ぼっちがリア充だなんて間違っている
リア充とはなんだろうか。
ネットから生まれた言葉で、現実世界が充実しているという意味合いを持つ。
ということはたとえ友達が多かろうがぼっちだろうが関係ないということだ。
彼氏彼女がいなくたって現実世界が充実した日々を過ごしていれば、そいつはリア充で間違いはないのだろう。
だとすれば俺は今、リアルが充実しているのだろうか。
最近のライトノベルでは、ぼっち系主人公の活躍ないし暗躍を描く作風をよく目にするが、そもそもぼっちという言葉の語源を皆さんはご存知だろうか。
"ぼっち" とは、宗教・教団に属さない、または離脱した僧侶の境遇を言った言葉"独法師"が音変化を遂げた最終形態である。
ひとりぼうしからひとりぼっちへ。
"ぼっち"の部分には、"これっぽっち"などの意味を伴い、どことなく哀愁を漂わせる。
したがって、教室にごく数人いるぼっちの方々は独法師であり、法師様と崇拝するべきである。いやこれは逆に失礼だな。
こんなことを言っておきながらなんだが、俺は別に"ぼっち"ではない。大事なことだからもう一度言おう。ぼっちではない。いや本当に大事だからね。
まあ確かにぼっちではないんだが、そこにはジレンマを抱えている。率直に言えば、1人でいるのが好きなんだが、周りの人に俺はぼっちだと思われるのが嫌だということだ。小心者ということだな。ちなみにこの小心者はヘタレと読みます。
だから、ある意味ぼっちの人たちを崇拝とまではいかないが尊敬することもある。全員が全員そうとは限らないが、他人の目を気にしない強靭な精神力は俺も欲しい。クリスマスにサンタさんに頼みたいぐらい。もしくは世界に散らばる7つの龍の球を集める覚悟すらある。まずはブルマを探さなきゃ。
話は逸れたが、その小心者さゆえに俺は幾重にも仮面を被り、自分を取り繕い、愛想笑いばかり浮かべ、"トモダチ"と呼ぶべき相手に接している。
人間関係なんて思い遣りの上に成り立つものだし当然のことなのかもしれないが、如何せん疲れる。特に忍耐力が欠如している俺にとって耐え難い。どのぐらいかといえば、インスタントラーメンにお湯を入れて3分を待たずして、2分で食べ始めるぐらいの忍耐力だ。硬麺派なだけじゃねーか。
結局は、俺の1人でいたいという気持ちはこの疲労が起因していて、もはや、ある種の負のスパイラルに陥ってる(自己分析)。
だからなのだろうか。俺があの女に憧れや嫉妬といった様々な感情を抱いたのは。
リア充の定義が現実で充実しているという額面通りのものならばはっきりと断言できる。
あの女こと中村唯凛は間違いなくぼっちにしてリア充だ。
*
時期にして春休み明けの新学期初日。
俺は、既に1年通ってルーティンと化した通学という作業を完遂した。毎日同じことを繰り返しているとそれが習慣付き、ほとんど狂いを生じることはない。アラームをセットしていなくても自然に目が醒める。
とはいえ、雨が降ると割と高確率でその日は遅刻するんだけどな。ちなみに1年生3学期間のトータル遅刻数は18回だ。カッパもといレインコートを着て自転車漕ぐのって大変なんだよ。雨に濡れないようにしてるのに汗でビショビショになるっつーの。本末転倒過ぎる。
それに、遅刻しないようにもう少し通学の時間を早めればいいんじゃないか、と思うかもしれないが、早く通学したところで話す相手がいなければ小心者にとって辛い時間になるだけだし、かといって誰かと話すにしても、通学早々に気遣いで精神を摩耗させるなんてたまったものではない。
つまるところ狙ってギリギリに通学しているわけだ。
とはいえ今日は雲1つ無い晴天。あ、あった。
まあ、晴天には変わらないんだが、おかげさまで俺も気持ちよく通学することができた。入学式日和だな。今年から1つ下の俺の妹も通い始める。ドキがムネムネ〜。
駐輪所に自転車を停めて下駄箱の前に行き、張り出されているクラス替え発表の紙を見る。発表紙の前には人ゴミ、じゃなくて、人混みができていて近付けない。後ろから見るしか無いな。
やっべー、コンタクト忘れたやっべー。
俺の視力は両目共に0.01程度。父親の遺伝的なもので弟も同様に目が悪い(妹は悪くない)。家では眼鏡、学校ではコンタクトを付けているんだが、新学期初日ということもありうっかりしていた。
自分の名前が見えずに四苦八苦していると後ろから右肩を叩かれた。当然振り向いたが、右のほっぺに何かがぶつかる。
「ピンポーン。おはよう黌丞。字見えねーんだろ、見てやろうか?」
ニヤっとした面持ちで話しかけてきたこの男は折原蒔尋だ。
校則で染髪は認めてられていないのだが、地毛だと主張して染めている茶髪はその整った顔立ちと良く似合っていて、また、人当たりが良く気さくな性格から彼の人脈は広く、たくさんの人が蒔尋に対して好印象を抱いている。これぞ、ザ・リア充。
とりあえず俺もなるべく明るい表情を作ることを意識した。
「おはよう蒔尋。そうなんだよ、ついコンタクトを忘れてちゃってさ。何組か教えてくれない?」
「2年3組の24番だぞ。そして朗報だ、あの人もいるぞ、良かったな」
「それ悲報じゃないよな?本当に朗報だよな?」
「ああ、新学期早々嘘はつかねーよ」
「じゃあ、蒔尋でしょ?」
「ちっ、なんで分かんだよ。どんだけ俺のこと好きなんだよ」
