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∞ Early Barrel  作者: 光波昂冶
序章
2/12

1. 死神は獅子と遊び、皇帝と踊る

 ハルクは各部計器の値が、本当に正しいのかを疑った。哨戒(しょうかい)任務を終え、愛機のEb(イブ)-1123《ガイザーウィング》で小隊の後方から索敵を行いながら警戒をしていた。小隊は自機を含めて四機、Eb-2500量産型マルス改が二機、そして相棒のEb(イブ)-0930《ガイザーレオン》だ。

 通常通りのキャンベラ北部まで足を延ばし、自機と相棒の試験運転を含めた任務をこなし、データを収集した。愛機となったこの機体は、旧世代のF-14(トム・キャット)の系譜だという事もあり、操作性は悪くなかった。もっとも、Eb(イブ)シリーズ共通のAHシステムの補助が、それこそ機体を手足のように動かすのに役に立っている。

 ハルク達は、レルアバドの信者だ。団体に献体を行い、信者達を守る為に人型兵器に乗り込んで、政府が雇った傭兵会社や、政府軍と日夜戦闘を繰り返していた。

 レルアバドの主力は人型兵器、Eb(イブ)と呼ばれるものだ。一般の献体者は、イグニス社が開発したマルスを流用した人型兵器に乗り込んでいる。だがこのオーストラリアでは、試験的に様々な機体が作られていた。この地のアボリジニの若き天才が、様々なコンセプトで成功、失敗の数々を生み出していることが原因の一つだ。

 そして、そのテストパイロットに選ばれたのはハルクと、相棒のラタナだ。

 飛行型の兵器はエンジンの問題から、久しく戦場には出ていない。だがそれを可能にしたのが先の天才だ。ハルクの先祖はF-14(トム・キャット)のパイロットだったという。だからかもしれないが、この機体は自然と体に馴染んだ。


「ハルク、ブラボー2とブラボー3がやられたわ」

「ブラボー4、小隊の時はコードで呼び合え」

「どの道、もう貴方と私だけ、だったら名前の方がいいわ」

「オーケー。しかし、あれはなんだ?」

「たぶん、リオの新作じゃないかしら?」


 目の前には見慣れない漆黒の機体が、暴れまわっていた。両腕に装備された三連ガトリングが、弾幕を張り、背部には小型ミサイルを搭載しているように見える。何よりその機動力が異常だ。

 通常のマルスであれば、ここまでの機動性を確保できない。現に先鋒を務めた二機は、その三連ガトリングにロックされ、轟沈している。機動性は同格、いや味方機の方が若干早い。

 だとするとパイロットの差が出ていると言える。


「どうするの?」

「ラタナ、あれを使うぞ」


 その頃、重武装をした機体の中では、一人の女が、ため息をついていた。


「なんて、ピーキーな機体なの」

「いやー、やっぱ、わいの見立て通りやわ。魔弾の射手やったら余裕ちゃいますノン?」

「魔弾の射手ね。一部では戦場の死神とか呼ばれているらしいけど」

「死神っすか。せやったらあれやんな。こんど鎌でも作りますわ」

「お願いだからやめて」


 漫才のようなやり取りは、彼と会ってから、ずっと続いている。キツいオーストラリア訛りに、意味不明な思考でポンポンと話す男。コスタケルタの様に退屈も嫌悪をしない代わりに、違うベクトルで精神的な疲れが溜まっていくの感じている。

 エリスは今日何度目になるかわからない溜め息を飲み込み、目の前の戦闘に意識をずらした。沈めた二機は、通常のEb(イブ)だ。汎用機だったし、パイロットもそこまで腕がいいわけじゃない。多少は光る物があったが、あくまで多少だ。ドイツ戦線の歴戦の猛者と比べたら、少年兵と変わりがないように思えた。

 通信機越しのリオという現地人の情報通り、哨戒任務を任されるくらいの新人と言っても過言ではない。


「さて、問題は残りの二機ね」


 レーダー越しに動く二機は、通常のEb(イブ)とは異なっている。リオ曰く、自慢の最新機(ファルチェオリジン)らしいが、どうせこの機体と同じようにピーキーで、言う事を聞かない機体に違いない。

