結局結城祈璃も献身部に入るなんて言い出す始末。
"この世は舞台 人はみな役者だ"
これはシェイクスピアの作品、「お気に召すまま」という喜劇に出てくるジェイクイーズのセリフの1つだ。
この学校生活を舞台と考えて、舞台を上手く成功させるためには役者による名演技が必要だろう。
自分のことばかり考えて動くのはただの独りよがりにしか見えないし、脇役だからといって手を抜いても完成度は落ちる。
主役も脇役も敵役もエキストラも同等に欠かせない存在だ。
舞台にエキストラというのはないかもしれないが。
まあ、演技についてはあまりわからないが、同じ場にいる役者同士の気遣いは大切なはず。
その観点からすると俺は、他人に迷惑をかけないように逐一注意を払っているし、見栄えのいい人間関係を築いている。
自分の役柄を上手く演じているし、なんなら大根役者といってもなんの差し支えもない。
いや、大根役者は演技が下手な人を揶揄する侮蔑語だったな。
それはさておきこの女は、あと何回俺に罵詈雑言を浴びせれば満足するのだろうか。
自己中心的で周りのことを一切気にせず、脇役に甘んじて何もしないし誰とも関わろうとしない。
お前のワンマンショーなんて誰も見たくないんだよ。
役者の風上にも置けない奴だ。
まあ実際には役者ではないけどな。
さて、今日は新学期3日目にして記念すべき献身部発足の日だ。
*
いつものように祈璃と朝支度を済ませて通学した俺は、教室の後ろ側の引き戸を開けた瞬間、目に入ってきた光景に二の句が継げなかった。
「なんで中村が座ってんですか!」
「いつにも増して喋り方が気持ち悪いわね。どうしたの?髭剃りを持ったまま入水する?」
「感電死なのか溺死なのかハッキリしろよ」
「自決すること自体は否定しないのかしら」
「それをいうなら自殺だろ。自決だと俺がなにか悪いことをして責任を取らないといけないみたいだろうが」
「生まれてきてしまった責任をとるべきね」
「ほんの少しは罪悪感あるよな?頼むから感じてくれ。それだけで十分だから。」
というか通学早々に俺の席に中村が座ってたら普通に驚くだろ。いろいろな口調が混じっても仕方がない。お前が責任取れっつーの。
でも、改めて考えるとキモいなアレは。
「それで、どうしてここに座ってるんだ」
中村がここに座っている理由が思い当たらない。
普段は孤立していて、冷たい毒舌ばかり吐きまくってる奴が俺の席に座っているから少し教室がざわついている。
しかもかなり可愛いしな、毒舌さえなければ。
視線が集まるからあまりここで喋りたくない。
とはいえ中村が、近付くなという雰囲気を常時身に纏っているので、俺たちの周りには誰も近付こうとしないし、会話も聞こうとはしていない。人コナーズ教室用かよ。
「私が結城くんの椅子に座っているからといって発情しないでちょうだい」
「発情なんてしてないぞ、変な言い掛かりはよせ」
「朗報よ、部活の申請が受理されたわ」
「なんだ、それだけか」
「それだけじゃないわ。放課後、化学準備室に来ること」
「本題はそっちか。御意」
それだけのためにここに座っていやがったのか。あとで言えば良いものを。傍迷惑なやつめ。
「じゃあまた後でね、結城くん。説明頑張ってね」
わざとらしい口調と面白いものを見るような目つき。
この女、俺がこれからいろんな人に質問責めに合うことをわかっていながら…。
いや、嵌められたのか、この状況は。
わざわざ注目を集めてまで俺の椅子に座るメリットなんてないし、大方部活のことを伝えるついでに嫌がらせをしたということだろう。
計画通り!ってやつか。くそっ やられた!