「ははは、そういうこと言われると悲報に変わっちゃいそうだ」
「違いねぇな。ま、クラス一緒なんだしさっさと行こーぜ」
一度も噛むことなく、声が裏返ることもなかったことに軽く安堵しつつ、俺は自分の出席番号である24と書かれた下駄箱を探す。ラッキー、上から2番目だ。1番下とか一々しゃがまないといけないから腰が痛い。ジジイかっつーの。
そういえば苦手な人とか嫌いな人がいるかどうかをチェックしてなかった。もし一緒だった場合心構えをしないといけないから欠かせないよな。
そんなことを悔やみながら俺と蒔尋は教室に向かった。
*
生徒アンケート。季節初めに決まって書かされる生徒の心境などを把握するためのアンケートだ。
今は3時間目のLHR。いくらここが県下でそこそこ優秀な公立の進学校とはいえども、新学期初日から数学や英語といった授業はない。オリエンテーションがほとんど。
今日も4時間で終わりでそのあとは下校だ。
1、2時間目は始業式等で床に座り過ぎたせいで、体育館の床と一体化するかと思った。骨盤が変形してる可能性まである。継続的なダメージにより俺のHPは残り僅か。
まあ、このLHRの時間でようやく椅子に座れたから本当に助かったんだが。どうやらホイミスライムの出番はなさそうだ。
とりあえず俺はアンケートの1番上に氏名、性別、生年月日、宛先、住所、郵便番号を記入する。懸賞ハガキかよ。自分でボケて自分でツッコミを入れるなんて、俺はなんて痛いやつなんだ。
氏名は、結城黌丞。
これを書くとき、毎回親に悪意を感じるんだが。
書くのにも時間かかるし、毎度毎度、これなんて読むの?と聞かれるし、口頭で漢字を説明するときの難しさといったら、Wiiのニュースーパーマリオブラザーズで協力プレイ推奨のところを1人でクリアするぐらい難しい。あれ、意外とそうでもないかも。
由来は、黌が学舎、丞が助けるで、学校で困った人がいれば助けてあげるような優しい人になりなさいという意味なんだと。くっ、なんもいえねぇ。
とりあえずアンケートを書き進めることにした。
内容は、1日どのぐらい勉強しているかとか、学校には満足しているかとか、ありきたりなものだ。問答無用で普通とか、どちらでもない、的なものに丸をつけていく。
「では後ろの人、紙を裏返して回収してください」
3組の担任、斎藤佳乃が指示をする。この先生とは1年の時も同じだった。個人的に親しくしてもらっていたので結構嬉しい。新米教師ということもあり、歳が近く、趣味も似ているものが多い。
「書き終わった?」
そう声を掛けてきたのは後ろの女の子、湯瀬渼風。
俺の席は後ろから2番目で1番後ろは湯瀬さんだ。蒔尋と佳乃先生同様、1年の時から一緒だった人の1人だ。理系だったんだな。1年の最後に理系か文系かを選択し、1〜3組が理系、4〜5組が文系だ。
そんな湯瀬さんは、この通り出席番号順だと席が近いこともあり、女子の中では仲良い方に入るだろう。
とはいえあまり女子とは話さないんだけどな。黌丞だし。
そしてこの湯瀬という少女は普通に可愛い上にコミュ力も高いという、若年性コミュショハイマーの俺にとって実に助かる相手だ。
一重にコミュ障とはいえども、いろいろな種類があると思う。
俺みたいなコミュ障は、SNSや脳内だと饒舌だが、慣れない人や話し相手が自分と対等な関係だと思えないとドキマギしてしまう。俺ぐらいのコミュ障の達人となれば、ドギマギの上位版のマドカマギカしてしまう。魔法少女かよ。
「うん、終わってるよ。はい。ありがとな」
「1番後ろの席の宿命よ」
そう言ってニッコリと微笑もとい美笑(造語)を湛えながら湯瀬さんは列の人達のプリントを回収していった。癒されるわぁ。
高校2年生という歳の割にほんの少し幼い童顔と、肩にかかるぐらいのショートカットの黒髪、そして健気な笑顔による悩殺3コンボにより俺の父性本能が猛烈に刺激される。第三の目が目覚めちゃうっ!気功砲も邪王炎殺黒龍波も目じゃないな。
身長は、175センチの俺より15〜20センチ程低いぐらいで、低い身長にも関わらず(偏見)胸はそこそこ膨らんでいる。二次曲線の傾きは負で上に凸って感じ。うん、俺って超絶キモいな。
「この後4時間目は大掃除です、後ろに掲示してある掃除区域表を見て自分の担当の場所に行ってください」
あー、これは面倒だな。俺は掃除は好きだから地味にちゃんとやるのだが、大掃除となると時間が長すぎてやることがなくなりすごく暇になる。話し相手がいないと地獄。2年生で単語帳を見て時間を潰すとか、この高校ではぼっちの烙印を押されかねないからなるべく避けたい。そんなことを考えると何やら信じ難いことが聞こえてきた。
「それから、結城黌丞は放課後残るように。アンケートでふざけたことを書く人は君だけだよ」
いや耳を疑ったよ。一心不乱に、いや心は乱れに乱れまくっているが、何を書いたかを思い返した。まずい、懸賞ハガキをそのまま出してしまった、やらかしたっ!!!
*
「結城くん、何書いたの?」
湯瀬さんがベホイミをかけてくれた。
「実は名前だけじゃなくて郵便番号とか住所とか書いちゃってさ。懸賞ハガキみたいになってるんだよ」
「なんでそんなバカなことしたの?結城くんって本当面白いよね」
湯瀬さんは口に手を当てながら上品に笑っている。もう失敗なんてどうでもいいっ!
