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∞ Early Barrel  作者: 光波昂冶
序章
6/12

5. コウノトリが運ぶ死

 ストークの揺れの中でエリスは、静かに息を整えていた。

 Eb(イブ)-4666《バレルビート》の整備は完璧だった。対衝撃スーツを着込み、頭に金色の冠を乗せた。

 金色の冠は、AHシステムと連動する為の装置だ。

 エンジェル・ハイロゥ、天使の環を意味するこのシステムは、見た目も天使じみている。キリスト教の影響が多分に含まれる意匠だが、これを付けると無性に落ち着くのだから、自分は根っからの殺し屋なのだろうと、エリスはひとり苦笑いを噛み殺す。


 鴎外との食事から数日後、遂にTAF(タフ)からのアデレード侵攻が開始された。

 戦況はレルアバドの優勢。やはりAHと新型のテュール、ユピテルがTAFの侵攻を許すわけがなかった。

 ふと、この戦闘で何人が死に、何人が生き残ったのかを考える。

 敵も味方も殺したくないと語った鴎外は、この戦場にはいない。だとすれば、きっと数百人単位で死んでいるに違いない。

 少なくとも、それほどまでに状態は一方的だった。

 きっと鴎外がいたところで、死者の数は減りこそすれ、ゼロには出来ない。結局、戦争で人が死なないことなどないのだ。

 ストークの揺れが収まりつつあった。どうやら目的地が近いらしい事が感覚的にわかった。


「これより作戦名『フレイア』を開始します」


 耳小骨スピーカーに聞こえる声に、エリスはそっと息を吐いた。考えたり迷ったりする時間は終わりだ。

 エリスはストークからの発進シークエンスに沿って、《核融合エンジン(ENE)》に熱を入れ、バレルビートを起動させる。


「貴方達、準備はいいわね」

「バッチシっすよ姉御(クイーン)

「問題ない」

「うす」

「いけます」


 エリスはジム、アレクセイ、ヤコブ、ノアの四名の返事を聞くと、オペレーターに出撃のサインを送る。

 ハッチが開かれ、ストークは低空飛行に移行する。今回は作戦上《低高度推進降下(LAP)》で、突入を行う。

 Eb(イブ)がストークの慣性に合わせてバーニアを吹かせ、ハッチから飛び出す。全天スクリーンに映し出された赤土の大地と、抜けるような青のコントラスト。直後にやってくる着地の衝撃を噛み殺し、エリスは小隊の四名が無事に着地したかを、全天スクリーンに表示されたマーカーで確認する。


「全機問題ないわね。各隊に通達。このまま突入するわ」


 エリスは隊列を組みながら、TAF(タフ)・メルボルン基地へ侵攻を開始した。

 今回の正式な作戦名は『フレイ&フレイア』と言う。

 北欧神話の豊穣の神、フレイとフレイアから名付けられた。TAFの戦力がアデレードに集中している今、後方のメルボルンの防衛戦力は低下している。無論、防備は整えているのだろうが、主力がアデレードに集中しているならば、この機を逃す手は無かった。

 アデレード防衛戦の戦果が圧倒的な事から、この勢いでメルボルンの奪還を行うという作戦だ。

 アデレード防衛の二個大隊『フレイ』で敵の陽動を行い、精鋭の一個小隊『フレイア』でメルボルンを急襲する。

 一小隊五名編成の三小隊。計十五機のEbがメルボルン基地目掛けて、突入する。

 後衛小隊の榴弾(りゅうだん)が矢継ぎ早に打ち上げられ、敵基地の固定砲台や格納庫を無力化していく。


姉御(クイーン)、目標は変わらずっすよね!」

「ええ、先に通信塔(ピラー)を破壊するわ」


 突然の襲撃にTAF側の勢力は対応しきれていなかった。通常であれば、輸送機はレーダー網にかかり補足され、双方の戦力がある程度の余裕を持って戦闘が開始される。

 しかし《低高度推進離脱(LAP)》での突入は、レーダーが捉えきれない低高度(地上三十メートル以下)を航行する。その為、レーダーに補足されずに突入が可能となっている。

