アクアツアーに気をつけて!
思い切って透子をデートに誘ったはいいものの、遊園地なんてベタベタのベタだったかもしれない、と滝口は思った。
(いやいや、分相応だろ。だってまだ、オレたち高校生だし!)
親父がどこからか貰ってきた無料入園券。二枚しかなかったそれを弟と分け合うなんて、そんなバカな話はないだろう。まあ、強権発動して取り上げてしまった分、ちゃっかりお土産を約束させられてしまったのは言うまでもない。パスポートではなくアトラクションごとに支払う物なので、バイト代が入ってなお乏しい財布の中身が心配になる。なにしろ、高校に入って初めて出来たカノジョだ、カッコ悪いとこは見せたくない。
誘うなら水族館でも良かったのだが、夏休みだからきっと子供でいっぱいだ。家族連れでぎゅうぎゅうの場所じゃムードもへったくれもない。とはいえ夜のデートは断られてしまいそうだ。プール……はちょっと、二人きりでは盛り上がらなかった時が辛い。
というわけで、駅前で待ち合わせできて電車で一本、おまけに無料券のある裏野ドリームランドを選んだのだ。ジェットコースターなどのアトラクションで隣に座れば、他のどの候補よりも近くにいられる、そんな打算も込みで。
「お待たせ、滝口くん! 遅くなってごめんね~」
弾んだ声がして、手を振りながら透子が小走りで駆けてくる。思わず掌の中のスマホを確認したが、時刻は待ち合わせぴったりの八時五十分だった。それでも待たせてしまったことに対して、小首をかしげて謝罪する透子は可愛い。
胸までの長さの明るい紅茶色の髪が揺れる。マリンカラーのトップスはすっきりとした固めの生地で、対して柔らかいフレアスカートが腿の中ほどで踊っていてまるで波のように見える。華奢な足首を覆う編み上げサンダルが大人っぽかった。今日の透子は普段見ない化粧までしていて、滝口は急に自分の恰好が気になり始めた。普段着のジーンズに迷彩柄のTシャツ、その上に羽織っているのは半袖の白いコットンシャツだ。シューズをとっておきのpumaにしてきたことが救いか。
「待ってないし。……行こうか」
「うん!」
遊園地までの切符を先に買っておいたので、スムーズに電車に乗れた。これも大きな顔で講釈を垂れてくれた悪友レオン(カノジョなし)のおかげだ。透子の友達二人はカレシ持ちなのでWデートもかなわず、かわいそうなヤツである。日本生まれの英国人であるレオンは顔に似合わず行動がアホなのと、日本語しかしゃべれないのでモテないのだ。
(アイツら、ついてきてなきゃいいけど……)
アホのレオンとお子様なトキなら、ついて来ていてもおかしくない。しかしせめて尾行するにしたって目立って透子にバレないようにしてほしいものだ。そんな風に滝口がソワソワしていると、カーヴのせいか車体が揺れた。
「きゃっ」
「おっと!」
滝口の胸に透子の頭がとすんと当たる。思わず受け止めたノースリーヴの肩が、ほんのり温かかった。
「ご、ごめんねっ」
「いや、いい。危ないから、もうちょっとこのままでいろよ」
「うん……」
滝口を見上げた恰好のまま、透子の桜色の唇がささやき声を届ける。鎖骨の下の白い肌、その谷間に目が行ってしまい滝口はあわてて視線を逸らした。やけに空気が甘ったるい気がした。
くすっと笑う声がして目を向けると、釣り目をいかにも意地悪そうに細めて笑うショートボブの女子高生(ぺたんこ)と上品そうな長い巻き毛の黒髪を後ろにまとめた女子高生(爆乳)がいた。どちらも透子の友達である。
(そっちかぁぁぁぁあ!!!)