「俺もなんでそんなことしたのかわからないや」
新学期早々いいこともあるもんだ。終わりよければ全て良しか。いや、まだ終わってないな。
掃除の準備をしようと後ろの掲示板を見に行く。当然の如く人混みが出来ている。コンタクトがないせいで遠いところからでは見えない。既視感があるな、と思っていると右肩を叩かれて振り向いてピンポンされて、懸賞ハガキの件を喋ったのち掃除場所を教えてもらえた。もちろん蒔尋に。明日はコンタクトを忘れないようにしよう。あざす、蒔尋!
*
掃除が終わって放課後、俺は教室に戻って帰り支度をしていた。
「結城、今から化学準備室に来なさい」
軽く返事をして俺は化学準備室に向かった。
化学準備室とは、その名の通り化学の授業で必要かもしれない道具が多数おいてある教室だ。一声かけて中に入ってみると、簡素な机と椅子が置いてあり、辺り一面は棚に収納された薬品だらけだった。よく見るとホルマリン漬けされた得体の知れない生物がいる。まあ目が悪くてよく見えないだけでカエルかなにかだろう。
ホルマリンとは、ホルムアルデヒド(分子式 CH2O)を35〜38%ほど水に溶かした水溶液で有毒だが、固定処理や防腐剤として広く用いられている。ここら辺は有機化学の必須知識だ。
先に出て行った佳乃先生はいなかったので、椅子に座って5分ほど待っていた。4月とはいえ寒いな。
「遅れてごめんね〜」
教室にいる時とは打って変わった戯けた態度で佳乃先生は教室に入って来た。
「そんなことはないですよ。それにしても教室にいる時は見事なまでに仮面を被ってますね」
「社会人だから当たり前。仮にも私は教師よ。それをいえば、黌丞くんだって凄い変わりようじゃない。なによ、あの喋り方。気持ち悪い。仮面どころか鉄仮面じゃない。ロビンマスクかなにかなの?」
さすが1年間も担任を務めただけある。俺のことをよくご存知で。
「佳乃先生、例えが古いですよ。今時の高校生はキン肉マンなんて知りません。あと、なんで俺のことをちゃっかり本名で呼んでるんですか?」
「古いなんて失礼ね。そもそも歳も7つぐらいしか変わらないし。本名で呼ばれたぐらいで興奮しないの」
「興奮なんてしてないですよ」
「あなたの名前は結城黌丞よ?結城なんて漢字が変われば立派な本名じゃない。どっちで呼ぼうが全く変わらないわよ、外聞的にはね」
「くそ、反論できねぇ」
と言いつつも、本名で呼ばれること自体はやはり嬉しいので反論をしようとは思わないし、これっぽっちも抵抗する気は無い。
「そんな感じで他の子達とも話せばいいじゃない。その方がいいわよ」
「1年の時も言いましたよね。昔のことで人間関係にトラウマがあるんです。あまり波立たせたくないんですよ」
「そんなんじゃ、本当の友達はできないわよ。隣人部とか奉仕部とか、なんか部を作って人を助けつつ、黌丞くんも救われなさい」
「そういうラノベ的展開はないから!じゃなかった、ないですから!俺はそんな部は作りませんし、スケット団も万事屋銀ちゃんもやりません!」
「いや、私はそこまで言ってないけどね。それに途中勢いで敬語がすっ飛んでたわよ」
うわぁ、なんかなにも対決してないのに、勝った!みたいな顔してる。
タメ口を指摘するなら、一人称が僕ではなくて俺になってるところも指摘するべきだろう。
「すいませんでした、斎藤佳乃先生。それで話とはなんですか?」
なにを言われるのかわかってはいるが、こういう時は無難に、まずなにも心当たりが無いという構えで行こう。
「うわー、クッサい芝居をするわねぇ。わかってるんでしょ。なにコロコロコミックの銀はがしの懸賞ハガキみたいなことを書いておいてしらばくれてるの?」
「もう少し良い例えは思いつかなかったんですか」
あちゃー。通用しませんでしたか。もとい通用するとは思っていなかったが。
「なけなしのお小遣いで500円を貯めながら、月に1度発売されるコロコロコミックを待ち遠しくしている全国の小学生と、小学生の頃の私に謝りなさい」
「クラスでそういう話するのはやめてくださいね。佳乃先生がすベッカムするところは見たくないですから」
「大丈夫だ、私には秘策がある」
「くるりんぱとか言わないでくださいね、見てる方が恥ずかしいですから」
佳乃先生は悔しそうな顔をしてる。どうやらネタがバレていたのがショックだったようだ。というかペンギンの問題を知ってるって、先生は俺の7歳上だから、まさか、中学生か高校生の頃に読んでたのか、あの人は。俺が小学生の頃の作品だぞ。
色々問い詰めたいところではあるが、本題に入っていく。
「それでどうして住所とか書いたのよ」
「恥ずかしながら、脳内で1人でボケて、1人でツッコミを入れてました」
「それだけなの?もう、誰かにいじめられてるのかと思ったわよ」
「いや、本当に申し訳ないです」
いやいやいや、本当に申し訳ないことこの上ない。結構本気で心配を掛けてしまったようだ。
「それなら良かった。もう14時ね。部活がない生徒は皆帰ったでしょう。昼ご飯も食べてないわけだし。妹さんが心配してるわよ。はやく帰ってあげなさい」
色々と雑談もしていたが、13時頃から話し始めて既に1時間も経っていたのか。どうりでお腹が空くわけだ。
「はい、ありがとうございました」
「家のことでなにか問題とか困ったことがあればすぐに言いなさいよ」
「わかりました、失礼しました」
俺の家庭のことをよく知っているのは佳乃先生だけであり、相談しやすい相手だ。
佳乃先生の優しさに歓喜しつつも、俺は帰路に着くために、荷物を置いている教室へ向かった。
*
教室に向かっているとやはりもう人は全くいなかった。皆部活か、帰ったのだろう。
俺は誰もいないと思い込み、ドアの開いていた3組の教室に入った。
ところが教室の、廊下の反対側の窓際に1人の女子生徒がいた。多分同じクラスの人だろう。
