魔獣②
ジェドとシアの目には地獄が展開されていた。クゲルの突撃により崩壊した隊列を修復する前に新たなクゲルが飛び込んできたために敵味方入り乱れる乱戦になっていたのだ。
『破魔』のメンバー達は崩壊した隊列の中に侵入したクゲル達を駆逐するために乱戦の中に飛び込んでいく。
ロッドとシェイラはオリヴィアの近くでクゲルを駆逐することで最終防衛を形成する。
ヴェインとアグルスは二手に分かれ隊列の中に入ったクゲル達を駆逐していく。
ヴェインの剣がクゲルの喉を貫き、アグルスの大剣がクゲルの頭を両断する。『プラチナ』クラスの冒険者の力により崩壊しかけた兵士達は固まると新たな隊列を作り始める。
ジェドとシアはその様子を見て、他のクゲル達を駆逐する事にする。
シアが魔矢を放つ。兵士達に飛びかかろうとしたクゲルに命中し、前足、頭が爆ぜるとグロテスクな傷口を見せつけながら倒れ込む。
ジェドはシアを庇いながらシアに向かってくる。クゲルの首を容赦なく斬り飛ばした。
すでに3分の2以上のクゲルが命を失っているがクゲル達はひるむ様子も無く攻撃を継続してくる。
「ジェド…こいつらは引かないわ」
シアの言葉にジェドもシアの言わんとする事に気付いたのだ。この段階でクゲルが引かないという事は皆殺しにするしかないという事を意味していた。
クゲル達は魔物使いに操られているだけと考える事も出来、ある意味、被害者という論法も成り立つかも知れないが、現実にクゲルが引かないというのなら斃すしかないのだ。
『今回』の戦いはこのまま行けば間違いなく勝利することは確実だ。
その事はジェドもシアも理解している。そしてこの戦いを乗り切ってもすぐに第二波が来ることを理解していたのだ。
通常、クゲルなどの獣型の魔獣を放つ場合は、奇襲、攪乱が目的であるのが相場だった。
と言う事は次に放たれる魔獣はこのクゲル達を退けた直後に放たれる可能性が高いとジェドとシアは見ている。そして『破魔』のメンバーとアグルスもそう捉えているようで、周囲を警戒している。
「シア、まずは一度この戦いを締めよう」
「わかったわ」
ジェドの言葉にシアは頷くと魔矢の連発を始めた。間断なく放たれるシアの魔矢は残ったクゲル達を掃討し始める。直撃したクゲルは容赦なく肉片となり、最後の一体が斃れると兵士達の中から生き延びた喜びの声が巻き起こった。
「早く怪我人の手当を!!」
オリヴィアの言葉が兵士達の歓声を打ち消し、怪我人の手当が始まる。
「シア、かなり魔力を消費するだろうが命には替えられない」
「もちろんよ」
ジェドの言葉にシアは頷くと怪我をした兵士達の治療に入る。ジェドもかなり疲労しているがここで気を抜くわけにはいかない。
怪我人は一カ所に集められ、重傷者から治癒魔術がかけられる。
治癒魔術を使えるのはシア、シェイラ、テティスだ。
その様子を見ているとヴェインがこちらに歩いてくる。
「助かったよ」
ヴェインの言葉にジェドは微笑み返答する。
「いえ、それよりもヴェインさん…」
「新手の事だろう?」
「はい」
「早く移動したいところだが、治療が終わるまでは動けない」
「はい…」
ヴェインの言葉は苦渋に満ちている。一刻も早くこの場を離れるべきなのだがそれも出来ない。重傷者を治療も行わずに動かせば間違いなく死んでしまう。
ジェドとヴェインは周囲を見渡す。魔物使いの次の一手を警戒するためだ。すると一体の魔物がこちらに歩いてくるのが見える。
「カ…カギア…だと?」
ヴェインがカギアと言う魔物は、体長3メートル程…二足歩行で紫色の皮膚に巨大な腕と足…側頭部に角の生えた頭部に閉まらない口から不規則に牙が生えている。かなり醜悪な容貌だが、胴体にも顔があり、胴体の顔の眼は頭部の眼と連動していない。
「ヴェインさん…カギアとは?」
ヴェインは『プラチナ』クラスの冒険者だ。その腕前は先程見せてもらったが一流と称しても差し支えないだろう。にも関わらず、そのヴェインが戦慄しているのだからジェドが警戒するのも当然だった。
「あの魔物は君が斃したデスナイトを上回る戦闘力を持っている事は間違いない」
「え?」
「あの図体にもかかわらず俊敏な動きをする。ただし魔術の行使は行わないからその点で言えばマシだと言える」
「なるほど…ありがとうございます。ヴェインさん2人でやりましょう。アグルスさんとロッドさんにはオリヴィアさんの護衛を任せましょう」
ジェドの言葉にヴェインは頷く。あのカギアが陽動の可能性があることに思い至り、ジェドの提案を受け入れる事にしたのだ。
こちらに向かってくるカギアに気付いた兵士達が動揺を示し出す。
「あいつは俺とジェド君で相手をする!!他の者は負傷者を護衛しろ!!」
ヴェインの言葉に兵士達は生気を僅かであるが取り戻した。ヴェインが負傷者の護衛を指示したのはオリヴィアが負傷者の手当てを行っていたためだ。同じ場所にいる以上、わざわざ護衛対象を相手に教える事はないと考えたのだ。
アグルスもロッドもその事を察したのか大きく頷きオリヴィアの護衛に入る。
「さて…ジェド君…頼りにしてるよ」
ヴェインの言葉にジェドは微笑む。
「ええ、こちらこそヴェインさんの力を当てにしてますからね」
「ああ、期待してくれ」
ジェドのヴェインはそう言葉を交わすとカギアを迎え撃つ事にした。
ジェドとヴェインはカギアに向かって歩き出す。陽動の可能性を考えればあまり一行から離れない方が良いのは分かっているのだが、カギアの目的がオリヴィア達の居るところであることは間違いないので、少しばかり距離をとることにしたのだ。
「ヴェインさん…作戦は?」
ジェドの言葉にヴェインは小さく返答する。
「残念だがない…。とてつもなく強い事と魔術を使わないという事ぐらいしか知らないんだ」
ヴェインの言葉をジェドは責めるつもりはない。ジェドに代案があるというのなら、ともかくだが、無いのに責めるのは卑怯だという思いがあったのだ。
「わかりました。臨機応変に行きましょう」
「すまないね」
ヴェインが言い終わると同時にジェドはカギアとの距離を詰める。
それは決して速いものでは無かったが…静かだった。気配を極力消しての歩行であり、カギアは対応できなかった。あっさりと間合いに入れてしまった事に気付いてカギアは、凄まじい速度で腕を振るう。
ジェドはカギアの腕を躱すと剣を横にはらう。
ジェドの剣はカギアの胴体にある顔にある両眼を斬り裂いた。