まさかの出歯亀は透子側の面子だった。ちょうどそのとき目的地についた電車が口を大きく開けて乗客を吐き出していくところだった。人の波に飲まれてはぐれる前に、滝口は透子の手を取ってその波に乗った。早くここから離れたい、その一心だった。
ドリームランドの入り口では、ピンクのウサギのキグルミがこどもたちに風船を配っている。滝口はチケットを差し出して中に入ると、急いで乗り物券を買った。
「透子、まず何に乗りたい? 奥から並ぶか?」
「どうしたの、そんなに急いで……」
「いや、別に」
急いでいるのはお前の友達をまきたいからだ、とは言えなかった。あれはそう、監視というやつだ。友達思いなのは分からなくもないが、これじゃああんまりだ。
結局、姿を隠せるハコモノのアトラクションに誘導し、そこそこ短い列を作っていたアクアツアーに紛れ込むことに成功したのだった。
「わ~、面白そうだね!」
「ああ……」
散布されるミストシャワーのくれる涼こそがここを選んだ理由だったりするのだが、それは言わぬが花というやつだろう。思ったよりも順調に列が進み、滝口と透子の番になった。丸いボートに誘導されて乗せられる。きっちりベルトを締めると、六人乗りのそれはすぐに流れていった。
喚声と水飛沫が上がる。急流に翻弄され、揺れる体と目まぐるしく変わる視界に、隣に座る透子の笑顔を眺めている暇もない。そっと伸ばされてきた手を握り返すのが精一杯だった。
高低差を利用した刺激的な下りが終わると、ボートはゆらゆらと出口へと流れていく。トンネルに入ると、そこは海底神殿を模した洒落た作りになっていた。
「あ、人魚がいる~」
透子が楽しそうに水中に向かって手を振っている。滝口もつられて視線をさまよわせるが、位置が悪いのか光源が少ないせいなのか、見つけることはできなかった。
(人魚? そんなもの書いてあったか……?)
頭の中で、デートのために買った遊園地のスポット特集を思い出そうとするが、やはりそんな記事の記憶はない。
「透子、水の中に何がいたんだ?」
「ん~、お人形だと思うんだけど。小学校に上がったくらいの女の子と同じ大きさくらいでね、髪がふわぁって広がっててビックリしちゃった。にっこりした笑顔だったから可愛かったんだけどね」
「そうか……」
こんな客から見えるか見えないかの暗い場所に、そんな仕掛けをするだろうか。サプライズや隠しキャラだとして、どこにも取り上げられてないのもおかしな話だ。何冊ものガイドブックを買って研究した自分が知らないイベントがあるのだろうか、と滝口は少し不機嫌になった。
肝心の仕掛けだが、水深から考えて余裕はないわけではないと思う。二メートルはいかずとも一メートル半以上はあるはずだ。六歳ぐらいの女の子の身長が120センチ、130センチだとしても無理ではない。だが、固定が外れてボートにぶつかる可能性や、万が一落ちた乗客がそれで怪我をする可能性を考えたら、やはり、あり得ないと思う。
(まさか、な……)
アトラクションのスタッフに誘導されてボートを下りる。しっかりした床面に足がついて、滝口はようやく人心地ついた気がしたのだった。もう一度だけ水面をざっと見回してみたが、それらしい影はなく、ただ黒々とした水だけがそこにあり、人工的な波で荒れた顔を見せていた。
水飛沫を浴びて涼しくなった体に、むわっとした外気が押し寄せる。まだ芯の方に冷えを残しながら、それもだんだん熱気によって温められていくのを感じる。
そうなると俄然、先程の想像が馬鹿げた物に思えてきた。そうとも、まさかあの場所に人形じゃなく本物の女の子が沈んでいるなんて、そんなことあるわけがない。落水事故があったとして、他の乗客が気づかないなんておかしいし、それに掃除や点検があるのだから死体を隠してなんておけないだろう。
だからそんなの、ただの妄想だ。もしかしたら透子の嘘、あるいは見間違いかもしれない。重く捉える必要はない。
(アクアツアーに死体だなんて、そんなはず、ないんだ……)
ぼんやりと物思いに沈んでいると、透子の驚いた声が聞こえてきた。ああ、やはり、現実はそう甘くなかった……。透子の友人、茜と薫子の二人に見つかってしまった。そのカレシであり滝口の友人でもある田中、主藤、それにレオンにトキまで。これじゃ、いつものメンバーだ。
「おいおい、嘘だろ……」
とんだお邪魔虫がついてきたものだ!
裏野ドリームランドは、このあとすぐに潰れてしまった。噂では、子供が行方不明になっていたとか…。それはもしかして女の子じゃないだろうか。だったらあの日、透子が見てしまったのは人魚ではなく………………。