コンタクトをつけていないせいで顔がよく見えない。そもそも外の景色を眺めていて、こっちを向いていないので後ろ姿しか見えない。身長は俺より少し低いぐらいだろうか。女子にしては結構高い。足も長くてまるでモデルのようだ。
長い黒髪が優しく吹く4月の春風に靡いている。時間が止まっているかのようだ。ピントを合わせるように目を細めると、微かに見える端整な横顔が艶かしい。
あまりに煌びやかで壮麗な光景に、俺は思わず息を呑んだ。
ここで思い浮かんだ選択肢は2つ。1つは、帰らないのかと問いかける。もう1つは、なにもせず荷物を持って教室を出ていく。
多分コミュ力が高い奴なら、後者の選択肢なんて端から存在しない。この時間に教室に残っているのを見れば、不思議に思い、聞かずにはいられないだろう。
だが俺は、まごうことなき小心者の黌丞だ。天下一ヘタレ道会が行われれば、Mr.サタンどころか天津飯ですら敵ではない。
そんな俺に話しかける勇気なんて皆無だ。結城しか持ってない。
それ故に俺は教室に入るのも儘ならず、呆然と立ち尽くしていた。
すると、こんな時に限って非常識にも、ぐーっとお腹の音がなる。いや、この状況に常識もクソもないんだが。
空腹を知らせるアラームは大したものではなかったが、この静謐な教室中に響き渡るには十分な音量だった。
黒髪ロングの女子生徒がゆっくりと振り向く。見たことない顔。どうやら俺を見ているようだ。まだ見ている。俺は動かない。動けない。
まだ見ている。俺は動けない。時間感覚が無くなってきた。
俺はゴクリと口に溜まっていた唾液を飲みこみ開口する。ボンゴレ匣を開匣する方が楽そうだな。そもそも漢字が違うか。とりあえず超死ぬ気 黌丞でやるしかない。死んでも死に切れねぇ。
「帰らないの?」
刹那、沈黙が訪れる。
「私を食べようとするなら警察を呼ぶわよ、ケダモノ、いや、この獰猛な性欲オオカミさん」
あれ、今って冬だっけ?
俺の周辺をブリザードが吹雪いた。
サッカーにおけるシュート技でエターナルブリザードは、間違いなく最強だとこの身で実感した。永遠だぜ?
というか選択肢を間違えた。やり直したい。死に戻りしたい。むしろゼロから異世界生活を始めたい。
ひとまずどうにか我に返る。ステイクール俺。
「別に君を食べたりなんてしないよ。皆下校してるのに君だけ残ってるから、どうしてかなと思ってね」
「一緒に帰らないわよ」
「誘ってないって!というか、質問に答えてよ。まあどうしても言いたくないなら別にいいけどさ」
「あなたって気持ち悪いわよね」
「ど、どういうことだよ」
「言葉通りよ。あなたみたいな学校生活を送っていて一体なにが楽しいの?」
話は噛み合わないし、なにより毒舌がキツイ。なんだよこいつ。
そういえば1年の頃、蒔尋から聞いた覚えがある。めちゃくちゃ可愛いのに、周りの人間を誰も寄せ付けることなく常にぼっちで、話しかけた者には惜しみない毒舌を吐く子がいると。絶対こいつだ。名前はなんだっけ、えーっと、確か。
「なかむら、いちか」
「なぜ私の名前を知っているのかしら?気持ち悪過ぎて吐き気を催すわ」
「以前に友達から、お前の噂を聞いたことがあるんだよ」
「あなたにお前呼ばわりされる覚えはないのだけれど」
「それは悪かった。中村でいいか?」
「ようやく少し、あなたらしさが垣間見えたわ」
こいつ、人の話を全く聞かないな。ことごとく俺の話を無視して自分の話をしやがる。まあ肯定と受け取ろう。
「それは、どういうことだ?」
「そのままの意味よ。あなたはいつも本来のあなたを隠し、他人にとって都合のいいあなたという虚像を作り出している。ハッキリ言ってあの愛想笑いは心底気持ち悪いわ」
「なんでそんなことがわかるんだ?」
俺はあえて否定はしなかった。
「私は良く人を観察しているから。傍観していれば、当人たちにも気付かないことだって見つけることができる。それにあなたの取り巻きは目立つわ。1年の頃によくみたもの」
「それでも多分、中村だから気付くってこともあるだろ」
「なあ、中村は1人でいて、ぼっちで、周りからそのことを蔑まれても平気なのか?」
「ええ、なにも思わないわ」
「羨ましいよ。俺は怖い。他人に陰で、自分がなんて言われてるのかを考えるだけで悍ましい」
「そうね、あなたはヘタレよ。そしてそんな偽物だらけの生活を送ったところでなんの意味もないわ。それならあなたよりもむしろ私の方が、リアルでリアルに充実した日々を送っているわ。」
「ちょっと待て、中村みたいな冷徹ぼっち女がリア充とか、流石にそれは認めない。中村は人と関わることから逃げてるだけだろ?その点俺は戦っている。俺の方がリア充だ」
自分で言っておきながら酷い詭弁だ。思わず自分に対して嘲笑してしまった。逃げてるのは俺も同じなのにな。
「ウスラトンカチね」
「ナルト、読んでるんだな」
ウスラトンカチ、負けず嫌いか。
「でもあなたも、1人でいることの自由さとか楽しさとかは知っているんでしょう」
「そうだな。理屈的には、勉強したり、読書したり、テレビを見たりと1人でも現実で充実できるかもしれない。いや実際できる。アニメとか漫画も作品自体は非現実だが、現実で見ていることには変わりない。完全に二次元の住人ともなれば別かもしれないが。だとしても、中村がリア充なんてありえない!」
支離滅裂なことを言っている自覚はあったが、形振りを構ってはいられなかった。
「ぼっちが充実した日々を過ごせないなんて単なる決め付けに過ぎないわ」
俺は必死に反論を考えた。しかし中村はそんな俺を待ってはくれなかった。
「どう、奉仕部でも作ってみる?」
「俺の青春ラブコメは間違ってない!そもそもラブコメなど俺の日常にない。あと佳乃先生と同じことを言うな」
むしろ中村のぼっちリア充論が間違ってるんだよ!
