今更だがこの高校は将泉高校という。
「結城くん達は本当に兄妹なのね。そっくりだわ」
見学ということもあり、祈璃には先に学友と共に帰ってもらった。
祈璃が献身部に挨拶に来た後、今化学準備室にいるのは俺と中村の2人だけだ。
「そんなに似てないだろ。俺の顔はどちらかというと父親似で、祈璃は母親似だと思うんだが」
「そういうことではないわ。彼女も周囲に本性を見せていないじゃない」
「そんなバカな。祈璃は素直な子だぞ。俺と違ってリア充だ」
「そうかしら」
「根拠はなかったのかよ」
「感覚的なものを理屈で語るなんて不可能だわ」
「それなら俺の時はどうなんだよ。あの時の言い草だと確信してただろ」
「結城くんに対しては根拠があるわ」
「ほぅ。帰謬法でも帰納法でも使って証明してもらおうか」
「だって気持ち悪いもの」
「それ根拠なのか?」
大谷翔平の165kmの直球並みにズバァンと来たぞ。
もはやジャイロボールだろ。単身でメジャーに挑戦するつもりかよ。どこの茂野吾郎くんだ。
「とにかくどうするの?入部を許可するの?」
「俺にはどうにもできないからな。中村が決めてくれ。それにあいつは優秀だから足を引っ張るようなことはない」
「シスコンね」
「事実賢いぞ。贔屓目で言ってるつもりはない」
「結城くんはどうなのかしら。今までの素行から推測するにブービー賞がお似合いなのだけれど」
「何かの大会かレースみたいに言うなよ。それに最下位じゃなくて下から2番目ってところが無性に腹立つな」
どうせ底辺なら底辺のトップにぐらい立ちたいものだ。逆に恥ずかしいっつーの。
「まあ少なくとも私には勝てないでしょう」
「残念だったな。確実に何回か中村に勝ったことがあるぞ」
「どうしてそんなことが言えるのかしら。まさか私の順位を毎回確認しているの?ストーカーね。誰か警察を呼んで」
「見てねーよ。通報するな。俺は周りの順位を気にしたことがない。自分のだけ確認したら他は一切見てない」
「同意ね。そもそも比べる人なんていないから確認したところで無意味だわ」
自分で言っていて哀愁どころか恥辱も感じないのがコイツのすごいところだよな。
「俺何度か学年で1位をとったことあるんだよ。だから少なくとも数回は勝ってるぞ」
「それは定期テストの話かしら?それとも模試の話?」
「両方だよ。なんなら来週の模試と1学期の中間で勝負するか?同じ理系だし受ける科目は同じだろ」
元々俺たちの学年は250人いたが、2年に進級してから文理が別れたことで、俺のいる理系が143人、文系が107人に割れた。
つまりこれからの定期テストで俺たちは、143人の中で競い合うというわけだ。
模試はまだ国、数、英の3教科だから250人で競うままだけどな。確か2年の中頃から他の科目も入ってくるはず。
「そうね。いいわよ。今日から精々(せいぜい)面白い言い訳でも考えておくことね」
「いや、それ負けフラグだからな?」
中村の顔を見ると楽しそうに微笑んでいる気がした。というのも表情が穏やかだったのでそう感じただけだが。
結局中村と喋っただけで活動初日は何の依頼もなく終わった。
俺は静かに帰路に着いた。
*
先程中村と話したが、俺の通っている将泉高校では、様々な学校で廃止となり最近では全く見かけなくなった、考査及び模試の順位掲示制度が設けられている。
プライバシーの権利や個人情報保護法により保護者の同意が必要なのだが、将泉高校に通う生徒の全員がこれを承諾している。
それだけこの高校において勉学における重要性が高いということだ。
とはいえ俺はあまり他人の順位を見ていない。
たまに蒔尋の成績を見ることもあるがそれ以外は全くない。
250人もいれば知らない奴の方が多いからな。
今度から中村の順位だけはチェックしてみるか。
「お兄ちゃんどうしたの?ボーッとして」
今は晩飯の最中だ。
ちなみに真中っていう字を見るとハーレム主人公みたいな感じがするよな。東城綾可愛過ぎる。
俺も懸垂して告白しようかな。
その告白の成功率はいちご何パーセントだよ。
「祈璃は本当に献身部でいいのかなと思ってな」
「ダメ…なの?」
「問題ない!むしろ歓迎するぞ」
「ありがとう」
客観的に見てチョロすぎるな俺は。
主観的に見ても十二分にチョロイが。
チョロ過ぎて幼児にも玩具として遊ばれるな。チョロQかよ。
「それより聞いてなかったよ、部活が女の人と2人きりなんて!しかもすっごく美人な先輩だったし」
「祈璃はあいつが怖くないのか?」
「なんで?」
「雰囲気とかさ。ほら、近付きにくい空気が出てるだろ」
「そうかなぁ」
祈璃は納得していない様子だった。意外と天然なのか?