 暴れるバランサーをAHシステムとの連動で、無理矢理制御して、二機を改めて見る。

 一機は戦闘機を模した鳥。その異形に眉をひそめたのも、作成者の性格を考えれば当然だ。戦闘機の先端を鳥の頭にする必要は全くない。

 そしてもう一機、これも意味が分からない。獅子を模した四足の戦闘機。あの駆動を組み上げるのに、どれだけの資材を投げうったのだろう。


「へへ、最高やろ。あの二機は日本アニメ(ジャパニメーション)の影響を色濃く出した機体ばってん」

「そう。でも撃ち落とすわ」


 不規則に動く四足の獅子は、機動性ではこちらを大幅に上回っている。それにあの鳥が意外に厄介だ。少しでも気を抜けばロックオンされる。たぶんあの獅子と照準を共有しているに違いない。

 右旋回で二機からのロックオンを避けながら、ガトリングを弾幕にする。背部のミサイルの残弾を考えると、長時間の戦闘はこちらが不利だ。そもそも、こちらは小隊を組んでいない。


「まったく、他人事だと思って」

「あー、とりあえず言っておくんやけど、マルス改を落とした時点で、試験はオールオッケーなんやけど。辛なったら、白旗あげてな」

「いいわ。ついでだからアレも落とすわ」


 強気な声というよりも静かな殺意を滲ませるエリスは、鳥に照準を合わせる。

 その時、鳥と獅子が一気に後方へ下がった。

 後方に下がったことで、照準が外れ、エリスはその距離を埋めるように前進した。


「なっ……」


 そこには意味が分からないものが立っていた。

 獅子と鳥、この二機だけも意味が分からない。人型兵器が一般的で、それを無視したコンセプト。さらにAHシステムは、人型であるからこそ、意味を成すシステムだ。

 <エンジェル(Angel)ハイロゥ(Halo)・システム> それは身体感覚を直接機体へとフィードバックさせるシステムだ。例えば、剣を振り下ろす動作を三種類用意したとする。通常であれば、袈裟切り、切り上げ、横薙ぎなど、その軌道をプログラムで同一のものを用意するしかない。その軌道は何度行っても同じ軌跡しか通らない。もちろん、膝関節の駆動や、マニュアル操作で肘の駆動をいじれば、違う軌跡を辿らせることが可能だが、戦闘中にマニュアルで駆動に介入するなど時間がいくらあっても足りない。

 それを可能にしたのがAHシステムだ。脳波を読み取り、それを袈裟切りの軌道に伝える。伝えられた脳波は、袈裟切りのパターン数を複数に増やし、その分の操作性を向上させた。もちろんただの移動にもそれは反映する。

 AHシステムは人間を兵器と同一にする、いわば人機一体を現実にしたものだった。

 故に、人型からかけ離れた鳥やら、獅子やらはコンセプトから大幅に外れることになり、その真価を発揮できない。

 更に言うなれば、航空戦闘機は時代遅れ、陸上兵器にしても、第四次世界大戦以降の人型ロボット開発が進んだ今、あえて四足以上の兵器を作るメリットが何一つ無かった。

 鳥に獅子、そんな時代遅れで夢想ばかりを詰め込んだ無駄な機械。それがエリスの印象だったが、目の前に現れたそれ(・・)に、彼女は息を呑むより先に呆れの感情が前面に出た。

 目の前の全天スクリーンは、確かに人型兵器を映し出している。

 Eb(イブ)の真価とも言えるAHシステムを最大に発揮できる形だ。

 だが、胸に獅子、肩に巨大な砲身を携えたそれは、通常のEb(イブ)とは異なった異形。


「リオ、あれはなに?」

Eb(イブ)-4122 キングガイザー!」


 リオの言葉に何も期待はしていなかったが、ここまで説明が皆無だといい加減嫌になる。

 かろうじて、情報とも取れる言葉から、敵機の行動を予測し、吐き捨てるようにエリスは言う。


「もういい。4000番台ってことは砲撃兵装型ね。いいわ。こちらも砲撃兵装型、同タイプの試験運転としてはいいデータが取れるんじゃないの?」

「ご察しの通り。さーて、どっちが勝つんやろ。うちのクルーも賭けやってるさかい、気張ってくんなせーな」

「なにを呑気(のんき)に」


 あくまでも気楽なリオの口調に、エリスは苛立ちを感じた瞬間、いきなりロックオンされる。エリスの操る機体の射程は長い。こちらも砲撃型、それも長距離砲撃を可能としていると聞いているはずだが、こちらの射程外からのロックオンに戦慄する。急ぎ回避運動を取るも、ロックオンが外れない。

 焦りながらも右に回避し、ロックオンを外したかに思えたが、計器は左腕の損傷を示していた。衝撃は来ない。それもそのはずだ、あくまでも模擬戦。実弾を使わず、データのみでの戦闘だ。