「そうね、名前が被るのはまずいから新しいのを考える必要があるわね」
「だからなんで作ること確定してるんだよ。中村は俺のこと嫌いなんじゃないのかよ」
「ええ、嫌いよ。目障りね、今のままでは。視界に入れても少しはマシになるように矯正すべきよ。私のために変わりなさい、目障りだから」
「目障りって2回も言うなよ。それに俺だって今の俺が正しいなんて思ってない。だけど家のことがあるから放課後はあまり長く活動したくない、というのが本音だ」
「参考までにその家のことを聞いてもいいかしら?」
「俺の家は両親が離婚しててな。まあそれは珍しいことじゃない。母親の方が経済力が高いから、俺と今この高校に通ってる1年生の妹が母親と一緒に暮らしてる。1番下の弟は父親の家だ」
「それで?」
「同情しないんだな」
「したって仕方ないでしょう。同情したところでそれはその人の自己満足に過ぎないわ」
「同意だ。話を続ける。その母親なんだが、長期出張でここ数年家に居ない。要するに家事は全て俺と妹でやりくりしなければならない。だから遅く帰ると、妹ばかりに負担をかけてしまうんだよ。あいつには普通の女子高生として学校生活を楽しんでもらいたい。俺は中村の言った通りつまらない人間だ。だからこそ家のことは俺がやるべきなんだよ。適材適所ってやつだな」
俺は笑っていた。多分みっともない自分をごまかしたかっただけなんだろう。でも愛想笑いではなかった。本音を吐露できて嬉しかったというのも偽りない気持ちだ。
「適材適所って言葉に語弊があるように感じるのだけれど。まあ理にかなっているわ」
「正直にいうのな」
「私はそういう人間よ。でもやっぱりそれならあなたは私と一緒に人助けの部活をやるべきだわ」
「わかった、本当は中村は友達が欲しいんだろ。俺がなってやるから」
「違うわよ、調子に乗らないで、虫唾が走るわ」
「ジャブに対して極限太陽で返すなよ!釣り合ってないぞ」
「あなた、私がナルトのネタを使ったからといって、週刊少年ジャンプの人気作品のネタを使えば通じるとは思わないことね」
「通じてんだろうが」
「話を戻すわ。あなたは部活をやるべきよ。それは妹さんのためになるのだから」
この時俺は遅れながら、ようやく中村の言ってることに気付いた。
「つまり俺の妹を普通の女子高生みたいに過ごさせたり、あるいは好きな部活に入らせたりするためには、俺も外見だけでも部活に入り、気を遣わせないようにするべき、ということか」
俺の妹は優しいからな。お兄ちゃんが部活に入らないなら私も入らないからね、って言いそうだ。確かに俺が入れば説得力が増すだろう。
「察しがいいわね。ちゃんと考えて話すタイプは嫌いじゃないわ」
「俺はそこそこ思慮深いんだよ、中村ほどではないけどな。そして多分中村の方が賢い」
「ウスラトンカチのくせに素直ね、生意気ね、キモいわ」
「そのあだ名やめろ!せっかく少し褒めたのに毒で返すな。鞭だけじゃなくて飴もくれよ!」
「あ、そうか、名前を知らないのか」
「気付くのが遅いわ」
「いやそれぐらい言えよ。それに聞かれてもないのに、自分から急に名乗り出すとか恥ずかしいにもほどがある」
「うだうだとうるさいわね。早く言いなさい」
こいつ、人に名前を聞く態度がコレか?湯瀬さんの垢を煎じて飲ませたいぐらいだぞ。
「結城黌丞だよ」
「どっちが名前でもおかしくないわね。差し詰め、結ぶに城とかいて結城というところかしら。コウスケの漢字は?」
「それは書かないと無理だ」
「語彙力がそこはかとなく乏しいわね」
いや本当に無理だからな。これ上手く説明出来るやついたら教えてくれよ。
今まで窓際の中村と、反対側の入り口付近にいる俺とで、物理的距離の離れた会話(精神的な距離も離れているが)をしていたため、漢字を書いた紙を見せるのに中村に近付かなければならない。
これどのぐらい近付けばいいんだろうか。どうせ手が届く位置まで近付けば、それ以上近付かないで、とかいうのだろう。ATフィールドがキツすぎるんだよ。
教室の半分ぐらいの位置にきて、大きめに書いた黌丞の文字を見せた。
「珍しい字を書くものね」
「まあな」
「それでどうする?部活を作るの?それとも既存のものに入部する?既存の部活だと時間の自由がないわよ」
確かに既存の部活に入ると夜遅くまで活動させられたり、土日の時間もなくなったりするかもしれない。
「その、なんだ。頼んでもいいか?新しい部活の件」
「いいわよ。明日、とりあえず先生と話してみましょう」
「ああ、すまないな」
「携帯を貸してくれないかしら」
「俺の連絡先はこれだ、LINEのQRならメールで渡すよ」
そう言って、先程黌丞と書いた紙にメールアドレスと電話番号を書いて中村に手渡した。
「じゃあ、また明日な」
「さようなら、黌丞くん」
「ちょっと待て、今なんか俺の名前が罵倒語になってなかったか?蔑まれた気分なんだが。どうせ黌丞にヘタレってルビを振ったんだろ」
「惜しいわね、シスコンよ」
「俺はシスコンじゃない!」
否定をしつつ中村の顔を見ると朗らかに笑っていた。不覚にもときめいた。冷徹ぼっち女のくせにそんな良い顔ができるなんて。実にもったいない。
そして俺は教室を出た。
腕時計を見ると時刻は15時。あれからまた1時間も経ったのかよ。
空腹は180度回転してもはや何も感じない。ポケットに入っているiPhoneを見ると、LINEの通知が999件入っていた。差出人は当然のごとく結城祈璃だ。
ああ、今多分俺の顔はかなりだらしないな。妹も弟もウザいだけだとよく言うが、まあそれは人それぞれだろう。
ちなみに俺の妹は可愛い。弟も可愛いが成長する過程で可愛くなくなるだろう。
ヒキタニ先輩も自分の妹は可愛いと豪語していたはずだ。小町的にポイントが高いな。
祈璃は俺の心のカンフル剤だ。妹さえいればいい。
とりあえずLINEを起動すると、祈璃からきていた通知は大半がスタンプだったので、上の方にスクロールしていった。おっ、ようやくメッセージを見つけたぞ。
○お兄ちゃん、今どこにいるの?
