美容師志望の生徒の練習台に俺はなる!
「お兄様」
「お前はどこの魔法科高校の優等生だよ。あと何回呼び方を変えるつもりだ」
現在は昼休みの化学準備室。中村、祈璃、湯瀬さん、蒔尋と俺の5人で弁当を食べて舌鼓を打っているところだ。
縦長の長方形の机の入り口とは逆側の短辺の部分に中村が座っている。
長辺の部分には俺と祈璃が、俺の真向かいには湯瀬さんがいて、その隣には蒔尋が座っている。
逆に分かりにくいな。
「冗談だってば。もう、照れちゃって」
「結城くん、ここでロリコンはやめてくれないかしら。食欲が失せるわ」
「それを言うならシスコンだ。司波達也が里見蓮太郎に変わってるだろ」
「一々人気キャラで例えないで欲しいのだけれど。それに里見蓮太郎は幼女に好かれるというだけでロリコンではないわ。ロリコンといえば長谷川昴よ」
「女子でもロウきゅーぶ!を見る奴がいるんだな。なんか新鮮だよ」
しかしこの会話、普通の人にはついて来られないだろうな。
「そういやぁ、結城だと2人いるから祈璃ちゃんって呼んでいいか?紛らわしいし」
「蒔尋、俺の妹に手を出すときは事前にちゃんと言ってね」
「手なんか出さねーよ!」
「別に良いですけど条件があります。渼風先輩のことも渼風って呼んでください」
「ゆ、湯瀬のことを、し、下の名前で?!」
蒔尋のやつ、なんか過剰に狼狽えてないか?
「そうです。良いですよね?渼風先輩」
「折原くんだけだと…、その…、結城くんも私のこと下の名前で呼んでくれるなら大丈夫」
「えっ、俺?」
すると隣から"チッ"という音がした。
おい、妹よ。今なぜ舌打ちをした?
「うん、そう。ダメ…かな?」
「いや別に良いけど」
「じゃあ蒔尋先輩、せっかくですので1度呼んでみてください」
「祈璃ちゃん」
「私じゃないですって。渼風先輩の方です」
「え、今呼ぶ必要はなくねーか?」
「こういうのは最初が肝心なんですよ」
「じゃあ、み…、渼風」
「は、恥ずかしい」
湯瀬さんは手で顔を覆っている。林檎のように真っ赤だ。
ラブコメみたい。この青春ラブコメは間違ってないぞ。
すると祈璃が机の下で小さくガッツポーズをしている。なるほどね。
「結城くん、発情しないでもらえるかしら」
「してないだろ、どこをみてんだよ」
すると予鈴がなった。
俺たちは各自教室に戻った。
祈璃以外全員同じ教室なんだけどな。
*
全ての授業が終わって放課後、実質1人目の相談者が来た。
以前押し寄せた大量の案件は相談ではないので数えない。
「失礼しまーす。相談がしたいんですけど」
「京輔じゃねーか。どーしたんだ?」
来訪者は、整髪料で綺麗に整えた髪型が特徴の俺と同じクラスのコミュ力モンスターこと西浦京輔だ。
まあ俺が勝手に異名を付けたんだけどな。
「実はさ、俺、美容師を目指してるんだよね。それで、髪を切ったりセットしたりしたいんだけどバイトが禁止で実際にできなくてさ。もし良かったら、マーヒーとユウくんの髪で練習させてくれない?」
「それぐらいなら構わないよ。中村、いいよな?引き受けても」
「ええ、構わないわ。特に私たちの出番はなさそうなわけだし」
「決まりだな。京輔、今からでいいの?」
「そこの椅子に座ってるだけでいーよ。先にユウくんをやるから、マーヒーは待っててね」
それから後はただ座ってるだけだった。
京輔が真剣にスタイリングをしているので、他の人は黙って眺めている。
というよりもその技量に魅せられているようだった。
最初はヘアーアイロンで簡単にクセをつけ、ワックスで整えていくという感じだった。
詳しくないのであまりわからないが。
20分ぐらい経過して完成した。
俺は鏡を見て驚いた。髪型の格好良さと俺の普通な容姿の対比に。
というのはさておき、冴えない雰囲気がなくなった。いや本当にすごい。
「兄さん、すっごくかっこいいよ!!」
祈璃は興奮しながらiPhoneで連写している。
なんか恥ずかしいな。
「ゆ、結城くん。その…似合ってるよ」
「ありがとう、湯瀬さ…、渼風」
俺が下の名前に言い変えた途端、渼風の顔はまるで熟れたトマトのように真っ赤に染め上がった。
「結城くん、それは立派なセクハラよ」
「どこの世界に女子を下の名前で呼んだだけでセクハラ呼ばわりされる奴がいるんだよ」
とりあえずあの光景だけで白飯3杯はいけそうだな。
そして次は蒔尋の番だった。
先程は自分がやってもらう立場だったからわからなかったが、周りから見ていると京輔の腕はプロのレベルだと思うぐらいにすごかった。
美容師について良く知らないし、そもそも語彙力が貧困過ぎてこれ以上うまく言うことはできないが。