 それにしてもと思う。この長距離から射撃、どう考えても出力が足りないはずだ。それに先ほどの獅子と鳥、その二つが合体したようにしか思えない人型兵器。


「ねえ、わざわざ合体させる必要はあったのかしら?」

「ああ、それなんやけど、あれな<核融合エンジン(ENE)>を連結させてんよ」

「そんな事をしたら、<核融合エンジン(ENE)>の余剰エネルギーに機体が耐え切れないわ」

「そこや。機動限界があるんやって。せやから合体は数分しか無理」

「そう。不良品にはここで引導を渡すわ」

「不良品ちゃいますって!」


 エリスは敵機キングガイザーの射線から逃れるように、右へ右へと旋回を続ける。しかし、移動砲台と化したキングガイザーは、そう易々と射線から彼女を逃しはしない。ここにきて機動性においての差が如実に表れていた。

 エリスが指摘したとおり、連結した二基の<核融合エンジン(ENE)>の余剰エネルギーは、そのまま推進力に使われ、鳥型の戦闘機(ガイザーウィング)が何故、航空機だったのか、その理由を知ることになる。

 分離時は索敵の支援型、合体時は推進剤として、確かに余分な部分は無いといえる。

 エリスはその設計コンセプトに舌打ちしながらも、距離を詰めようと躍起になるが、顕著な性能差を埋めることは出来ない。ただ、一つだけその方法を頭に思い浮かべているのだが、リオの言葉に迎合するようで、なかなか決断を仕切れないでいる。

 計器にアラートの文字が表記される。ロックオンされたのだ。回避運動を取るも、上半身に付けられたロックが解除できない。

 リオの言葉が頭を過ぎる。


「問題は機動力やってん。ホントじゃったら、バーニア仰山(ぎょーさん)つけてやりたいんだけどね、それじゃあ《ファルチェ・オリジン》の名は(かん)せないわけやわ」


 オーストラリア訛りの英語で、リオはにんまりと笑っている。

 アボリジニの天才技術者マッドサイエンティストは、露骨に取り付けた意味不明のボタンを押せと、エリスの直観に囁いていた。


「いいわ。どの道、手は無いのだから」


 エリスは左手の操作盤の端に取り付けられた赤いボタンを押し込んだ。

 目の前の全天スクリーンに、見慣れない文字と、ルビを振るように英語が表記された。


(Mode)(Change,)(type;)(Deus-)(Ex-)(Machina)


 見慣れない四角っぽい文字は読めなかったが、ルビから意味は察せられた。変形機構があることは、リオから事前に説明を受けていたから、なんとなく理解はしていたが、よもやここまで意味の無い演出をするとは思わなかった。

 そして、耳小骨無線に介入してきたサウンド、いや音楽だろうか、どちらにしても(わずら)わしいそれは、公用語となっている英語とは異なる言語で、爆音を鳴らしている。


『あーかいボタン押し込めばー! 正義のチ・カ・ラがー目を覚ますー!』


「リオ! このうるさい音楽をどうにかして!」


 エリスは悲鳴交じりにリオに抗議を発するが、直後に頭上を敵弾頭が通過した事を知ると、無駄口を叩く余裕は無くなった。

 エリスの乗る機体は、人型の足を開脚させ、そのふくらはぎから股にかけて設置された全方向駆動車輪によって自重を支えていた。三連ガトリングを両腕に装備し、背部にはミサイル、胸部にマシンガンを装備したその姿は、人型兵器というよりも、移動要塞と名付けた方が自然とも言える。

 実際、搭乗前にこの機体、Eb(イブ)-4(フォー)666(トリプルシックス)《バレルビート》と対面した際に、変形機構など故障の元だし、機動性を重視した戦車型の足ならば、戦車状態の方がマシだと苦言を(てい)していたのだ。

 実際に乗り込んでみれば、機動性を上げるために無理に搭載した脚部のバーニアのせいで、姿勢制御が難しく、それでいて汎用型の2000番台(マルス改)に劣る機動力なのだから、足を作った意味すら分からない。