○一緒に帰ろうよ
○ねぇお兄ちゃん!!!
○お兄ちゃんってば!!!!
○お兄ちゃんは私のことが嫌いになったの?
あ、これはまずい。5分おきぐらいで何度も何度も送ってる。なんせ2時間以上たってるからな。
もう少し下の方を見てみると。
○お兄ちゃんは私に秘密で彼女ができたんだね。いいよ。もう知らない。
これを最後にスタンプ連打で終わりみたいだ。
どうしよう。どうやって誤解を解こう。
とはいえ女子と話していたのも事実だが、あれに恋愛要素は1つもない。俺のラブコメは一体どこにあるんだ。
ちなみにここで言うのもなんだが、朝俺が1人で通学したのは妹が入学式で通学時間が別だったためである。うん、今は関係ないな。
とりあえずメッセージを送るしかない。
○もう家か?今から帰るよ!話は帰ってからするから
と送ると、すぐに既読が着いた。祈璃さん早過ぎですよ。
○彼女を連れてくるなら私は外に出た方がいいよね。うん。出てるから。安心してお兄ちゃん
○彼女なんていないから待っててください!家で待っててください、お願いします!
○うん、待ってる
どうやら落ち着いたようだ。俺は急いで駐輪所に向かい自転車を猛スピードで漕いで、途中の信号をほぼ無視して30分の道のりを18分で移動した。界王拳使っちゃったよ。
*
俺の家は、高校生2人を養う母親1人が建てたものとはとても思えない佇まいだ。
父の家を出てから建てた新築であり、普通に一軒家だ。まだ10年もたっていない。
俺の母親は、いわゆるキャリアウーマンというやつでなんの仕事をしているか教えてくれなかったが、かなり稼ぎがいい。
というか俺の父親以上を余裕で稼いでた。
そんな一軒家に、今では俺と祈璃の二人暮らし。結構持て余しているが、お金も毎月振り込んでもらえるし、裕福というわけでもないが不自由はない。
自転車を止めて深呼吸をし、玄関のドアを開けた。するとすぐそこには、腕を組んで真一文字に口を結びほっぺたを膨らませた、いかにもプンプンといってそうな、いや実際に言ってる俺の妹、結城祈璃が仁王立ちをして待ち構えていた。
「た、ただいま、祈璃」
「おかえり、お兄ちゃん」
口調は可愛いのに顔が怖い。
「あの、その、ごめんなさいでした!!」
俺が謝ると祈璃は表情を緩めて優しく微笑みを浮かべた。
「心配してたんだよ!このまま帰ってこないかも、とか思ってたんだよ」
「それは悪かったよ。先生と色々話しててさ。あと俺に彼女なんてありえないからな」
「なにいってるの。お兄ちゃんはそこそこかっこいい方だよ。変な女に誑かされないように私が見張ってないと」
「それをいえば祈璃の方が心配だぞ」
「大丈夫だよお兄ちゃん。私の心はお兄ちゃん以外に奪われないよ」
「それはそれで問題があると思うんだけどな」
うん、やっぱり俺の妹がこんなに可愛いわけがないことはないな。普通に可愛い。
そんなことを思いながら、俺は少し遅めの昼食をとった。
*
新学期2日目、いつも通り5時半に起きる。
慣れれば辛くなくなるものだ。
朝食と昼の弁当を祈璃と一緒に準備する。過去に行った家族会議(出席者は俺と祈璃の2人だが)で、朝起きるのが大変な朝食の支度の担当を決めるのだけは難儀した。お前やれよ、みたいな押し付け合いではなくその逆である。
結局お互いが引かないから2人でやることにしたのだが。
学校の支度を終えて、俺は祈璃と自転車で学校へ向かう。さすがに30分の自転車通学は女子にとって負担になるので、雨の日だけは電車通学を了承させた。晴れの日は無理だった。
だってお兄ちゃんと一緒に登校したいだもん、と言われて断れるか、いや、断れないだろう。
学校に到着すると祈璃を1年の教室に送り出し、俺も2年3組へと向かう。後ろのドアから入った。
「おはよう、黌丞」
「おはよーユウくん!」
「おはよう蒔尋と、、」
いや誰だこいつ、知らないぞ。同じクラスの人だとは思うが、まだ顔と名前を覚えてない。ユウくんと呼ばれるぐらいだからやはり知り合いなのか。
特徴的なのは髪型だ。
サイドがツーブロックで前髪は上げている。アップバングというヘアスタイルだ。
そこは普通なんだが、細かい毛束がたくさん出来ていて明らかに整髪料でセットしてきている。
別に何かしらの行事があるわけでもないし、このセットは素人にできる範疇を超えている。余程練習したのか、あるいは美容師志望だな。顔も普通にかっこいい。
「こいつは西浦京輔だ。中学が同じだったんだよ」
「よろしくねー!キョウくんでいいから」
なんか凄まじいコミュ力を感じる。
初対面で勝手にあだ名つけるとかハンパないな。コミュ力モンスターといっても過言ではない。
「よろしくね、京輔くん」
「今さりげなく俺が指定したあだ名を無視したよねっ!せめて君付けはやめて!お願い!」
「京輔は明るい人だね」
蒔尋と京輔とほんの少し談笑したのち、俺は朝のHRが始まるので席に着いた。
談笑といっても程よく相槌を打ったり、相手が嫌な気持ちを抱かないように気を付けて話したりするだけだけどな。
コミュニュケーションをこなすという感覚がしっかりくる。
俺は自分のことをコミュ障と思っている。だけど別に人と全く話せない訳ではない。
ただ人と話すとなると尋常でない程に緊張したり、話す言葉が思い付かなかったり、人の目を見て話せなかったりするだけだ。
