「誤解だ姉上! つーか何言ってんだよ。侵略って!」
困った事に、スサノオは己の為した事が周囲にどのように認識されているのか理解していない。
『スサノオ、また狙われているぞ。今度はちゃんと避けろ。お前の力でな』
「…………くっそッ!」
毒づくスサノオに対し、無慈悲にも放たれるアマテラスの火矢。
石が溶けるほどの高温なのだ。触れれば肉体がどうなるかなど、考えたくもない。
兄ツクヨミが「時」を操るなら、弟スサノオは「風」を操る神力がある。
四本の矢が届く寸前、スサノオは後ろに跳びつつ、風を発生させ矢の軌道を曲げた。
転がりながら射程から逃れる。立っていた地面がまたも、グツグツと煮えたぎる溶岩のようになっていた。
スサノオは咄嗟に近くの茂みに飛び込み、アマテラスの視界から逃れようとした。
「往生際が悪いわねスサノオ。お姉ちゃんとっても悲しい……!」
弁解を聞く素振りすらなく、理不尽極まる対応であったが。
今迂闊に抗議の声を上げれば、これ幸いとばかりに狙い撃ちされかねない。スサノオはやむなく口を噤むしかなかった。
ふとスサノオは、近くの茂みから物音を聞いた。
新手か? アマテラス以外にも、高天原の兵がやって来たのかもしれない。
(弱り目に祟り目って、こういう事を言うのか……?
姉上一柱だけで手一杯だってのによ……!)
腐ってばかりもいられない。今アマテラスはこちらを見失っている。
スサノオは深呼吸し、覚悟を決めた。同時にかかられる前に、伏兵を仕留めよう。
『――スサノオ、待て。何か様子がおかしい』
寸前、ツクヨミの声が心の中に聞こえたが――すでにスサノオは飛びかかっていた。
ひとたび覚悟を決めれば、飢えた山犬の如き殺気と気迫である。
「お、おいやめろッ! 俺は戦いに来たんじゃねえ」
喉笛を噛み千切らんばかりの形相に臆する事なく、男神は慌ててかぶりを振った。
背は己より遥かに高く、体格も良い偉丈夫だ。天津神にしては珍しい、赤みがかった短い髪の毛が特徴である。
スサノオは腕を止めた。確かにこの男からは戦う意志を感じない。身体つきを見る限り、相当な腕力と神力を併せ持つだろうに。
「なんだオッサン? オレを殺しに来たんじゃねーなら、何だってんだ?」
「お、オッサン!? 失礼なヤツだな。俺はこう見えてもまだ――」
偉丈夫の男神は抗議しかけたが、即座に起き上がってスサノオを庇い、咄嗟に別の茂みに転がり込んだ。
アマテラスの放った火矢が飛んできていたのだ。地面はまたしても赤熱する溶岩と化し、恐ろしい爆音を上げる!
「確かに俺は高天原の天津神。タヂカラオってモンだが……
今のを見たろ? 状況がマズすぎる。俺はこの騒動を止めに来たんだよ」
タヂカラオはそう言って――遠くに映る猛々しき太陽神の姿を見やり、深々と嘆息するのだった。