 レルアバドの開発した人型戦闘機輸送機《ストーク》の最大の特徴だった。

 実戦で《低高度推進離脱(LAP)》が使われたのは、今回で四度目。たった四度の突入方法に打開策を見つけろという方が無理なのだった。


『目標視認』


 全天スクリーンに、ノアからのシグナルが表示される。エリスは、了解のシグナルを返す。

 道行きは順調だった。後衛小隊の先制攻撃は、予想以上の戦果を上げ、敵の人型戦闘機《GIA(ギア)》はその多くが格納庫から出ることが叶わず、格納庫から運良く出撃した機体も、別小隊の新型Eb(イブ)の前に沈黙を余儀なくされた。

 管制塔を兼任する通信塔までの道程は、さしたる困難もなく、巡回中だった敵機もエリスの小隊の前には無力だった。


姉御(クイーン)、間もなく射程距離に入る」


 アレクセイの冷静な声がエリスの耳に届く。


「目標の破壊後に他の部隊と合流するわ。敵の増援が来る前に済ませましょう」

「んじゃ、とっととやっちまいましょう!」


 景気の良いジムの声に一瞬笑みを浮かべるエリスは次の瞬間、緊張感を緩ませたことを後悔した。

 全天スクリーンに表示されたマーカー、前衛を務めるノアの機体が被弾のシグナルを出していた。


「ノア! 無事!?」

「ぶ、無事ですが、右腕を破壊されました」

「とにかく下がって」


 ノアの乗る高機動型テュールが後退してくる。その直後に、再度ノアの機体の被弾シグナルが飛ぶ。


「――――――ッ!!」

「早く下がって!」


 ノアと入れ替わるように前に押し出たエリスは、通信塔の前の建物の屋根にそれを見つけた。

 一瞬だけ映ったそれは太陽光を反射する鈍色(にびいろ)の腕。銀色の装甲をまとわせた右腕が屋根の奥へと消える。


「……ジョシュ」


 エリスは苦虫を噛み潰した小声で、それを呟く。即座に思考を戦場のそれと切り替えて、エリスは小隊員に指示を飛ばす。


「〈銀の右腕〉がいるわ! 各機散開、あれには手を出さないで。私が追い詰める」


 TAF(タフ)アメリカベースの《銀狼小隊(シルバーウルブス)》の狙撃手がそこにいた。

 右腕を銀色にした機体カラーから〈銀の右腕〉とレルアバドでは呼称されていた。

 狙撃による敵機の誘導を得意とし、彼に誘導された小隊は、各個に分散され撃破される。


姉御(クイーン)! 《銀狼小隊(シルバーウルブス)》が来てるっすか!?」

「だとしたら状況は詰んでいるわ。ノアとジムは周囲の警戒、他の狼を発見次第逃げなさい」


 《銀狼小隊(シルバーウルブス)》が来ている。AHの補助があったとしても、歴戦の猛者達が相手では分が悪い。バレルビート単体ならば、撃退するにせよ、撤退するにせよ、やりようがあるだろうが、正直な所、お荷物を抱えたまま戦闘行動に入るのは無理だ。

 エリスは即座にその判断を下し、残るアレクセイとヤコブにも、退避指示を出した。通信塔の破壊は最優先事項の為、ここからはエリス単体での行動になる。

 久しぶりに死の予感を思い出す。背筋に冷水を流し込んだように、ぞくりとした感触が肌を泡立たせる。


「いいわ。ジョシュ。()りましょう」


 エリスはAHの金色の冠の下にある口元を嫣然(えんぜん)と歪めた。



 エリスは躊躇(ためら)いなく、左の操作盤にある『赤いボタン』を押し込む。唐突に耳小骨スピーカーに流れ出す《バレルビートのテーマソング》を無意識に聞き流し、機体を変形させる。両足が地面に着底し、全方位駆動車輪が(うな)りを上げる。

 次の瞬間には、機体すれすれの距離に至近弾が地面をえぐり、即座に回避行動に移る。

 敵機の射線から逃れる様に建物の陰に、バレルビートを走らせる。

 エリスは少しだけ焦りを感じていた。《銀狼小隊(シルバーウルブス)》が送り込まれた戦場は、総じてレルアバドに取っての地獄になりうる。たった四人の小隊にレルアバドは辛酸を舐めさせられ、優勢だった戦況を劣勢にひっくり返される事など、何度もあったのだ。