中村が自分の席に戻った後すぐに担任による朝のHRが始まったから助かったが、質問責めに合うのは時間の問題だろう。
はぁ、憂鬱だ。新世界の神になりたい。
*
「黌丞、お前中村さんと付き合ってんのか?」
うわぁ、蒔尋楽しそうな顔してんな。
「いやいや、付き合ってないよ。俺が落し物をしてて、それを拾ってくれたんだ」
「にしては、黌丞の椅子に座って健気に待ってたじゃねーか」
はっ、あれが健気だと?謝れ、湯瀬さんに謝れ。
「持病の腰痛が酷いんだって。おばあちゃんみたいだよね。立って待つのはツライらしいよ。」
痛っ!なんか頭に飛んできた。下を見るとそこそこ大きい消しゴムが転がっていた。
飛んできた方向に視線だけ向けると犯人がわかった。
どうやら中村さんはご立腹のようだ。つーか聞いてんのかよ。
「どうしたんだ?」
「なんでもないよ」
一応笑ってごまかす。
上手い具合に死角から投げてきやがったな。蒔尋が全く気付いてない。
「それにしても本当にビックリだよ!あの中村さんと普通に喋ってるなんてさ。最後には笑ってたじゃん」
近くで聞いていたのか、気さくな声音で西浦京輔が参戦してきた。
「本当にそういうのではないよ」
「でもさー、中村さんってスッゴイ可愛いよね!うちの高校じゃ1番可愛くない?」
目を輝かせながら京輔が主張してくる。
まさか中村のことが好きなのだろうか。
それともただ単に、コミュ力モンスターが成せる感情表現の豊かさ故のものなのかもしれない。
とりあえず肯定とも否定ともいえない曖昧な感じで行こう。どうせ中村も聞いてるしな。
「どうだろうね、蒔尋はどう思う?」
「そりゃぁ可愛いだろ。黌丞はそう思わねーのか?」
「ああいう異常に可愛い子は絶対裏に何かあるよ。凄く腹黒いとか、整形してるかもしれない」
痛っ!痛、マジ痛い。
何投げやがったんだあいつ。めちゃくちゃ刺さったんだけど!
「黌丞、シャーペン落としたぞ」
蒔尋に言われて下を見てみると案の定、芯が出た状態のシャーペンが転がっていた。物は大事にしろ!
それを拾って一瞥した後にポケットに入れる。
0.3mmでちょっとお高い方のクルトガだった。
駄目だこいつ… はやくなんとかしないと…
ここでタイミング良くチャイムが鳴り、1時間目の数学が始まった。
*
紆余曲折を経て放課後を迎える。いつもの倍以上に疲弊している。
男子グループにはかなり突かれた。ほんと、中村は許すまじ。
とりあえず化学準備室へと向かう。
中に入ると佳乃先生がいた。
言い方を変えれば佳乃先生しかいなかった。
あれ、おかしいな。あいつの方が先に出ていったはずなのに。
しかしその疑問もすぐに解消された。
「今日は部活は休みなのにどうしたの?」
「今日部活ないんですか?」
「朝中村さんが、私が伝えておきます、っていってたけど。偽情報でも教えられたのかな」
そう言いながらニヤニヤと意地悪そうな顔をしている。
「わかりました、帰ります」
そういって部屋を出ると、俺はすぐに中村唯凛にLINEを送った。
○今日は部活休みなのかよ
○ええ、そうよ。知らなかったの?
○朝の時間にはあるっていってただろ
○そんなの私の気まぐれよ。あなたが私を待たせるのがいけないのよ
○勝手に座ってたのは中村だろうが
○あら、そのようなことをいってもいいのかしら。あなたの吐いた虚偽を許さないわよ
○ごまかすためには仕方がなかったんだよ
○仕方がないで済ますことのできる問題ではないわ
○わかったよ、俺が悪かった。部活の嘘の件でチャラでいいか?
