サンタクロースが落ちた先
メリークリスマス( ^^) _U~~
空を見上げるといくつもの星があった。
12月25日、午前0時。現在私は空の上にいた。
「どうしたのハルカ?」
私がぼー、としているのが気になったのかトナカイのジョージは顔をこちらに向けてきた。
「ううん、なんでもない」
「そう? 今日は寒いから風邪ひかないようにね」
「ありがとうジョージ」
心配してくれるジョージに私は感謝する。確かに今日はいつもより寒い。それが季節のせいなのか、それとも上空500mにいるせいなのか分からなかった。
私の名前は、本田ハルカ。中学二年生である。どこにでもいる普通の女の子です。そう、傍から見れば普通な女の子。でも、私には誰にも言えない秘密がある。
そう、わたくし本田ハルカはサンタクロースの家系に生まれたのだ。そして、私も(半人前ながら)サンタクロースであるのだ。
はいそこ、「こいつ何言ってんだ?」って顔しない! 私だって最初は信じられなかったけどこの喋るトナカイとソリの後ろに置いてある大量の袋を見れば真実だって信じなければならなかったんだから。
私がそれを知ったのは中学生になりたての春の事だった。晴れ晴れしい入学式が終わった後家に帰ると父と母が真剣な顔で玄関に正座していた。……今でも疑問なんだけどなんで玄関で正座していたんだろう。
おっと話しが逸れた。まぁ、ここからは大体想像がつくと思うが私は玄関で父から一族の正体を知ることとなった。……なんで玄関だったんだろう。
それ以来、私はサンタクロースの家系の子供としてサンタのことを学ぶことになった。サンタ業界の掟や、トナカイの操り方、さらにバレない住居侵入のやり方……って最後の方なんでか犯罪臭が凄いけど。まぁ、色々あって私はこうして一人でプレゼントを配れるまでに成長したのだ。
ジョージは私がトナカイの操り方を学ぶときにあてがわれたトナカイだ。賢くて冷静で頼れる相棒である。
「えぇと、確か次はあそこだね」
ジョージと繋がっている手綱を引きながら確かめる。ジョージも「そうだよ」と答えてくれた。
何でか知らないけど、プレゼントには誰の物でどこに家があるのかは書かれていない。けど、なんとなく次にどこへ向かえばいいのかとか分かってしまうのだ。これがサンタの特殊能力という奴だろうか。まぁ、空飛ぶソリに乗って喋るトナカイを相棒にしている時点で充分特殊能力と言えるのだが。
「ちょっ!? ハルカ、引っ張りすぎ、苦しいよ!!」
突然、ジョージの焦燥感ある声が聞こえた。呆然と考え事をしていたせいか手綱を必要以上に引っ張っていたみたいだ。
「え……っ! ジョージ前前!!」
顔をこちらに向けて訴えるジョージに叫ぶ。私たちの目の前を一羽の鳥が飛行していたからだ。このままではぶつかってしまう。
だけど、少しばかりタイミングが遅れたようである。
ドン!
「きゃーー!」
抵抗虚しく私たちは鳥と激突してしまった。バランスを失い徐々に高度が下がっていく。
ガシャガシャバキバキ!
落ちた場所が雑木林みたいで、枝と大量に巻き込みながら地面へとダイブした。枝が衝撃を吸収してくれたようで、どこも怪我をすることはなかった。
「いてて…ジョージ、大丈夫?」
「う、うん。何とか」
落ちたせいでお尻が痛かったけど、それよりもジョージの体の状態を調べる。トナカイが飛べなくなったら私たちサンタはやっていけないって父さんが言っていた。
幸いにも、ジョージも怪我はなかった。そして、上空を見上げると先ほどぶつかった鳥さんが枝に止まってこちらを窺っている。どうやらあちらも無事みたいだ。
「ごめんね」
「キュー」
鳥さんに謝ると気にするなとばかりに鳴くとどこかへ飛んで行ってしまった。
「さて、急いでソリを立て直さないと」
「うん、そうだね。ハルカ、さっきはごめんね」
「いや、私がぼんやりしていたのが悪かったから」
ジョージは謝ってくれるけど今のは私の過失だ。反省しなければ…。
とにかく、早くプレゼントを配りに行かないと…。
「……本田さん?」
ビクっ!
突如、背後から聞こえた声に振り返ってはいけないと分かっていながら振り返らずにはいられなかった。
そこには一人の少女が立っていた。白いコートを着てイヤーカフをしている可愛らしいその子の顔に見覚えがあった。いや、見覚えしかなかった。
「さ、佐藤さん…」
佐藤恵さん、私の通う中学のクラスメイト。そして、彼女は委員長でもあった。
「やっぱり本田さんじゃん、何やってるの?」
不思議そうな顔をして佐藤さんは訊ねてくる。その質問に自然と頬がピクピクと痙攣してしまう。
マズい、非常にマズい。父さんから貰った『サンタのルール』って本に『サンタは何人たりとも自らの正体をバレてはいけない』って書いてあったもん。
だけど、私の後ろには__
トナカイ、ソリ、プレゼントが大量に入った袋
……誤魔化せる気がしない!!