 静かに息を吸い込む。そう。ここで問題なのは、狙撃手ではない。潰すべきは、この狙撃手の小隊員だ。

 逃げ回る手練れの狙撃手ほど厄介なものはないが、それに固執すると、その仲間の小隊員に囲まれ窮地に追い込まれる。

 一対多の基本はヒット&アウェイによる各個撃破。無論、敵もそう易々と各個撃破などさせてはくれない。


「──っ! 流石に上手いわね」


 〈銀の右腕〉からの狙撃がエリスの進行方向を塞ぐ形で放たれている。急旋回をかけて、その場を退避するが誘導される様に通信塔から離されていく。


姉御(クイーン)!」


 ジムの声に耳を疑った。退避命令を出したはずのジムからの通信。それは彼が、いや彼等がこの場から逃げ出していないと言うことだった。


「逃げなさい! 狼に食い殺されたいの!?」

「…………」


 突然のノイズのような呼吸の音に、エリスは眉をひそめた。


姉御(クイーン)、ノアがめちゃくちゃ強えーっす!」

「意味のわからないことを」


 Eb-5213テュール改に乗り込むノアの戦闘力は、エリスが一番把握していた。凡人の域を越えないが目立った欠点も無い。

 テュールに乗り込みAHの補助がある状態でなら、TAFの一般兵を倒すことは可能でも、この戦場に現れた歴戦の兵士を倒すことは不可能だ。


「ノアの奴、急に動き出して、敵のGIAをぶっ潰しました」

「あり得ないわ! 右腕と駆動系の一部を破損してるはずよ! ──っ! 鬱陶しい!」


 エリスは尚も止まない狙撃に舌打ちをする。


「とにかく、〈銀の右腕〉以外の敵は撃破しました!」

「〈銀の牙〉は?」

「いや、たぶん見てないっす」


 エリスは違和感を覚えた。《銀狼小隊(シルバーウルブス)》は、隊長機の〈銀の牙〉が率いる小隊だ。

 まさか、死んだのだろうか。

 エリスの胸に去来した感情をどう説明すればいいのかはわからない。一つだけ言えることは、この瞬間にエリスの裂帛(れっぱく)した叫び声がこだましたと言うことだけだ。


 エリスには、もう狙撃手以外を撃破するなどと言う考えは無かった。ひたすらに〈銀の右腕〉の狙撃を掻い潜り、気がつくとその懐に潜り込み、右の三連ガトリングで敵機を殴り付けていた。

 体勢を崩し倒れ込む機体のコックピットに、銃口を叩き付け、狙撃手の動きを封じた。

 左手の操作盤で、無線封鎖と直接回線の強制連結を行う。


「〈銀の右腕〉、聞きたいことがある」


 直接回線で繋げた声は、酷く冷めていた。


「チッ、焼きが回ったな。お得意の無線封鎖に、無線の強制介入かよ。ハッ、神の声って奴かよ」

「余計な事を喋る必要は無いわ」

「うっせーよ、クソ野郎。それともあれか? 改宗するから命だけはお助けを! なんて言えばいいのか? 絶対女神に篤き信仰と誓いを! とでも言えばいいのか! 腐れ宗教野郎!」

「〈銀の牙〉はどうした?」

「ハッ、てめえにゃ関係ねーよ」

「質問に答えて」

「んだよ。ひと思いに殺せよ! 神の身許に連れてくんだろ? てか、テメーらの神様は人殺しの神なんだろ!? ハッ、死神の使いかよ。それとも天使様気取りで地獄に落とすってか!」


 口汚く罵る敵パイロットにエリスは顔をしかめる。レルアバドは神を信仰する者達の集まりだ。そして信仰のほとんどが、殺人を許してはいない。


「質問に答えなさい。〈銀の牙〉はどこ?」

「どいつもこいつも銀の牙、銀の牙。そうだよな。アイツはスゲーよ。凄かったさ。アイツはオレの親友で、アイツは、アイツは、テメーらが奪ったんだ。アイツから、オレらから何もかも全部!」


