授業は聞かずに内職をするという勉強スタイル。
「兄さん、なんでまた女の子を誘ったの?兄さんは女の子の友達しかいないの?」
湯瀬さんが入部した後、特に依頼もなく部活が終わり祈璃と2人で家路についた。
そして今はといえば…。
「やっぱり呼び方は変えるんだな」
「それはさっき説明したよ。今度は兄さんの番」
そういって祈璃は俺の手を掴みながら、むっと口を結んでふくれっ面をしている。
「あのな、俺も驚いたんだぞ?そもそも誰も誘ってないからな」
「じゃあなんで渼風先輩が来たの」
「それは俺にもわからん」
本当に知らないからな。
湯瀬さんが来た理由を自分なりにいくつか考えてみた。
1つは俺に好意を抱いていて、中村と部活で2人きりという状況を知り入部してきた。
まあ可能性としては低い。というよりも勘違いだったら恥ずかしいので頭の片隅に追いやる。
もう1つは、中村と仲良くなりたいと思い入部した。
結構ありそうな感じがする。
それかもしくは、純粋に人助けをしたかったから。
これも湯瀬さんならそう思うかもしれない。
いずれにせよ、本人に聞く以外では確証を得られないので考えるだけ無駄だ。
「ふーん、まあいいよ。明日はちゃんと男の先輩を誘ってきてね、わかった?」
「それはお任せください」
*
4時間目までが終了して今は昼休みだ。
今朝祈璃と作った弁当を持ち化学準備室へと向かう。
後になってから考えて思ったんだが、化学準備室でご飯を食べるというのは色々と大丈夫なのだろうか。
塩酸とか硫酸とか危険な薬品が諸々(もろもろ)と置いてあるし。
あの子のスカートの中にポケモンをGETしに行くぐらいドキドキするぞ。(きゃー)。
ちなみに2番は(しつこーい!)に変わる。
まあみんなで決めたので仕方がない。(そりゃそうじゃ)
そんなことよりも、部員勧誘の目処が立っていないことの方が億劫だ。
そんな後ろめたさを抱えながら部屋の中に入ると既に中村も湯瀬さんも祈璃もいた。
と思いきや3人とも疲れた顔をしている。
「どうしたんだ?」
「相談がたくさんきているの」
中村が答える。
「確かに面倒だな」
「違うのよ、内容に問題があるの」
机上に置いてある紙の束を手に取り、内容のみを一瞥した。
なるほどな。
全ての相談内容が勉強に関することだった。
数学の勉強法を教えてくださいとか、オススメの参考書を教えてとか、先生の授業はちゃんと聞くべきかとか、まあそんな感じだ。
「どうやら、この部活に賢い奴がいるっていう情報が広まってるみたいだな」
「あー、兄さん。それはあってるんだけどちょっと違うの」
「どういうことだ?」
「私のクラスでは、先生がこの部活の紹介をするときに兄さんと唯凛先輩の名前を出して、学年でトップ3の学力を誇るって説明してたの」
「俺たちのクラスではそんな説明はなかったぞ」
「あっ、そういえば他のクラスの友達はみんな知ってたよ。結城くんと中村さんがいるってこと」
湯瀬さんが急に思い出したのか追加情報をくれる。
「ということは、私たちのクラス以外ではそのような説明がされたと考えられるわね」
「2年生はみんな、結城くんと中村さんが賢いのを知ってるから」
「そうなのか?」
「当たり前だよ結城くん。上位10位以内の常連ならみんな知ってるよ」
「まあ俺の場合常に良い成績ってわけではないけどな」
「確かにたまに20位とか30位付近にいることもあるよね」
「え、湯瀬さん、なんで知ってるの?結構中途半端な順位なのに」
「そ、それは…、みんな知ってるよ。急に賢い人の成績が下がったら気になるでしょ」
「結城くんの名前は悪い意味で異彩を放っているわ。汚いものが目に入るのは当然のことよ」
「俺だけでなく俺の名前までも貶すな」
「それより唯凛先輩、この相談用紙の束どうしますか」
「私の名前を下の名前で呼ばないで欲しいのだけれど」
「別に良いじゃないですか。どこがいけないんです」
「馴れ馴れしいのよ」
うわ、言いやがった。
これはさすがに泣くのではないだろうか。
「私は別に馴れ馴れしくないと思うのでこのままいきますね。それでどうします?」
すごい。祈璃のやつ押し切りやがった。
「…。全て対応しましょう。私と結城くんが実際に相談に乗るから、湯瀬さんと結城さんで段取りを組んでもらえないかしら」
中村が負けたところ初めてみたかもしれない。
