10. 死神の刻は静かに進む
鴎外との会話から数日の時が過ぎ去った。レルアバドのユーラーラ支部は、ようやく戦勝ムードから落ち着きを取り戻し始めていた。
エリスは機体の整備状況の確認の為に、格納庫を訪れていた。今回の戦闘ではかなり無茶な事を繰り返したため、予想以上の損傷があったからだ。
「リオ、状況はどうなの?」
バレルビートに張り付いているリオに声をかけたエリスは、彼の表情から強い笑みを感じた。
「いやーあかんですわ。変形機構がちょいやられはって、まあ損耗しよったら交換やなって考えとったさかい、脚部は交換し終わったところなんやけど」
ハイテンションで語るリオの言葉を手で制する。一から十までと言わず百まで話す勢いのリオに語らせると、日が暮れそうだった。
「復旧率の話をしているの。出撃出来るの出来ないの?」
「出来まっせ。夜も寝ないで昼寝して、徹夜の徹夜三連チャン、突貫工事で不備も無し、バレルビートはお気に入りの機体やさかい、ささっと復旧しやしたぜ」
「昼寝するぐらいなら夜寝たらいいのに」
「そこはあれやって、ええと、なんやっけ?」
「知らないわ」
いずれにせよ、戦闘に支障ないレベルで復旧している事だけはわかって安心した。大規模戦闘はまだ先にしても、哨戒業務や緊急の会敵は有り得ない事ではないのだから。
「それにしても寝不足なのは本当みたいね」
「せやな。クレイジーバーニアが中破、ブリットストライカーのPBが何本も逝ってもうたし、ガイザーレオンの装甲板もだいぶやらてもうたしなぁ。ほんまビンボーヒマなしや」
「お金が無い事と暇な事の因果関係が分からないわ」
「わいも知らへんって。せやけど日本じゃそう言うみたいでっせ」
「今度、鴎外に聞いてみるわ」
「おお! オーガと知り合いなん?」
「言ってなかったかしら?」
「聞いとりませんって。せやったら、これからヒマです? クレイジーバーニアを見せたいんやけど」
「名前からして物騒な機体名称ね」
あの鴎外が乗る機体には興味があったのは事実だ。殺さずの怪物の異名を持つ男の機体。おそらくパプアニューギニアで中破したのだろう。壮年だから献体としての寿命は残り少ないはずだ。しかし、間違っても献体司教。実力者なのは間違いない。だからこそ気にしない方が間違いなのだ。
リオに勧められるがままエリスは別の格納庫に向かう。第三格納庫に収容されていた機体は、最新鋭のテュール、ユピテルだった。その中に異彩を放つ機体が一機。マルスを基本フレームに、リオ独自の発展を遂げた機体がそこに鎮座していた。
「思っていた以上に破損しているのね」
エリスのバレルビートが出撃可能な状態に対して、鴎外のクレイジーバーニアはとても出撃できる状況では無かった。それほどまでに損壊が激しく、修理自体も先が長い事が見受けられた。
「せやな。TAFのバケモンに襲われたみたいやしね」
「バケモノ?」
「せや。知らへん? TAF日本支部のバケモノの話なんやけど」
「知らないわね」
エリスの言葉に、リオは苦々し気に説明を重ねた。極東の鬼の異名で知られるバケモノのことを。機体の基本フレームはシャムスなのだが、シャムスとは呼べない機体なのだという。独自の発展を遂げた機体性能に加えて、パイロットの残忍さから鬼と呼ばれることになったという。
「オニやね」
「なるほど、日本の化け物、確かにそれはオーガとしか言えないわね」
「せやけど、うちのオーガとは全然ちゃいます。あれはなんつーか、戦うための人間や。クレイジーバーニアでも負けたさかい、やっぱり次の手を打たなあかんわ。あれに戦況をひっくり返されたら、オーストラリアは終わりやさかい」
「そんなに強いの?」
「アンゴラの悪夢、赤いモンゴルの日、逸話を数えたらキリが無いくらいに」
エリス自身も聞いたことのある有名な事件が並び絶句する。
「そのどれもやけど、オーガが戦線に出とるんや。ある意味ライバルなんやけど、どれも負け戦や。実際、オーガがここに来たのも、いや、それはええか」
「なにかあるの?」
「勝てる機体。それをオーガは求めとったってだけの話やて。あんま聞かんといて」
リオにしては珍しく歯切れの悪い言葉に、エリスはそれ以上の事を聞くことを諦めた。
「まあいいわ。バレルビートは出撃できるのだから、この機体を優先してくれて構わないわ」
「そうも言ってられませんわ。エリスはんには、もっと気張ってもらわなあかんし」
「そう。なら期待してるわ」
「任しといてください」
力こぶを作ったリオに軽く微笑んだエリスは格納庫をそのまま後にした。
エリスが格納庫から食堂へ向かっていると、青い顔をしたハルクがふらふらとした足取りでやってきた。
「どうし……」
「ラタナを見なかったか?」
事情を聞く前にハルクから質問をぶつけられ、エリスは一瞬息を飲んだ。