コミュ力とは先天的なものであり、コミュ力がある人間には俺の気苦労なんて分かり得ない。会話の途中に沈黙を作らないよう必死に話題を考えても、何1つ面白いことは言えない。特に2人きりで話すとなると厳しい。だからあまり人と関わるのは好きではない。
「来週に、国、数、英の3教科の模試があるから勉強しておいてください」
どうやら先生の話は終わるようだ。2年生だし、勉強にも重きを置かないとな。つーか、2年から部活に入部するとか時期外れにも程がある。今更ながらにそんなことを思った。
*
今日は火曜日なので7時間授業、掃除は無しだった。月、水、金曜日が6時間かつ掃除ありでそれ以外は7時間だ。
クラス替えから2日目にして俺はそこそこ馴染めたと思う。というか蒔尋のおかげで男子グループの1つに入るのは容易いことだ。蒔尋さんあざす!
新学期早々ぼっちとか小心者にとって辛すぎる。まあ5〜6人のグループで話すだけなら、俺はあまり喋らなくても勝手に盛り上がるので割と楽だ。
今日もなんとか1日乗り切り、支度をして帰ろうとしていると右肩を叩かれた。
もうその手にはならないぞ蒔尋!
俺は左側に勢いよく振り向いた。左の頬に密度の高い鋭い痛みが走る。勢いよく振り向いたせいでマジで痛い。
「馬鹿ね、あなたの思考回路なんて単純過ぎて読めるのよ」
「あ、あかうあ」
頬に中村の人差し指が深く埋まってるせいで上手く喋れない。っていうか中村さん爪をもう少し切ってくださいっ!刺さってますから!
中村が腕を下ろしたので、ようやく針が刺さったような痛みから解放される。
「それで、どうかしたの?」
「その口調やめてくれる?さもなくば猥褻罪で告訴するわ」
「異議あり!その発言にはムジュンがあります!」
俺は勢いよく人差し指を中村に突きつけ、声高らかに発した。
「その歳で成歩堂龍一の真似なんかして恥ずかしくないのかしら。それに矛盾なんてないわ」
「わかってるよ。ちょっと真似しただけだろ。そもそも逆転裁判する以前に俺は負けてないからな。これは冤罪だ」
「ウスラトンカチね」
「いやだから、負けてないから負けず嫌いもないだろ」
こいつどんだけサスケ好きなんだよ。
「それでどうしたんだよ、部活の件か?」
「ようやく気持ち悪さが2割減したわね。そうよ、今から先生のところにいくわ」
「ちょっと待て、聞き捨てならないぞ。残りの8割はキモいってどこがだ」
「そうね。存在、かしら?結城くんの気持ち悪さはTNT爆弾並みの破壊力だわ」
「トリニトロトルエンとか強烈過ぎるだろ。俺のガラスのハートが粉々に砕け散ったんだが」
というかあなたの発言の方がファイナルエクスプロージョン並みの破壊力なんですが。
あ、でもあれだね。自爆技だから中村は生き絶えたね。さらばだ ブルマ…トランクス…そして…イチカカロットよ…。
それでも黌丞は倒せないんだけどね。つまり俺の勝ちだ。
「もう化学の勉強をしているのね」
その言い草だとこの女も既に勉強していやがるな。TNTはTNTの略称だ。ベンゼン環の水素原子の1つをメチル基で置換したトルエンに、3つのニトロ基が置換した黄色個体である。分子式はC7H5N3O6。
化学を勉強していない人にとっては、全く意味のわからないことだと思うが、とりあえず超危険な化学物質と思っていい。
非常に高い爆発力を持ち、実際に爆薬として広く用いられている。
「俺は生粋の理系男だからな。無機・有機の単元は基本暗記だから授業受けてなくても自分で出来るんだよ」
「メタルギアとかMinecraftをやってるって素直に言っても恥ずかしいことではないわよ」
「まあ確かにゲームでもよくTNTは見かけるけどな」
こいつ女のくせ(偏見)にそんなものまで知ってるのかよ。
「それで先生のところに行くんだろ。職員室行くぞ。佳乃先生でいいよな?」
「構わないわ」
「部活の名前は何にするつもりなんだ?」
「自らを演出する乙女の会、とかどうかしら?」
「俺の彼女と幼馴染は修羅場過ぎないぞ。というかそもそも両方いないから。あとラノベネタをパクんなっつーの」
「でも結城くんにピッタリじゃない。自らを演出しまくっている自演乙くん」
ぐうの音も出ないな。
「それは認めるよ。だが断る!他の案はないのか?」
「ジョジョの奇妙な名言を使わないの。そうね、なんでも相談部とかは?」
「なんでも鑑定団みたいに言うな」
「献身部なんてどう」
「唐突に真面目なやつが来たな。献身か。自己犠牲、っていう感じのニュアンスが強くないか?」
「他人の悩みのために私たちの時間を消費するのよ。立派な自己犠牲だと思うのだけれど」
「わかった。それで行こう」
そんなことを喋っている内に職員室に到着する。
俺が佳乃先生を呼び出し、3人で化学準備室へと向かった。
「相談とは何かしら?私たち付き合うことになりました、とか?」
「冗談はこの男の存在だけにしてください。結城くんと付き合うぐらいなら、私は最後の月牙天衝を使いますよ」
いやまあ使ったら霊力を全て失うけどそのあとちゃんと取り戻すだろ。
というか佳乃先生相手にジャンプネタを使うってことは仲良いんだろうか。
あと俺の存在が冗談ってなんだ。尸魂界でも虚圏でもなく、ちゃんと現世にいるだろ!