なかなかに新鮮だ。いや本当に祈璃さんすごい。
「つまり、私と渼風先輩で相談を行う日時と場所を決めて、相談者の元に行きそれを伝える。了承を得たら兄さんと唯凛先輩に伝える、ということで良いですか?」
「問題ないわ」
手際がいいな。やはり賢い奴が集まると話に無駄がない。
にしても俺なんかが、同級もしくは後輩の相談に乗れるものなのだろうか。
「渼風先輩、頑張りましょうね!」
「うん、がんばろー!」
まあ、みんなやる気だし出来る限りの事はやってみよう。
「ちなみに結城くんって、いつも授業聞いてないよね」
「あー、まあそうだな。なんでわかったんだ?」
まあ確かに結構な頻度で眠ってはいるが。
「授業中に寝てることもあるし、起きてる時は何か違うことをしてるでしょ」
「結城くん、まさかあなたは授業中にまわりの女子生徒の観察日記でも書いてるのかしら。そうだとしたら、この地球に結城くんの居場所はないわよ」
「だれがするか。そもそもそんな発想が出てくる中村の方が怖いぞ」
「兄さん、家にいてもいいけど買い物とか全部私がやるから外に出ないでね」
「罪を犯した前提で話を進めるな」
「結城くん、私のこと…書いてないよね?」
「だれか、俺の無実を証明してくれ」
もしかしたらこの地球上に俺の味方は存在しないのかもしれない。このふざけた世界に終焉を!
もし俺が紅魔族随一のアークウィザードなら、1日1回は中村に爆裂魔法を放っているところだ。
めぐみんかよ。
「まあ多分、兄さんは内職をしてるんですよ。ねっ、兄さん」
「わかってたなら悪ノリするなよ」
「祈璃ちゃん、内職ってなんなのか教えてくれる?」
そうか、湯瀬さんみたいなタイプだと内職という発想には至らないのか。
「この場合の内職っていうのは、授業を聞かずに自分のしたい勉強をするってことです。おそらく、兄さんは成績がいいから先生も怒るに怒れないみたいですね」
「内職ってやったらダメなの?」
「ダメっていうか、先生の話を無視して勉強するわけですから、教える側にとっては溜まったものではないと思いますよ」
「内職をする人は大抵が人格破綻者だわ。他人のことを考えもしない最低な性格だからこそ平気な顔をして無視ができるのよ。そうでしょう、結城くん」
「いや、絶対中村も内職してるだろ」
「していないわ」
「それは嘘だ。今日の3時間目の数Ⅱの授業中、教科書も出さずに地理の勉強をしてただろ。もはや数学ですらないぞ」
「やっぱり女子生徒を観察しているじゃない」
「まさか気付いてないのか?授業中先生が中村のことを睨んでたぞ。堂々とし過ぎなんだよ。少しは隠そうとしろ。あとせめて教科は合わせろ」
「そもそも私は内職なんてしていないわ」
「いやだからこの目でみたんだって」
「私は先生の授業を聞きながら他の勉強をしているもの。だからなにも問題はないわ」
いや、それは結局内職をしているだろ。
「すごいね、中村さん。2つ同時にするなんて私には絶対無理だよ」
「湯瀬さん、そんなこと誰にもできないから。中村が嘘ついてるだけだから」
「とりあえず今からこの紙束を捌いていきましょう。湯瀬さんと結城さんは早速段取りを決めるのをお願いできるかしら」
「わかりました」
「結城くんは放課後から手際よく行動できるように準備してもらえる?」
「了解」
とはいえこの量は骨が折れる。
*
授業間の休憩時間中に湯瀬さんと祈璃が手早く動いてくれたおかげで、放課後が始まってからすぐに相談を始めることができた。
現在は化学準備室で俺と中村が応対している。
その間、湯瀬さんは活動記録を部活の日誌に書記していて、祈璃は俺と中村のサポートや相談が円滑に進むように誘導係を担っている。
隣にある化学室では、順番待ちの生徒たちが勉強をして待っている。
化学室の使用許可を出したのは当然のごとく佳乃先生だ。一応担当科目は化学だからな。
にしてもこの状況は相談というより面談だろ。
教師の仕事だと思うんだが。
そんな不平不満を脳内で漏らしながらも、1時間半を掛けてほとんど終了した。
1人に5分以上かかる場合もあれば、1〜2分で終わる場合もあり、意外にもスンナリと進んだ。
「粗方終わったな」
「明日には全員終わると思うわ」
「それより中村、もう少し優しく教えてあげたらどうだ?中には泣きそうになってた女子もいただろ」