すると、オッケーと喋る変な動物のスタンプが返ってきた。これどこの惑星の生物だよ。
それを最後にiPhoneをポケットに仕舞い、俺は帰路についた。
*
家に帰ると既に祈璃は帰っていた。
大方ここら辺に住んでいる友達と一緒に下校したのだろう。
一緒に受験した友達がいるっていってたしな。
今日の晩飯当番は祈璃なので、日課である30分〜60分のランニングを済ませた後入浴し、英単語帳を眺めつつ寛いでいた。
祈璃がご飯の支度を終えて風呂に入るのを待ち、あがったところで夜ご飯を食べ始めた。
ここで俺は満を持して、いのりんの学校生活向上作戦を決行する。
「学校はどうだ?気に入ったか?」
「うん、すっごく楽しいよ。友達も結構できちゃった」
嬉しそうな顔をして返事をする祈璃を見てひとまず安堵する。
「それはよかった」
「まさかお兄ちゃん、嫉妬してるの?もぉ、友達ができたぐらいでヤキモチを焼いちゃって」
そういいながら上目遣いで俺の顔色を伺ってきた。
これを狙ってやっていればとんでもない魔性の女だ。
天然物だったらもっとやばいな。世の中の関節が外れてしまう。
まあ可愛いからいいけど。可愛いは正義だ。
「友達を家に連れてきてもいいからな」
「えー、絶対に嫌だよー」
「遠慮しなくてもいいんだぞ?」
「じゃあお兄ちゃん、遊んでる時は絶対に友達の前に顔を出さないでね」
「お兄ちゃんこの後自分の部屋に篭って泣いていいかな」
どうしよう、祈璃に嫌われたら俺の生きがいがなくなってしまう。
すると祈璃が慌ててフォローしてくる。
「別にお兄ちゃんを見せるのが恥ずかしいんじゃないの」
「じゃあなんで?」
「まあ、いろいろあるの!」
尋常でない程に気になるところだが、本題からはそれているので今は我慢しておく。
「それで、祈璃は部活には入らないのか?」
「お兄ちゃんも入ってないんでしょ?私も入らないよ」
やはりそうきたか。ここだけは中村唯凛に感謝するべきかもしれない。
ちなみにクソぼっちってクソビッチと似てるよな。飛躍してウサビッチもワンチャンある。
ビッチなウサギってバニーガールかよ。
ウサビッチ好きな人ごめんなさい。
「ふふふ、俺は既に部活に入っているぞ」
「そうなの?知らなかった。何部?」
「献身部だ。人のために活動する部活だぞ」
これ自分で言うのは恥ずかしいな。今後気をつけよう。
「へー、そんな部活があるんだね。初めて聞いたよ」
「まあ出来たばかりだからな」
詳しくいえば昨日 発足したばかりだ。
「そうなんだ。じゃあ私も何か部活に入ろうかな」
「その方がいいぞ。うちの高校はどの部活も緩いから学業と両立しやすい。安心しろ」
「うん、そうする。勉強もいざとなったらお兄ちゃんに教えてもらえばいいしね」
「任せろ。勉強に関してはそこそこ自信あるぞ」
「よろしくね」
そういって祈璃はペコリと頭を下げる。
まあ祈璃がいざとなるわけがないし、学年で10位以内に入るのも余裕だろう。
話も終わったし、軽く談笑をして晩飯を終えた後、俺たちは自分の部屋へと戻った。
*
祈璃に部活動入部を決意させた次の日の放課後。
今俺は化学準備室にいる。真向かいの席には中村が座っている。
部活を行う場所が化学準備室というのはいろいろと問題がありそうだが、佳乃先生が指定したので信じるしかない。
「ねえ、結城くん」
「どうかしたか?」
「これを見て欲しいのだけれど」
1枚の紙切れ。よく見ると1番上に入部届けと書いてある。
「中村、お前すごいな。もう1人勧誘したのかよ。全く人と会話ができないくせに」
「この際言い返さないわ。名前のところを見て」
えーっと名前は、結城祈璃か。
なんか俺の妹の名前に似てるな。
いやむしろ俺の妹?
「なあ、これって俺の妹か?」
「知らないわよ、私に聞かれても。さっき先生に渡されたのよ」
俺が祈璃にLINEを送るためにiPhoneを取り出そうとしていると、コンコンとノックが聞こえる。
入ってきたのは俺の祈璃だった。
俺は思わず喫驚した。
ヒロインの名前がその漫画のタイトルなのに、作中でそのヒロインが車に轢かれて死んでしまった時ぐらいにビックリした。いやマジかよ。
「結城祈璃です!お兄ちゃんがお世話になってます。今日は見学しにきました」
「ねえ、どうすればいいかしら」
中村が俺の耳元に近付き、小声でコショコショと問いかけてくる。
「ちょっと、距離が近いですよ!離れてください。それより他の部員はいないんですか」
俺の妹すげぇ。手塚ファントムならぬ唯凛ファントムの使い手にここまで言い寄れるなんて。
でもここからが毒舌の女王、中村唯凛の反撃だ。危なくなったら俺が庇うしかない。
「ええ、今のところは私たちの2人よ」
あれ、反撃がこない。どういうことだ。
「それはまずいですね。当面の活動は部員集めにしましょうか」
「そうね」
いや本当にどうしたんだ唯凛さん。
この部活動、一体どうなるんだ。
献身部の記念すべき1回目の活動は、なんだかよくわからないあやふやな感じで始まるのだった。
4000字程度と言ってましたが5,000字を超えてしまいました。すいません。
まだなにも始まっていませんが、もうしばらくお待ちください。