 憎しみに満ちた言葉の数々がエリスの胸を貫いていた。不意に鴎外の言葉を思い出す。

 憎しみの連鎖。殺し殺され、憎み憎まれ、果ての無い復讐と、呪いと化した怨嗟(えんさ)の嘆き、それらがほどけない糸の様に絡まりながら戦場を満たしていく。


「答えてやるよ死神野郎。〈銀の牙〉は、死んだんだよ! テメーらのせいでな!」


 呼吸の仕方を忘れた気がした。わめき散らす〈銀の右腕〉の声も遠く、ただ頭が真っ白になっていた。

 (もや)のかかった頭で思うことは、この男に別れを告げなくては、と言うこと。


「さよなら、ジョシュ」

「は? なんでオレの名前知ってんだよ! テメー誰だよ!」


 コックピットに押し当てた三連ガトリングの引き金を引く。数秒後にはこの男は、狭い座席の中で挽き肉になっているのだろう。何もかもがどうでもよかった。

 本当にどうでも。

 ふと気がつくと、左の操作盤に触れている指が震えていた。人差し指は、ガトリングの発射を命じるボタンに乗っているのに、それを押し込むことが出来ないでいた。


「どうして」

「死んでたまるかよ! こんなとこで死ねるかよ! 腐れ宗教野郎! テメーが死ね、すぐ死ね、早く死ね」

「なんで、さよならは言ったのに」

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」

「うるさい」


 エリスは強引に機体を持ち上げ、直接回線を断ち切る。そして直後にガトリングのボタンを押し込んだ。三連ガトリングの銃身が回り、毎分三千九百発の弾丸が敵機の腕を足を砕く。

 ()(すべ)も無いまま行動不能にされた〈銀の右腕〉は完全に沈黙した。最後まで、コックピットは潰せないまま、エリスはその場を後にした。


「エリスより通達。〈銀の右腕〉は完全に沈黙。各員、状況を知らせて」


 深く深呼吸を繰り返し、ようやく平常の声が出せるようになったエリスは、切っていたオープン回線を繋げた。


「こちらアレクセイ。目標の通信塔(ピラー)の破壊に成功。ヤコブは道同している」

「うす」

「他の二人はどうしたの?」

「ジムとノアは通信しているが、応答がない」

「オープン回線は開いてるわよね? とにかく、応答しなさい。軽口で構わないから、返事をしなさい」


 2つの呼吸音が、同じタイミングで重なる。


「「姉御(クイーン)、なに心配そうな声出してるんすか? いつもみたいに、堂々としてくださいよ」」


 背筋が凍った。ジムとノアの2つの声が、無感情のまま、同じ言葉で軽口を返していた。

 エリスだけでなく、ヤコブもアレクセイも絶句する。何が起こっているのか。それを知る術は無く、動きを止めた彼女達は鳴り響いた帰投命令のサインで我に返った。


「帰投するわ。各機、隊列を保ちながらストークへ」


 平静でいられるはずも無かったのに、なんとかその声だけは出せたエリスは、ジムとノアの二人に不気味なものを感じながら、ストークへ進路を向けた。

 TAF(タフ)のメルボルン基地は、甚大な被害を受けていた。格納庫のほぼ全ては破壊つくされ、通信塔は使い物にならず、残存兵力も微弱だ。生き残りの兵士達が白旗を上げているのが、全天モニター越しに見えた。

 もうこの場所は基地としての役割を果たすことは無いだろうと、エリスは思った。

 終始無言のまま、基地を背にしたエリスは、不意に上空を走る陰に視界を上げる。


「ストーク?」


 輸送機であるストークは、戦闘区域に立ち入ることは無い。仮に戦闘区域に誤って進入してしまった場合は、対空砲火の洗礼を受け爆散する他は無い。

 《低高度推進離脱(LAP)》を行う際も、戦闘区域より外れた場所で行う。故にこの場にストークが有ることに、エリスは言い様の無い不安と気持ち悪さを覚えた。

 全天モニターにサブモニターを展開させ、編隊を組んだストークの行方を追う。進路は間違いなくメルボルン基地だった。


「空爆でもする気じゃないわよね」

「空爆とはなんだ?」


 エリスの言葉に疑問を投げ掛けたのはアレクセイだ。


「そうよね。そんな言葉、知るわけ無いわね」


 空爆は旧世紀の言葉だ。飛行型戦闘機で高度より爆弾を落とし、敵も味方も、市民も兵士も、何もかもを根こそぎ殺し尽くす殺人方法。第三次世界大戦までの、あらゆる戦争で行われた悪徳の戦略だった。