どうしたものかと頭を抱えていると一つの考えが頭をよぎった。
……正直に言ってみてはどうだろうか? 確かに正体がバレてはいけないが彼女も中学三年生。今時サンタなんてものを信じていないだろう。だとしたら、ここで冗談っぽく言ってしまえばそれはそれで都合よく勘違いしてくれるかもしれない。
うん、これは中々よいアイデアではないだろうか? よし、そうと決まればさっさと対処してしまおう。
なおも不思議そうな顔を向ける佐藤さんと向き合い努めておどけた口調で言った。
「いえ、別になんでもないよ? それよりも佐藤さんは何やってるの?」
取り敢えず、当たり障りのない会話から始める。
「え? あ、私はコンビニにお菓子買いに…」
「へぇ~そうなんだ」
笑顔で相槌を打ちつつどこで言うか探りを入れる。
すると、その時はすぐに訪れた。
「え、あの、それは?」
佐藤さんが私の後ろを指差しながら訊いてきた。
今だ!!
「え? あ、これね。実は私サンタクロースなんだ~」
さぁ、盛大に笑ってください。そして、変な冗談を言うコスプレ好きの可哀そうなクラスメイトだと勘違いしてください。
「えぇぇぇぇ!! そうなの本田さん!?」
佐藤さんは凄く驚いたような声を出した。
あっれ~、おかしなぁ? 信じちゃったみたいだな~? ってこれヤバいでしょ!!
「いや、普通に信じるでしょ」
ジョージが呆れた顔をして呟いたのが聞こえた。そう思うんだったら早く言ってよ。
「いや、佐藤さんこれは…」
「うわ~まさか、本田さんがサンタクロースだったなんて~」
ダメだ。完全に信じちゃってる。ど、どうしよう…。
まったくの予想外な出来ごとに頭を抱えていると佐藤さんが目をキラキラさせながら口を開いた。
「いいなぁ、そんな夢みたい」
その言葉に私は思わず言葉を発していた。
「……夢みたい、か」
「ん、どうしたの?」
「……私は、普通の生活が良かったけどな」
「えっ? どうして?」
こてん、と首を傾げて可愛らしい佐藤さんの問いに答える。
「自分がサンタだって知るまで普通の生活だったんだ」
毎年クリスマスは他の子と同じようにプレゼントがもらえた。美味しいごはんも食べられた。
「だけど、サンタの修行を始めたせいで皆と遊びに行けなくなったし、クリスマスは他の人にプレゼントを配れないといけなくなった。こんな秘密を抱えているから人と距離を取らないといけないし…」
自然と、視線が下がって地面を見ていた。
私は、別にサンタなんかにならなくても普通に話せる友達が欲しかったのだ。
今更ながらな考えを浮かべていると__
「じゃあさ、今日から私たち本当に友達だね」
「……えっ?」
佐藤さんの言葉に私は思わず顔を上げた。
「本当に、素直に、本音が話し合える。そんな友達が欲しいんでしょ? だったら今の私ってそうじゃないかな?」
佐藤さんはそう言うとニコッ、と笑った。その笑顔がどこか眩しくて、直視が出来なかった。
『友達になろう』
そう言われたのは一体どのくらいぶりだろうか。ただ、嬉しかった。
私も笑いながら彼女の申し出に応える。
「うん、宜しくね」
佐藤さんもまた嬉しそうに微笑んだ。
「うん、こちらこそ」
彼女は首を縦に振ってくれた。それがまた心に残ってポカポカと温かくなる。
すると、彼女はおもむろに時計を確認する。
「あっ、マズい。遅くなるとお母さん心配しちゃう! わ、私行くね」
「あ、佐藤さん待って」
慌てて帰ろうとする佐藤さんを呼び止めた。駆け出そうとしていた佐藤さんは足を止める。
「なに?」
「えぇと、これ…」
ポケットから私はよく見るサンタの被り物を彼女に渡した。
「今日はクリスマスだよ? 私の役目知ってるでしょ?」
「うわぁ~、ありがとう!」
嬉しそうに被り物を受け取ってくれた佐藤さんはそれを自分の頭に乗せた。本物のサンタからのプレゼントがよほど気に入ってくれたみたいである。
「どう、似合うかな?」
「うん、とっても…」
褒められた佐藤さんは照れくさそうにはにかんだ。
そして__
ストンッ、と彼女は体を地面に預けた。
倒れた彼女を、丁寧に抱え傍のベンチに座らせる。風邪ひいちゃいけないから布を被せておく。
作業を終えたので、さっきから黙って待機していたジョージに駆け寄る。
「ジョージ、行けそう?」
「うん、もう大丈夫。だけど…」
ジョージは心配そうに佐藤さんの方に視線を向ける。だけど___
「いいの」
「…本当に?」
「本当に、早く行こう」
「でも、あれお父さんがくれた『もしものための』の品物でしょ」
ジョージの言う通り、佐藤さんに被せた帽子は父がくれた特別なアイテム
あれを被った人は少しの間の記憶を消すことが出来るものだ。用はサンタの正体がバレた時に使用するアイテムである。
これで、佐藤さんも私と出会ったことも忘れてしまうことだろう。
「いいの、今はこのままで…」
「…そう、分かった」
ジョージは私の言葉に納得してくれたみたいで、最終的には頷いてくれた。
私はソリに乗り直して手綱を掴む。
「お願い」
「行くよ」
ジョージが駆け出すと徐々に地面から足が離れて行き、暗い夜空へと飛び立った。
その際、ベンチに寝かして佐藤さんを見る。丁度、彼女も起き上がっている最中で何が起きたのかと辺りをキョロキョロしていた。
…学校が始まったらまず最初に佐藤さんに話しかけてみよう。
その時、言うんだ「友達になろう」って、今度は私の口から。
満開の星が広がる空を飛びながら私はそう決めた。