「そんなことよりさ、あの先輩って彼氏いるの?」
「いやいないぞ。それがどうかしたか?」
するとなにやら1人でボソボソとボヤいてる。
「おい、どうしたんだ?」
「なんでもない。それよりもう1人ぐらい部員を増やすべきだよ」
「なんでそう思うんだ?」
「だって危険だよ!あんな綺麗な人と2人っきりなんて!なにされるかわかんないよ」
「俺をなんだと思ってる。襲うわけないだろ」
「違うよ、お兄ちゃんの方を心配してるの」
「え、俺?普通逆なんじゃないか?」
「女子っていうのは男の人が想像してる以上に怖いんだよ」
「そ、そうなのか。じゃあ明日仲良い人を誘ってみるよ」
「よろしくね」
祈璃が凄い剣幕で言い寄って来たのでなにも考えずに約束してしまった。
あまり人を増やしたくないし、なにより中村が反対するだろう。
俺はご飯の後部屋に戻りLINEを送って見た。
○部員を増やしてもいいか?
すると10分後ぐらいに振動音が聞こえてきた。
○別に構わないわ。妹さんに言われたのでしょう。それに入部したところで、私のことが嫌になってすぐに退部すると思うわ
なるほど、一理あるな。というかそうなるとほぼ無理な気がするんだが。
中村がいるっていったら誰も入らないだろ。
どうするんだよこれ。死んだら終わりという状況下で、浮遊城アインクラッドを第100層まで全部クリアしないといけないぐらい不可能だろ。
神聖剣使いを探して決闘して倒す方が可能性高いぞ。
まあ仕方ないか。善処しよう。
○なるほど。じゃあ明日俺が探してみるよ
○わかったわ
さてさてさーて、どうしたものかな。
*
「結城くんって最近中村さんと仲良いよね」
今は2時間目と3時間目の間の10分休憩。
俺は、部活に勧誘するにも誰を誘えばいいのか見当も立たない苦境に陥っていた。
そんな時に後ろから話しかけてきたのは湯瀬渼風だ。
「いやそんなことはないけど、そう見えるかな」
「うん、今クラスの女子の話題で持ち切りだよ」
本当ですか。まあ大体は予想していたが、実際にそうなったのなら居心地の悪さを感じずにはいられないな。
「仲良いわけではないよ。昨日先生が朝のHRで言ってたでしょ。献身部っていう生徒による、なんでも相談にのる部活ができたって。あれ、俺と中村さんが活動してるんだよ」
勝手に部活を作ったところで誰にも認知されずに引退するだけだ。
したがって、学校新聞と各担任による朝のHRによって積極的に伝達された。
伝えられたのは部の存在と相談をする方法である。
1つは、活動時間内(主に昼休み、放課後)に化学準備室を訪れてその場で相談をする方法。
もう1つは、俺たちがワープロによって作成した献身部専用の相談用紙に名前と相談内容を書き、相談箱に投函する方法だ。
この相談箱は段ボールで作ったような稚拙なものではなく、佳乃先生が用意してくれた鍵付きでセキュリティの高いものだ。
どこにあったんだよこんなもの。
まあ確かにこれなら、興味本位で勝手に人の相談内容を見ることを防止できる。
鍵は俺たちが持っているのでいつでも確認することができる。
伝達事項には相談箱の詳細も含まれていたので、幾分かは相談しやすい印象を受けてもらえただろう。
「へぇ、そうなんだ。楽しそう…だね」
「まだ本格的には活動してないんだけどね」
すると珍しく沈黙が生まれる。
1年の時もクラスが同じで何度か話したことがあったが、気まずい沈黙が生まれることなんてほとんどなかった。
まあそんなに頻繁に話していたわけではないんだけどね。
湯瀬さんはコミュ力が高い。
高いといってもいろんな人に積極的に話しかけにいったり、明るい感じでバカみたいに喋ったりするわけではない。
むしろ湯瀬さんに対しては大人しい印象すら抱いている。
それでコミュ力が高いというのは、実際に話してみて初めて気付いたことだった。
とにかく話しやすい。湯瀬さんが喋る話題は俺が話しやすいものが多く、逆に俺が話す内容も理解してもらえる。
