舌戦
嘘と断定されて悪魔は嫌らしい余裕の嗤いを浮かべる。
最も、ジェドは先程の悪魔の発言の中に嘘と断定するところは何も無い事は重々承知していた。だが、あえて嘘と断定したのだ。そうすることによってオリヴィアの心理的負担を減らそうと思ったのだ。
「ジェドさん、シアさん、本当にあの悪魔が嘘をついているという根拠があるんですか?」
オリヴィアが期待したような目をジェドに向ける。
「はい」
その期待に答えるようにジェドは即座に断言する。こういう場合、即座に断言する事に意味があるのだ。もしここで、曖昧な表現をしてしまえばオリヴィアの心理的負担はまったく軽減されないのだ。
極端な話、ジェドは本当にレンドール家がオリヴィアを生贄として差し出すつもりならそれはそれで構わないと思っていた。オリヴィアには悪魔を葬るという一手を持っている以上、戦う意思を持ってもらわなければならないのだ。
大事なのは事実では無い、オリヴィアが戦う意思を持つという都合の良い真実だ。
「そもそも、こんな話をなんで今、話す必要があるんです?」
「え?」
ジェドの言葉に全員が呆けた表情を浮かべた。
「なぁ、シア、どう考えてもこんな話をする理由は、こちらを動揺させようという事以外にないよな?」
ジェドの言葉にシアも頷く。
「ええ、戦う前に相手を動揺させようとする意図しか考えられないわ」
シアの断言に冒険者達の雰囲気が変わる。こういう場合には提示した事に即座に肯定することで意識を誘導するのが良いのだ。
「大体、みなさんはなんで悪魔の言う事を真に受けるんです? あの悪魔が事実を話しているという根拠は何なんです?」
「え?」
ジェドの言葉にオリヴィアは呆けた声を出す。
「オリヴィアさん、あなたの家族はこの神殿にあなたを送り出すときに、あなたに『生贄』になるように伝えたんですか?」
「いえ…必ず無事に帰るように…と」
「あなたにとって家族の言葉よりもあの悪魔の言葉の方がよほど信用できるのですか?」「そ、そんな事はありません!!」
オリヴィアの言葉を聞き、ジェドは内心ほくそ笑む。オリヴィアは立ち直るきっかけを得たようだ。
「あの悪魔がレンドール家の繁栄を支援した? それこそ荒唐無稽すぎてなんで、みなさん方が動揺しているのか不思議でしたよ。なぁシア?」
「うん、こう言うのって悪魔の常套手段よね」
ジェドは次の話題に移る。こういう場合はひたすら否定し、『あの悪魔は嘘つきだ』とすり込んでしまえば良いのだ。例え事実、あの悪魔がレンドール家の繁栄に力を貸していても、そんなものジェドとシアには何の関係もないのだ。
「おい、悪魔」
ここでジェドは悪魔を名指しする。
「なんだ?」
悪魔の声は余裕に満ちている。何かしら裏付けるものがあるのかも知れないが、ジェドはそれすらもねじ伏せるつもりだったのだ。
「お前がレンドール家に肩入れしたという具体例をあげてみろ」
「何?」
「だからお前がレンドール家に肩入れした具体例だよ」
「そうだな、その娘の曾祖父の時に息子、いや、お前の祖父「はい嘘」」
ジェドは悪魔の言葉を嘘という言葉で打ち切る。あまりの事に悪魔は呆然とする。
「根拠がまったくない。やり直せバカ」
「な…」
「だって、その話が本当かどうか何も証拠がないだろう。だから他のにしろ」
頭ごなしに言うジェドに悪魔もいや、シア以外の者は呆気にとられている。
「ふ、ふざけるな!!」
「怒るなよ、オリヴィアさんが判断できるようなエピソードはないのか?」
「そうだ、そうだ。ジェドの言ったとおりお前の話にはまったく根拠なんか無いじゃ無いか!!」
ジェドの言葉にヴェインも乗っかる。ヴェインもオリヴィアを気遣っていたが、ここに来てようやく行動をすることにしたらしい。
「ああ、やっぱり嘘なんだな。オリヴィアさん、これであいつの言う事が嘘だと言う事が証明されました。良かったですね」
「は、はぁ…」
ジェドの言葉にオリヴィアは戸惑ったような声を出す。
「ふ、ふざけるな!!!」
悪魔は怒りの声を上げるが二人はあっさりと聞き流す。それどころか…
「ああ、ここで怒ると言う事はもはや自白したも同然だな」
と頷く始末だ。
「お前の妹が病気で死にかけた事があっただろう。それを救ったのは俺だ」
悪魔がオリヴィアに向けて言い放つがまったく根拠が無い事には変わりは無い。ジェドとシアは悪魔が怒りのために冷静さを失っている事を察する。
(ある程度あげてやらないと…悪魔にダメージを効果的に与えられないな)
そう思ったジェドはオリヴィアに聞くことにする。
「オリヴィアさん、そんな事はあったんですか? 妹さんが病気で死にかけるという出来事…」
ジェドの言葉にオリヴィアは頷く。
「は、はい。確かに妹が幼いときに…ありとあらゆる手をつくしましたが…」
「しかし、治ったと?」
「はい、父がどこからか仕入れてきた薬を…」
「その薬を与えたのが俺だ」
オリヴィアの言葉に悪魔がニヤリと嗤う。ジェドは「何得意気になってんだ?このアホ」という表情を浮かべている。同時に所詮は悪魔…頭が悪いと蔑む気持ちがわき上がってきていた。
「などと言う事は、この悪魔がレンドール家に肩入れしているという証拠にまったくなりません」
ジェドの言葉に悪魔は呆然とする。
(ジェドったら…もうこの悪魔をコケにするのが楽しくてしょうがないのね)
シアはもはやジェドが遊んでいるようにしか見えない。一方的にやり込めることが出来て楽しくてしょうがないという感じだ。他の冒険者達もその事を察し始めたのだろう。露骨に悪魔を蔑み、いや憐れみ始めている。
「オリヴィアさん、みなさん、あの悪魔は結局何の証拠も持ってないんです。ということは嘘がつき放題なんです。妹さんが病気になった? そりゃ病気にくらいなりますよ。本当に薬が効いたんでしょうか? 確かめる術はありません。薬を悪魔が与えたんでしょうか? 当然、確かめる術はありません。そもそも、その病気は悪魔が呪いをかけたに決まってます」
悪魔の言う言葉はすべて妄言と断定しているくせにちゃっかりと自分は証拠の無い断言を行っている。
だが、その事を悪魔は指摘しない。怒りのあまり失念しているのだ。この場はジェドによって掌握されつつあった。