 現在は倫理的な問題よりも、レーダー技術、対空攻撃の飛躍的な進歩と、航空機の衰退の二面から、言葉そのものが忘れられていた。

 エリスは簡単に空爆の意味を伝えると、ヤコブから声が返ってきた。


「ピラー」


 彼の言葉に、エリスはハッとした。通信塔、コードでピラーと呼んでいたそれは、破壊の最優先事項だった。通信塔は通常の通信の他に、レーダーとしての役割も担っている場合が多い。


「まさか、それこそまさかよ」


 レルアバドは宗教的中立区を望む集団だ。信仰は多岐に渡るが、基本的に戦争行為そのものを是としていない。

 あくまでも敵が向かい来るから打ち倒す。奪われたものを取り戻す。信仰の有無に関わらない平等な地域の制定。その為にしか武力を振るうことは無い。敵の基地とはいえ、非戦闘員も多く取り残された場所を、白旗を上げ降伏している者達を、焼き払うなど許される事では無い。

 きっと別の隊の迎えに行くのだ。

 エリスは自分に言い聞かせるが、自身の言葉を何より疑っているのは、自分自身だった。


「大丈夫よ。ストークの高度で空爆なんてしたら、爆発の衝撃に巻き込まれるし、飛散した鉄片でストークが傷つくわ。そんな無駄な事をするわけ……」


 誰に言うわけでなく溢れだした言葉の数々は、希望的観測と楽観視でしかなかった。何一つ根拠の無い言葉の羅列は、ストークが基地上部に差し掛かったところで止まった。

 サブスクリーンに表示された映像は、ストークの編隊がハッチを開く姿だった。


「……大丈夫よ。だって空爆は、真下に落とすのよ」

姉御(クイーン)

「空爆」


 アレクセイとヤコブの不安げな声が重なる。ジムとノアは未だに正気を失ったままだ。目の前では空爆が行われようとしている。私は、ジョシュを殺せなかった。あの下にはジョシュがいる。


 そしてそれは始まった。


 ハッチから飛び出したのは、無数の虫だった。少なくともエリスには、いやこの場でこの光景を見ていた誰もが、そう思った。

 八足の不気味な機械が次々と降下していく。


「《自立型誘導炸薬(ランド・スイーパー)》」


 誰かの呟く声を聞いたエリスは、その直後に吹き上がる炎に目を見開いた。

 時間差で起爆する兵器。ストークの離脱を確認したように、いや離脱確認後の自動起爆。無数の爆発音が各所で鳴り響いた。

 エリスはその光景を呆然と眺めていた。人が意味もなく死んでいく。戦場での命の価値など塵と等しいくらいに希薄だ。死に意味は無く、人の重さは戦闘単位として数えられる。エリスも、アレクセイも、ヤコブも、誰であれ同じようにこの場で生き残るか、殺すか、それだけでしかないのに、それすらも無意味な死に満たされているのが戦場だ。理解していた。親しい戦友が死ぬのを間近で見た。死んだことすら気づけないまま死んだ者もいた。その死すら混沌に飲まれた者もいた。


「ジムとノアが」


 オープン回線に聞こえた声は、ヤコブのものだ。普段から口数が少なく、感情表現も希薄な彼が、動揺の色を濃くした声を上げる。


「ダメだ。死なせられない」


 ヤコブの機体が動き出す。エリスは全天モニターに表示された、自小隊のマーカーの表示を確認すると、ジムとノアは小隊を離れ、赤く染まったメルボルン基地に向かっていた。


「ジム、ノア、戻りなさい」

「「命令の受諾は不可。コード:ブリージンガメンに従い、敵残存戦力を殲滅します」」


 重なりあう2つの声は、感情の一切を廃したものだ。まるで機械のような、機械そのものの応答でエリスの言葉を無視した。


「聞いての通りだ姉御(クイーン)。奴ら正気を無くしている」


 アレクセイもヤコブ同様に死地へと飛び出していた。


「アレクセイ、ヤコブ、残弾はあるわね? 二人を止めるわ」

「了解!」

「うす!」


 これ以上の死人は不要だ。エリスは機体を反転させ、赤い地獄へと身を投げ出すのだった。

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