日本アニメ(ジャパニメーション)では、変形と合体には、オリジナルミュージックが必須なんよ!」


 リオの回答は、エリスの殺気を強めるばかりだが、曲は終盤になったのか、盛り上がりを増していく。


『神装変形! 絶対無敵! その名は! バレルビート!』


「ようやく、静まったわ。でも、この機動性、二本足の方がまだ扱いやすかったかもしれない」


 エリスは安堵の溜め息をついたが、今度は視線が急に下がり、さらにピーキーで変則的な動きをする機体に感覚を馴染ませるのに神経をすり減らす。

 機動性は申し分なかった。汎用型の2000番台(マルス改)を上回り、砂塵を舞い上げながら走る様は、移動要塞そのものだ。先ほどまで射線から逃れるだけだったエリスの攻防は、ここにきて攻勢に打って出る。


くそ(goddam)、リオの玩具は相変わらずめちゃくちゃだな!」

「ハルク、稼働限界が近いわ。レールガンは後一発だけど、あの機動力じゃもう照準は狙わせてくれそうにないわね」

「わかってる。さっきので決めておくべきだった」

「接近戦に持ち込むわ。ハルクは銃座をお願い」

「任せろ」


 キングガイザーのパイロットのハルクとラタナは、駆動系をラタナが、火器管制をハルクが行っている。通常のEb(イブ)は一人でその両方を行うのは、AHシステムの一つの弊害とも言える。なまじ人の思考とも呼べる脳波を読み取り、それを直接機械と連動させるシステムの為、二人乗りが不可能なのだ。

 しかし、キングガイザーは二機のEb(イブ)を合体させることで、火器管制プログラムと、駆動制御プログラムを互いに譲渡しあい、本来ならば不可能とされた二人乗りを実現させている。

 もっとも、パイロット同士の相性や意気といったものが同調していなければ、脅威とはなりえないのだが。

 エリスは直感的に敵機が二人で操縦している事がわかった。ドイツ戦線の際に、二人乗り以上の人型兵器と交戦した事があるからだ。


「やっかいね」


 なまじAHシステムと連動しているだけあり、攻撃と回避の性能が高い。その上、こちらは軌道制御すら危うい状態。攻勢に出れてはいるものの、攻防は五分五分と言った状態だ。このまま逃げ切りでキングガイザーの稼動限界を待つことも出来るが、恐らく相手はそれをさせてくれるほど容易ではない。

 すでに左腕部を失っているエリスの機体では分が悪い。右に左にと回避運動を続けながら、右腕部の三連ガトリングで牽制、背部のミサイルを射出するも、ロックの甘い攻撃はかすりもしない。

 決定打が足りない。

 エリスはそう感じていた。それはハルクとラタナも同じであった。砲戦仕様同士の戦闘では、時に千日手(せんにちて)となることもまま(・・)ある。敵の残弾が尽きるのを待つのも有りなのだが、敵の残弾がわからない為、こちらが先に尽きる可能性もあり悪手だ。状況を変えるならば、砲戦仕様の特性を一時的に捨てる必要があった。幸いこちらにはその機動力がある。

 エリスは敵機の直撃を避けながら、キングガイザーの懐に飛び込む。急旋回、急制動を繰り返し、詰め寄るエリス。長年の実戦経験が、彼女にバレルビートを制御する術を与えていた。

 ラタナもキングガイザー操り、適切な間合いへと導こうとするのだが、一瞬一瞬の判断がエリスに遅れを取る。

 完全に懐に入り込んだバレルビートの三連ガトリングが、キングガイザーのコックピットに押し当てられた。


「これで終わりね」


 エリスがつぶやいた瞬間


「いや、そっちも終わりだ」


 唐突に回線に割り込んだ声の主は、男のものだった。男の言葉の通り、キングガイザーの撃破を知らせる表示と、バレルビートの撃墜を知らせる表示が両方出ていた。


「引き分けね」

「ああ、こちらは二人だ。ラタナの分は俺がカバーする」

「とてつもない機動力だわ。さすがリオの玩具なだけあるわね」


 回線にしっとりとした女性の声が混ざった。


「貴女がラタナね」

「ええ。貴女は?」

「私はエリス・コーエン。<魔弾の射手>か<戦場の死神>の方が知っているんじゃないかしら」

「なるほどね。だから追いつけなかったのね」

「腕はそれほど変わらないと思うわ」

「あら、魔弾の射手に褒めてもらえるなんて、嬉しいわ」

「二人ともこれからよろしく」

「ええ。大歓迎よ」

「ああ。こっちこそよろしく頼むよ」


 模擬戦を終えた彼らは、互いに薄く笑いながら、基地へと帰還する。

 彼らの行く先は、ユーラーラ支部。

 赤土の大地は熱砂で揺らめいていた。

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