そんな俺の胸中なんて知る由もなく、2人は話を進めていく。
「失敬失敬。私が悪かったから許してよ」
「部活を創って入部したいのですが」
「なんていう部活?まさか奉仕部とか?」
佳乃先生はニヤニヤしながら聞いてくる。この先生は本当にラノベ好きだなぁ。
「だから俺の日常にラブコメはありませんよ」
「シスコンだものね」
「中村さん、シスコンは本当にやめて!」
「あなた達はいつからこんなに仲良くなったの?」
「別に仲良くはないです」
めちゃくちゃ食い気味に否定しやがった。俺にも否定させろ。なんか俺が一方的にこの女にくっついてるみたいになってるだろうが。
「献身部というのを創りたいんです。活動内容は奉仕部のオマージュです」
やはりこの女の脳内選択肢が全力で間違っていた!
「一応活動内容ぐらいテキトーに考えとけよ。体裁ってものがあるだろうが」
「仮にも教師の前でそんな話をしないでね」
ごもっともです。
「まあいいわ。実は私に女子テニス部の副顧問をやらないかという話が来ていてね。強制じゃないんだけど、顧問をなにもやってないっていう状況はまずいから断りにくいのよ。運動部なんて忙しくてやってられないわ」
いやぁ、教師の風上にも置けない人ですね。
しかしこれは心の中だけにしておき、俺は話を進める。
「それより部員2人だけど部活として成り立つんですか?所詮二次元の話ですからね、ああいうのは」
普通に考えて、高校で新しい部活を創るとなるとそこそこな人数が必要なはずだ。
「そこは大丈夫よ。この高校、大学進学率が高くて偏差値も県内で屈指なんだけど、部活の成績だけはイマイチでね。飾りみたいなものなのよ。教師陣のほとんどが気にしていないから普通に申請して受理されると思うわ」
おいおい、この高校本当に大丈夫かよ。でも確かにこの学校の生徒の大半が帰宅部だ。あの蒔尋も帰宅部だし妙に納得がいく。
「それに先生に相談できない内容でも生徒にならできるってこともあるでしょ?色恋沙汰とか。だから学校側としても有難いのよ。オマケに学校に献身するって見栄えだけはいいじゃない」
そう言いながら佳乃先生はニコッと微笑を湛える。色気があるなぁ。
「顧問は私がやるから任せなさい。申請書が受理されたら、また部長選定の件とか新しい部員をいれるかどうかとかを話し合いましょう。多分明日から活動できると思うわ」
俺は中村と感謝の意を見せて、化学準備室から退出した。
*
「中村の家って、学校からどのぐらい離れてるんだ?」
俺は今化学準備室を出て校門へ向かっている。中村と一緒にだ。他の生徒は既に帰ったようで誰も見かけない。
「どうしてそんなことを聞くのかしら。ストーカーをするつもり?」
「するわけないだろ!別に嫌ならいいよ」
「そうね、自転車なら30〜40分ってところかしら。遠い方ではあるから電車通学をしているのだけれど」
「俺もだいたいそんな感じだ」
そこで暫し沈黙が生まれる。
というかこいつ、やっぱり友達が欲しいのではないだろうか。男の俺と普通に楽しそうに話しているし。
いや、楽しそうかどうかは疑問だな。そもそも普通でもないな。
「なあ、中村は1人でいたいのか?1人でいることが好きなのか?」
「その質問をそっくりそのまま返すわ」
「俺は、好きだよ。楽だからな。他人を気遣う必要もなく、自由気ままに行動できる」
「私も同じよ」
「でもな、やっぱり友達って家族と同じぐらい大事なんだよ。人は1人では生きていけない。どうしようもない寂しさとかあるだろ。俺はいつかちゃんと本音をぶつけられる友達が欲しい」
心にも思っていない言葉が飛び出した。いや、思っていたのにごまかして、心の奥底にしまっていた感情、気付いていたのに気付いていないふりをしていた俺の理想だ。
理想というのは手の届かないものであり、夢や目標といった現実味があるものとは、似ても似つかないものだ。
俺はその感情を目標ではなく理想とし、目を背けていた。諦めていた。
「まあいいんじゃないの?結城くんがそう思ったのなら」
「中村はいいのかよ」
「私は別にいらないわ。必要がないもの」
「どうしてなんだよ。なんでそんなに頑なに拒絶するんだよ」
「中学校の頃に嫌な思いをしたの。これ以上言うつもりはないわ」
中村の目はどこか遠いところを見ている。その表情はとても儚かった。
俺は言葉を失った。中村も、もしかしたら…。
気が付けば駐輪場の前に着いていた。
「では明日から部活を頑張りましょう」
そういった中村の顔はどこか物憂げな、寂しげに乾いた笑みを浮かべていた。
俺は最後までなんの言葉も発することはできなかった。
中村の最後の笑みが頭からなかなか離れなかったが、それでも明日からの部活はほんの少しだけ楽しみに思えた。
1万字超えの中途半端に長い文章を読んで頂きありがとうございます。
次回からはなるべくコンパクトに4000字程度で執筆していきたいと思います。