スタイリングが終わった蒔尋を見ると、男の俺でもときめくぐらい格好良かった。
「蒔尋先輩も素敵ですよー」
「黌丞の時と比べてテキトー過ぎねーか?」
「いえいえ、そんなことはないですよ。渼風先輩もカッコいいって何度も呟いてました」
「呟いてないよぉ」
「み、渼風。その、似合ってないか?」
「ううん、似合ってるよ」
「そっか、ありがとな」
蒔尋はすごく嬉しそうな顔をしていた。
「ふぅ、ありがとね!良い練習になったよ」
「そんなことないです。兄さんのカッコいい写真もたくさん撮れましたし」
「仲が良いんだねー。こんなに可愛い妹に好かれてるなんてユウくんも罪な男だねぇ」
「ふっ、まあね。自慢の妹だよ」
「兄さん、そんなに堂々と言われると恥ずかしいよぉ」
これは客観的に見てシスコンと言われても仕方がないな。
「西浦くんはどうして美容師になりたいって思ったの?」
湯瀬さんが興味深そうに聞いているが確かに気になる。
この勉強第一な将泉高校において非常に珍しいことだ。
おそらく進学先は、難関私大や国公立大学ではなく専門学校になるだろう。
「高校1年のときに家族旅行で東京に行ったんだ。それで興味本位で美容院に入ってみたんだけどめちゃくちゃ上手な美容師さんでさ、出来上がった髪型を見てスゴく感動したんだよ。それで俺も人を感動させることができるような美容師になりたいって思ったんだ。単純だよね」
凄いというか羨ましい。
やりたいことなんてそう簡単に見つかるものではないし、もしあったとしてもそこに向かって走り出すにはそれなりの覚悟が必要だ。
「京輔が将来一流の美容師になったら絶対行くから、その時は友達料金で頼むぜ」
「うん、絶対になるよ」
西浦京輔は満足げな顔をして帰っていった。
「今日、中村は何もすることがなかったな。働かざる者食うべからずだぞ」
「結城くんだって突っ立っていただけでしょう」
「た、確かにそうだな」
まだ5時前だったので化学準備室で談笑しながら勉強した後、相談者もこなかったので6時前に俺たちは帰路に着いた。
*
「兄さん、気付きましたか?」
今は夜ご飯の時間だ。
「なんのことだ?」
「蒔尋先輩のこと」
「ああ、あれは絶対渼風のことが好きだな」
「兄さんは下の名前で呼ぶのに抵抗はないの?」
祈璃は怒ったフリをしているのだろうか、頰を膨らませている。
「蒔尋も呼んでるし慣れれば普通だよ。それは置いておいてもしかして祈璃は、蒔尋と渼風をくっつけたいのか?」
「まあ流石にあれだけ堂々とやってれば気付くよね」
「当人たちは気付いてなかったみたいだけどな。それで理由はあるのか?」
「渼風先輩は兄さんのことが好きでしょ?確信はないけど。だから危険かなと思って」
「何が危険なんだよ。あとやっぱり渼風は俺のこと好きなのか」
「兄さんも気付いてたの?そこは鈍感主人公らしくしないと」
「いや、鈍感も酷過ぎるともはや異能だから。俺は至って普通の人間だし、むしろ勘違いするぐらい他人からの好意には敏感だ」
「じゃあ兄さんは渼風先輩のこと好きなの?」
「どうだろうな。可愛いとは思うよ。でも人が人を好きになるって、どこまでいけば付き合うレベルの好きなのかわからないだろ。俺は軽薄な女たらしにはなりたくないんだよ」
「それでいいよ。まあ、もし兄さんが相手がいなくてこの先ずっと独身でも私がもらってあげるから大丈夫だよ」
「俺は近親相姦をするつもりはないぞ?気持ちはありがたいが。まあその内、好きな人でもできたら祈璃に相談するよ」
「好きな人なんて作っちゃダメだよ。あと兄さん、告白されたらちゃんと報告してね!中学の3年間で5人に告白されたのに1つも教えてくれなかったでしょ」
「なんで知ってんだよ。お前は俺の元カノかよ」
お兄ちゃんだけど愛さえあれば関係ないよねっ!
ってかなり問題があるっつーの!
「兄さんのことならなんでも知ってるよ」
「じゃあ俺の人間関係まで把握してるのか?」
「女性限定だけど」
「そうか、それなら良かった」
中学の頃には友達とひと悶着あったからな。
人間関係に奥手なのもこれが起因している。
「なにかあったの?」
俺の顔色が悪かったからだろうか、心配した面持ちで祈璃が俺の顔を覗き込んでくる。
「いいや、なんでもないよ」
その時俺は中村と出会ったばかりのことを思い出した。
もしかしたら中村も過去に何かあったのだろうか。
いつか聞ける日が来ること願いつつ俺は数日後に控える模試の勉強を始めた。
次話は遅くて16日あたりと考えてます。
※ 諸事情により遅れます(3/17)