なにより沈黙を知覚する前に湯瀬さんが喋り出すので全く気不味くならない。
これってコミュ力ではなくて、ただ単に気が合うだけかも。
それに、もし沈黙を生まないように気遣ってくれているとしたら、もはや立つ瀬がないな。
「あー、えっと、もし悩み事とかあったら部活に来てみてよ。他人に相談なんて恥ずかしいかもしれないけど、微力ながら力添えするよ」
「うん、ありがとう」
ちょうど話が終わった時、3時間目の始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。
*
全ての授業が終わって放課後。
現在俺は化学準備室にいる。
中央に縦長の机があり、俺の横には祈璃が、真向かいには中村が座っている。
ちなみに相談箱にはなにも入っていなかったようだ。
部屋の外には1つ机を出してある。
教室で生徒が使うものと同じ机だ。
そして、机上には相談箱と相談用紙を設置している。
見た所相談用紙に落書きはなかった。
高校生にもなって落書きするような輩は滅多にいないとは思うが。
「兄さん、新入部員はいないの?」
ん?今の祈璃だよな?
「なんで急に呼び方を変えたんだ?」
「話をごまかそうとしないで」
「いや普通に気になるんだが。今までずっとお兄ちゃんって呼んでただろ?」
「それは、そう呼んだ方が兄さん的には嬉しいのかなって思ってたの」
そういって、ぷくーっと頰を膨らませる。
うわぁ。今までそんなサービス精神に溢れていたのか。気が付かなくてごめんな。
「そんなことはないぞ。祈璃の好きなように呼んでくれ。おい、中村。そんなゴミを見るような目はやめろ」
「ゴミじゃないわ、ゴミ以下よ」
「せめてゴミにしてくれ」
どうやら俺はゴミにすらなり損ねたみたいだ。
とりあえず誰かに使われて捨てられないとな。
にしても兄さんか。これはこれでなかなか感慨深いものがある。
父親と母親をパパ・ママって呼んでた子供が、急に恥ずかしいからという理由で父さん・母さんって言い出して、挙げ句の果てにはオヤジとオフクロって呼び出す感じのあれだな。
するとドアをノックする音が聞こえる。
中に入って来たのは湯瀬渼風だった。
「どうしたの湯瀬さん」
確かにさっき悩みがあれば来てねとは言ったが、まさかその日に来るとは。
「悩みというか…その、入部希望…です」
するとポケットのiPhoneが震える。
止まらない。どうやら電話のようだ。
視線だけ向け相手の名前を確認すると結城祈璃だった。
着信はすぐに切れてLINEが送られてくる。
○確かに仲良い人を誘うって言ってたけどなんで女の子なの?兄さんの友達には女の子しかいないの?
今はLINEを返せないからとりあえず視線で祈璃を制して湯瀬さんと向き合う。
「入部は別に大丈夫だよ。ただ、中村さんもいるんだけどいいかな」
「ちょっとそれはどういうことかしら」
「昨日自分で言ってただろ。何をいまさら」
「それは分かっているけど結城くんに改めて言われると腹が立つわ」
「俺は何も悪くない」
「やっぱり結城くんと中村さんって仲が良いんだね」
「冗談は結城くんの存在だけにしてくれるかしら」
「佳乃先生に言われた時と全く同じ返し方するなよ」
「ううん、仲良いと思うよ。だって結城くんの喋り方凄く自然だもん」
あ、そういえば中村と普通に喋ってるままだった。
よりにもよって湯瀬さんに聞かれるなんて。
「兄さんはいつもどんな感じなんですか?」
「え、結城くんの…妹さん?」
「あ、どうも、結城祈璃です。ついでに献身部にも入ってます」
「そうなんだ。湯瀬渼風です。よろしくね、祈璃ちゃん」
なんだか和むな。中村も少しは見習って欲しい。
「それで学校での兄さんはどうなんですか」
「男子がどう思ってるかはわからないけど、女子の間では評判が良いよ。結城くんのことかっこいいって言ってる子も少なくないかな」
え、本当っ。それ本当なの?
