決着
「バ…バカな…」
ジェドの斬撃により防御陣ごと腹を斬り裂かれた悪魔は呆然と呟く。
そこにシアが【魔矢】を放った。数本の魔矢が悪魔の防御陣を突き破り悪魔を貫く。
「ぐ…」
ジェドの斬撃に腹をシアの魔矢に撃ち抜かれた悪魔は苦痛に呻きながらも二人から距離をとる。
悪魔は治癒魔術を展開し、ジェドに斬り裂かれた腹部の治療を行うと僅かな時間で傷口が塞がる。
(なんだ…こいつ、見かけは厳ついが弱いな……演技か?)
(油断しちゃ駄目ね。これは罠の可能性があるわ…この弱さは演技ね)
ジェドとシアは悪魔の治癒魔術を黙って見ていたが、これは悪魔の演技の可能性があると考え追撃を控えたのだ。ジェドとシアはこの悪魔の弱さから単なる使い魔の可能性を排除する事が出来なかったのだ。
「シア…油断するなよ」
「わかってるわ」
ジェドとシアの言葉は眼前の悪魔を警戒するのではなく、この悪魔の主が出てくる事、伏兵の可能性を指摘するものであった。
「ジェド…私が魔術で牽制を行うから…ジェドはあの悪魔を…」
「いや、あの程度の奴に牽制は必要は無い。それよりもシアは伏兵を想定して周辺の探知をしてくれ」
「…そうね。そちらの方が現実的ね」
ジェドとシアは次の一手を話し合う。その際に悪魔から視線を外すような事はしない。相手がいくら使い魔だとしても油断するとどのような不覚をとるかわかったものではないのだ。
しばらくして、悪魔は治癒魔術を終えるとニヤリと嗤う。
「ふははははは!!愚かな人間達よ!!貴様らは唯一の勝機を逃したのだ!!」
悪魔の言葉にジェドとシアは失敗を悟る。時間稼ぎをする事でどのような手をこの悪魔がするのか…と身構える。
「貴様らを引き裂いてくれる!!」
「「え?」」
悪魔の宣言にジェドとシアは戦いの場であるにも関わらず呆けた声を出してしまった。二人はてっきり、新手が来るとばかり思っていたのだ。
「おい…ちょっと待て…」
ジェドの言葉に悪魔はニヤニヤと嫌らしい嗤いを浮かべている。
「今更命乞いなど聞くわけないだろうが!!」
悪魔はそう叫ぶと四瞬で間合いを詰めてくる。初動が丸わかりでアレン達の動きとは雲泥どころか比べるのも悪いと思われるほど稚拙な動きだ。確かに人間とは身体能力が違うのは明白だがアレン達の動きに慣れているジェドにとってみれば余裕で対処できる。
繰り出した悪魔の拳をジェドは手で横に払う。ジェドはそのまま払った腕とは逆の腕を悪魔の首にひっかけると悪魔を投げ飛ばした。ジェドは腕を悪魔の進行方向の真っ正面からぶつけるような事はせずに斜め下からの首の引っかけだったためにジェドの腕には衝撃はほとんどない。
だが、悪魔の方は必殺の一撃を受け止めるどころか逸らされ、しかも自分が投げ飛ばされると思ってもいなかったのだろう。受け身を取ることも出来ずに頭から地面に落下する。
アレン達ならここで容赦なくトドメを刺すのだが、ジェドとシアは悪魔の罠を警戒し動かなかった。
「しぶといな…」
ジェドの言葉にシアも頷く。
「そうね…こちらの実力はある程度理解したはずなのに…まだ主の元に逃げ帰らないなんて…」
「おそらくこいつの主は残忍な性格なんだろう。人間如きにいいようにあしらわれて場合によっては殺されるんじゃないか?」
「ありえるわね…」
ジェドとシアは立ち上がる悪魔を睨みつけながら言う。
「き、貴様らは『オリハルコン』クラスの冒険者というわけか…見かけに欺されたな」
悪魔はジェドとシアを『オリハルコン』クラスの冒険者と勘違いしているらしい。
「「は?」」
悪魔の的外れの言葉を聞いてジェドとシアはまたも呆けた声を出す。
(こいつ本当に何言ってんだ? 使い魔のくせに)
(悪魔って本当に人間を舐めているのね…『オリハルコン』クラスじゃないと使い魔も斃せないと思ってるなんて)
あくまでも人間を見下していると感じたジェドとシアはさすがに腹が立ってきた。さっさとこいつを殺して主を討ち取ろうと決心するとジェドとシアは悪魔を斃す方向に意識を変える。
「使い魔如きが随分と舐めてくれるじゃないか…」
「さっさと主の元に行きましょう」
ジェドとシアの言葉に今度は悪魔が訝しがる。
「使い魔? 主? 貴様ら何を言っている?」
悪魔の言葉にジェドとシアは逆に蔑みの目を向ける。
「はぁ? お前は使い魔だろうが、お前程度の強さで討伐対象に成るわけ無いだろ!!」
ジェドがそう叫ぶと同時にシアは、【呪鎖縛】を展開する。シアの左手の前に拳大の魔力の塊が生じ、次の瞬間に無数の鎖が悪魔に向かって放たれる。
放たれた無数の鎖は悪魔の体に一瞬で絡みつき自由を奪う。ジェドは【呪鎖縛】が成功すると同時に駆け出すと悪魔に向かって剣を振り下ろした。
ジェドの剣が自らの頭頂部に振り下ろされ頭蓋骨を両断するのを悪魔ははっきりと自覚していた。
(俺が使い魔? こいつらはひょっとして…俺を…)
【呪鎖縛】以上に悪魔を縛ったのは実はジェドの『使い魔』という言葉だった。だが、悪魔はその事に反論する前にジェドの剣で両断されてしまったのだ。
「よし!!」
悪魔は完全に息絶えたと思われるが念には念を入れておいた方が無難だ。
シアは倒れ込んだ悪魔の体に魔矢を悪魔の心臓に放ち、心臓を貫く。
ジェドとシアは悪魔の死を確認するとジェドは悪魔の討伐の証拠として左耳を斬り落とすと剣についた悪魔の血を振り落とし鞘に収めた。
「それじゃあ…行くぞ、シア」
「うん、油断しちゃ駄目よ」
「ああ、使い魔をやられれば主も本気になるだろうからな」
ジェドとシアはラティホージ砦跡に向かうのであった。