「いえ、見ていないわ」
「動ける状態じゃないんだ。見かけたら病室に戻るように言ってくれ」
それだけ告げるとまた歩き出そうとするハルクを、エリスは手で制した。
「見たところ、ハルクも病室にいた方がいいようだけど」
ハルクとラタナは確か大規模防衛線『フレイ』に参加していたはずだ。どの部隊に所属していたかは知らないが、少なくともリオお手製のEbに乗っていたなら最前線だったことは間違いなかった。
「いや、俺の事はいいんだ。今はラタナが」
ふらつくハルクをすかさず支えるエリスは、その身体の熱さに眉を持ち上げた。
「だいぶ熱があるみたいね」
「ラタナの方がもっとひどい」
「わかったから、少し休んだ方がいいわ」
エリスはハルクを連れて手近なベンチに腰を下ろさせた。肩で息をするハルクは見るからに憔悴していた。体調不良と一言で片づけてしまってもいいのだが、その様子が妙に気にかかった。
「ラタナはいつからいないの?」
「今朝からだ。今までずっと探していたが見当たらない。自室にも、俺の部屋にも、格納庫にもいなかった」
「ラタナだって一人になりたい時ぐらいあるんじゃないのかしら?」
「そうかもしれない。でも、そうじゃないんだ。早く見つけ出さないと」
何かを焦るようにするハルクにエリスは、問題の本質を見る。何か話したくない事情がありそうだと。
「ねえハルク。正直に話して。ラタナに何があったの?」
「いやそれは、俺はラタナを連れ戻さないといけない」
見つけ出す。連れ戻す。この二つに妙な既視感を覚えるエリスは、それが自分のことだと思い出し、内心で苦笑した。だとしたら、ラタナは誰に連れ去られたのだろうか。
いや、そもそも、レルアバドのこの場所で誘拐などされるだろうか? この場所にTAFが入り込んでいるなどという事は有り得ない。ならば誰に? なぜ?
「ハルク。ラタナは連れ去られたの? それとも自分で出ていったの?」
この時世、誘拐など珍しくない。戦況が混乱している地域であれば、現地徴用兵として、慰安婦として、いくらでも需要があった。だが、このユーラーラに限って言えば、それは絶対に起こらない。
いや、本当にそうだろうか。エリスは自身がこのユーラーラを隅々まで見ていない事を思い出す。慰安婦などはいないにしても、そういった性的なサービスを提供する施設はあるはずだった。命のやり取りを行う献体がいる以上、そういった需要は必然的にあるのだから。自身に用事がないだけで、確実に存在する。
「違う。あれはAH酔いを起こしているだけだ」
エリスの思考を妨げるように、ハルクがつぶやく。
「ハルクしっかりして」
「なあ、エリス。ラタナと俺は愛を語り合った仲なんだ」
大規模な戦闘の後、自らの昂ぶりを発散するために、娼館に行く献体は多い。今回の作戦の後の娼館の売り上げは、相当に上ったのだろうとエリスは考えていた。
「ハルク。娼館は探したの?」
ハルクはエリスの言葉に目を見開く。聞きたくない事を聞かされた表情だった。
「違う。ラタナはそうじゃない。違うんだ」
胡乱な頭で否定するハルクの言葉には力がこもっていなかった。認めたくない事実。愛し合った人が別の誰かと体を重ねているなどと、そんな事は信じたくないのだろう。例え身体だけの関係で、金で解決しているのだとしても。プロテスタントの牧師だった彼の倫理観に照らし合わせても、やはりこれ以上は耐えきれるものでもないと、エリスはそれ以上の追及を止めた。
「ラタナは私が探すわ。ハルクは病室で待っていて」
「俺は探さないと」
「いいの。私がちゃんと連れ戻してくるから」
「ああ、そうか。連れ戻してくれるのか。そうか。そうか。どうか、焼き払ってくれ」
「え……?」
ハルクの瞳に垣間見えた狂気の炎は、一瞬のうちに見えなくなった。しかしそこには煮えたぎる何かがあったように思えた。
「すまない。少し休んだ方がいいな。俺も本調子じゃないみたいだ」
「ええ。休んだ方がいいわ。病室まで送る?」
「大丈夫だ。女性に肩を貸してもらうほど、やわな鍛え方はしていないよ」
「こう見えても献体司教なのよ私」
「はは、それでも君は女性だ。甘えてばかりもいられないさ」
ふらつく足取りで病室のある建物へ歩くハルクを見送りながら、エリスは表情を硬くした。まるで夢遊病者のようだったハルクが、突然元通りに戻ったように見えたからだ。うわ言のように繰り返した言葉を忘れたかのように、しっかりとした言葉をエリスに返していた。
ラタナを探しに行くとエリスが伝えたからだろうか。それにしてもあまりにも劇的に調子が変わる様は、AH酔いの症状を想起させる。
いずれにしても、ラタナを早く見つけ出した方がいいようだと、エリスは娼館のある歓楽街方面へ足を向けた。