冷静さを欠くな、落ち着け俺。
いろいろ聞きたいことがあるが、ここで興味津々に問い詰めれば間違いなく中村に毒舌を浴びせられるだろう。
「鼻の下が伸びてるわよ、結城くん」
「伸びてない。変な言い掛かりはよせ」
でも実際伸びてるかも。自分の表情がどうなっているかなんて本人にはわからない。
「渼風先輩は兄さんのことどう思ってるんですか?」
おいコラ妹、なんて質問してんだよ。
本人がその場にいるんだぞ。
ワンチャン告白をしていないのに振られるまであるぞ。
「え、わ、私っ?え、えーっと…」
ほら湯瀬さんも困ってるだろうが。
「そ、その、結城くんは、良い人…だと思うよ」
あ、ヤバイ。今まで生きてきて最高に嬉しい瞬間かも。
「湯瀬さん、今すぐ110番に通報してもらえるかしら。変質者が現れたわ」
「え、わかりました。どこですか」
「ちょっと待て。その変質者ってこの部屋にいる男のことか?」
「違うわ。この部屋に落ちているゴミ以下のなにかよ」
「それ間違いなく俺だろ。"何か"ってなんだよ。俺は歴とした人間だ。あと湯瀬さん本当に通報しなくて良いから。中村の冗談だから」
中村さん、お願いだから人間として認識してください。
はやく人間になりたい!妖怪人間ベムかよ。
「え、そうなの?」
そう返す湯瀬さんは、スマートフォンを慌てて出しながら本当に通報しようとしていた。危なかった。
「とりあえず湯瀬さんを含めて部員は4人ね。どうするの結城くん。まだ増やすの?」
急に中村は真面目なトーンに戻った。
何事もなかったかのように、しれっと話を変えやがって。
「兄さん、女3人に男1人はまずいよ」
「いやだから襲われないぞ俺は」
「なんで私たちが結城くんを襲うような口振りで喋っているの?そろそろ本格的に精神科を受診する必要があるわね」
「おい、俺はまだ一度も受診したことはないぞ。本格的ってなんだよ。既に何度か診察を受けた経験があるみたいだろうが」
というよりも、祈璃さんが言ってたことと食い違ってるんですが。
まあ当たり前か。男が襲われるわけないよな。
臭いハーレムラブコメではあるまいし。
っていうかおい、祈璃が異常に笑ってるんだが。
口に手を当てて下を向いているせいで分かりにくいが、笑いを必死に堪えようとして肩がプルプルと震えている。
と思っていたら湯瀬さんも口を手で押さえて笑っていた。
「ちょっと、兄さん、ふふ、それは、ふふふ、ないよ」
お前がそれをいうか?
というか笑うなら笑えよ。堪えながら喋らないで。漏れてるから、笑いが漏れてるから。
「ふっ、ではもう1人男子生徒を……いれましょうか。結城くん、お願いできるかしら」
あれ、今中村も笑ってなかったか。
途中変な間があったぞ。
不思議に思って中村の顔を見てみたが、別に笑ってはいなかった。
「なあ、中村、今笑ってたよな?」
「笑ってなんていないわよ。冗談はそん」
「俺の存在は冗談じゃないぞ」
かなり食い気味に返した。ポケモンでいえばマッハパンチぐらいの早さだ。
いやでんこうせっかかな。むしろアクアジェット。
湯瀬さんも何か喋ろうとしているが、どうやら笑い過ぎてそれどころではなさそうだ。
「とりあえずまあ、明日誰かを誘ってみるよ」
女子3人に笑われて普通なら恥ずかしさの1つでも感じるところかもしれないが、何故だか今の俺は楽しいとも嬉しいとも異なる、言葉では表せない何かを感じていた。
それは不思議と気持ちのいい感情だった。
次回は黌丞と祈璃のイメージ的なものを載せてみようと思います。
絵のド素人がテキトーに描くものなのでどうかご容赦を。