「学力というものは人任せで上がるものではないわ」
「まあそうだけどさ。途中、被虐嗜好のある奴が中村の毒舌を浴びて逆に喜んでたぞ」
「類は友を呼ぶのね」
「俺はMじゃない。至って普通だ」
そんな時、ドアをノックする音が聞こえる。
「どうぞ」
「よっ、黌丞。きてやったぞ」
「どうかしたの?」
入ってきたのは折原蒔尋だった。
隣から小声で気持ち悪いという声が聞こえてきた。
そういえば、湯瀬さんに対してはもう普通に喋っていたな。
でもなんだろう、蒔尋に対しては本能的に口調を変えてしまう。
「いや、俺も呼ばれてきたんだけど。その後ろの女の子に」
「お待ちしてました先輩!実はですね、今部員の勧誘をしてまして、もしよろしければ蒔尋先輩に入ってもらいたいんですよ」
そう言いながら後ろから祈璃が飛び出てきた。
「え、蒔尋といつ知り合ったの?」
「さっき2年3組に行ったとき」
あー、日時と場所の連絡をしていた時ね。
にしても蒔尋を誘うのかよ。
「それでどうですか?蒔尋先輩」
「いきなりだな。黌丞と…中村さんも部員なのか?」
「渼風先輩もいます」
「渼風っつったら湯瀬か、なるほど」
ちなみに現在湯瀬さんは佳乃先生に雑用を頼まれていて不在だ。
「蒔尋、無理してやらなくてもいいよ。地味に大変だよ」
「そうだな。塾があるから行けないときもあるかもしれねーけど、それでもいいなら別に入部してもいいぜ」
「私たちは全然大丈夫ですよ。ありがとうございます、蒔尋先輩」
積極的に喋る祈璃だが、全くあざとさを感じない。
策略家だな。おそらく狙って出来るタイプだ。家で見せる上目遣いも計算かよ。
智将 古市貴之も泣いて黙るぞ。
いや、アレは恥将だった。
どんだけヒルデガルダが好きなんだよ。
ティッシュを鼻に刺したら無双するけどな。
「よろしくな黌丞、中村さん。あと、そういえばまだ名前を聞いてねーな」
まだ名乗ってなかったのかよ。じゃあなんで祈璃は蒔尋の名前を知ってるんだ?
というかそれで良く化学準備室に来てって誘えたな。
「結城祈璃です。よろしくお願いします」
「結城か、よろし…って、まさか黌丞の妹っ?!」
「はい、そうです」
「黌丞から妹がいるって聞いてたけど、まさか同じ部にいるなんてな。つーか顔は全然似てねーな」
「余計なお世話だよ。祈璃は母親似で美形なんだ」
「兄さんもかっこいいよ。ねっ、唯凛先輩」
「そうね、雑巾の絞り汁ぐらいは認めてあげるわ」
「そもそもそれは人ではないんだが」
せめて動物にしろよ。液体ってなんだよ。
一条家の秘術である爆裂で瞬時に気化して爆発してしまうだろうが。
ちなみに爆裂魔法を使うときの掛け声は、
「エクスプロォォォジョンッ!!!」だ。いやだから、めぐみんかよ。
「早速なんだけど、今から塾だから先に帰らせてもらうわ」
蒔尋は挨拶をして出て行った。
「なんだかんだで部員が5人になったな。というか今思ったんだが、この部活を作った本来の目的からすると、今こうして活動するメリットって全く無くないか?」
「そうね。結城くんの妹が入部してからいろいろなことが狂ったわ」
「兄さん、本来の目的ってなに?」
「今更だからいえることなんだが、祈璃を入りたい部活に入らせるための説得材料にしようと思ってたんだ」
「初耳だよ兄さん」
「まあいってないからな」
「じゃあどうして唯凛先輩は兄さんの手助けをしてくれたんですか?」
「あ、たしかに。それ俺も聞きたい」
「そうね、利害が一致したからかしら」
「抽象的すぎる」
「昼休みとかは特に教室が騒がしいでしょう。部活というのを免罪符に静かな場所が欲しかったのよ」
「なるほどな。その気持ちはわかる」
「幸い結城さんも湯瀬さんも折原くんも静かな方だわ」
「源静香ちゃん並みに静謐な俺の名前がないんだが」
「あら、ごめんなさい。結城くんの存在は忘却の彼方に消えていたわ。それに彼女は名前が"静か"なだけでしょう」
「せめて俺を認識してくれ」
人の存在をちゃんと認識していないなんて、もしかしてあなた…、怠惰…ですね。
「私は怠惰ではないわ」
「なんで俺の考えてることがわかったんだよ」
「ペテルギウスみたいな気持ち悪い顔をしていたわよ」
「そんな顔してないぞ」
「兄さん、キモいわけじゃないけど不気味な笑いはしてたよ」
「面目ない」
恥ずかし過ぎて、脳が震えるうゥゥゥ!!!!!
まあこんなことを考えているから変な顔になっているんだろうな。自重しないと。
ちなみに、松岡さんのペテルギウスの演技は上手過ぎた。鳥肌が立ったよ。
「それに教室には結城くんもいるじゃない。同じ部屋の空気を吸うなんて耐えられないわ」
「悪いがその問題は今もなお健在だぞ」
「それなら仕方がないわね。喰種に捕食されることを祈っておくわ」
「その毒舌からして中村は羽赫だろ。火力が凄い。そもそもこの世に喰種なんて存在しないぞ」
中村に優しさを求めるのは間違っているだろうか。ナカまちかよ。
中村にはヘスティア様ぐらいの慈愛に満ちた心が必要だな。
むしろ冴えない彼女を育てるべきかもしれない。
加藤恵というよりはむしろデレのない霞ヶ丘詩羽先輩だけどな。誰得だよ。
「とりあえず今日の活動は終わりね。時間も時間だし帰ってもらって構わないわ」
中村は部長ということもあり、教室の施錠をする役割を担っている。
初めは当番制にするつもりだったが、開錠は1番先に来た人で、施錠は中村ということになった。
誰が何時に来て何時に帰るかなんてわからないからな。
「まあ、そうだな。とりあえず湯瀬さんを待ってから帰るよ。先に帰るのはなんか悪いだろ。いいか、祈璃」
「さすが兄さん、先に帰るっていったら妹を辞めようと思ってたよ」
「危なっ」
その時、廊下から小気味良く響き渡る足音が聞こえてきた。
ドアが開くと湯瀬さんが入って来て、両膝に手をつきハァハァと息を荒くしている。
「ま、待たせて、はぁ、ごめんね」
見ていなくても走って来たことは明白だった。
良い子だなぁ。
「そんなことはないぞ。雑用を任せて悪い。ありがとな」
「ゆ、結城くん!?待ってくれてたの?」
どうやら呼吸は落ち着いたみたいだ。
「先に帰るのはなんか悪いからな」
「ごめんね、ありがとう」
感謝の言葉を口にする湯瀬さんの目は若干潤っていた。
え、そんなに嬉しかったの?
「湯瀬渼風蕩れ」
「結城くん、それはセクシャルハラスメントよ。あと阿良々木暦に謝りなさい」
思わず口に出してしまったところを中村に突かれた。
そもそも化物語も知っているのな。
「結城くん、"とれ"ってなに?」
まあ知らないだろう普通は。
「渼風先輩、蕩れっていうのは萌えの更に一段階上をいく言葉です」
「なんとなくわかったかな。ありがとう祈璃ちゃん」
おそらくだが、"萌え"っていう言葉自体にピンと来ないだろうな。
「というかなんで祈璃が知ってるんだよ。知らない人の方が多いぞ」
「兄さんの部屋にある書籍はほとんど読了したよ」
「なんだよその、ジェバンニが一晩でやってくれました、的な台詞は」
自分の妹に持っているライトノベルを読まれるなんてどんな羞恥プレイだよ。
まあ持っているのはラノベばかりではないけどさ。
ちなみに、休日に友達と遊びに出かけることは稀なので、本やDVDが家にたくさんある。
「女子が3人聞いている状態でそのネタはないと思うのだけれど」
「でもDEATH NOTEって面白いよね。懐かしいな」
「実際無理ですよね、一晩で全く同じ偽物を作るなんて。私あそこだけ笑っちゃいましたよ」
「残念だったな中村。通じたぞ」
湯瀬さんとは以前にその話題で盛り上がったことがあるからな。
祈璃も俺の持っている書籍を読了済みならどうせ読んだに違いない。
悔しかったのだろうか。
中村は苦虫を咬み殺したような表情をしている。
噛み潰すだったな。咬み殺すのは雲雀恭弥だ。
どうせなら、中村には蜚蠊を噛み潰してもらいたいところ。
まずい。自分で考えたくせに非常に気持ちが悪い。ごめんなさい、Gさん。
ちなみに語頭にデンジャラスを付けると少し緩和する。
でんぢゃらすGさんかよ。
「もう6時を過ぎているわ。今日の部活は終わりにしましょう」
中村の一言で俺たちは解散した。
多少の疲労感は否めないが、誰かと協力して何かを成し遂げるというのは意外にも心地の良いものだった。