認識の違い
「とりあえず、アレン達に聞いてみるか」
ジェドとシアは悪魔討伐を受けることを決めたので、アレン達にどんな準備をすれば妖怪のアドバイスを求める事にしたのだ。何と言ってもアレンは国営墓地の管理者だ。あそこまでアンデッドが当たり前のように発生するのなら釣られて悪魔がやって来ても不思議ではない。
「そうね…でも」
シアはジェド提案に賛意を示すが、少し首を傾げている。
「どうした?」
「うん…私の勝手な思い込みかも知れないけど、アレン達が悪魔対策をとるというのに少し違和感があるのよ」
「どういうことだ?」
「あのね、アレン達って強いでしょう?」
「うん」
シアの言葉にジェドは即答する。アインベルクの関係者はそろいもそろって規格外の実力者だ。その気になれば一国を相手取る事だって可能だろう。というよりも滅ぼす未来しか想像できない。
「そんな強いアレン達が悪魔なんかに備えるかしら?」
「え?」
シアの言葉にジェドも不安になる。確かにアレン達の実力を考えれば悪魔如きが何をしようが蹂躙するだろう。むしろ悪魔の方がアレン達に備えなければならないだろう。
「言われてみれば…アレン達に…いらないな」
「でしょう?」
「ま…まぁ、一応言ってみよう」
「そ、そうね」
ジェドとシアは少し不安になりながらもアインベルク邸に行くことにしたのだった。
「おや? 今日はお早いですね」
アインベルク邸に来たジェドとシアを見てロムは少し驚く。
ジェドとシアがアインベルク邸に来るのは、いつも午後からだったのだ。ところが今日は午前中だ。ロムが驚くのも当然だった。
「はい、今日は実は指導ではなくアレンに相談に来たんです」
「左様でございましたか。アレン様は執務室で執務中ですのでご案内いたします」
ロムはそう言うとジェドとシアを案内する。
「アレン様、ジェド様、シア様がいらっしゃいました」
ロムは扉を叩き、ジェドとシアの来訪を告げる。アレンは快く二人を招き入れる。アレンは二人をソファに座らせるとロムにキャサリンにお茶の用意をするように頼む。
ロムは微笑むと執務室を出る。しばらくするとキャサリンがお茶の用意をしてきた。お茶の用意が終わるとキャサリンは一礼すると退出する。
指導をする立場の人に給仕を受けるのは正直、二人は心苦しいのだが、ロムとキャサリンは今のジェドとシアは彼らの主人であるアレンの友人として捉えているので、給仕するのは当然と思っているらしい。
「それでどうしたんだ」
アレンは二人に来訪の目的を尋ねる。
「今度、俺達2人で悪魔討伐の依頼を受けることにしたんだ」
ジェドはアレンに話すのに少し戸惑う。ひょっとしたら実力が足りないと止められると心配になったのだ。
「へぇ、悪魔を始末するのが今回の2人の仕事か」
アレンはジェドの言葉に頷く。
「止めないのか?」
ジェドがアレンに尋ねる。
「え? だって悪魔ぐらい2人なら斃せるだろ」
アレンはさも不思議そうにジェドとシアに言う。
「いや、悪魔だぞ? そんな簡単に斃せるわけ無いだろ。だから俺達はアレンなら悪魔の事を知っていると思うから聞きに来たんだけど」
「いや、お前らなら斃せるだろ」
「アレン、お前は強いからそんな簡単に言えるんだろうけど、みんながみんなお前のように強いわけじゃないんだぞ」
ジェドの呆れた声にアレンは苦笑する。
「いや、俺達が強いのは十分に分かってるさ。でもさ…」
「ん?」
アレンは苦笑を消すことなく2人に言う。
「俺達の中には『2人』も入ってるんだけど」
「え?」
「今の2人が組んで戦えば騎子爵の魔族ですら斃せると思うぞ」
アレンの言葉にジェドとシアは目を丸くする。いくら何でも魔族の騎子爵を斃せるとは思えなかったのだ。先輩のウォルターさん達でさえ4人がかりで斃したという話だったのにだ。
「多分、今のウォルターさん達なら1対1であっても勝てると思うぞ」
アレンの言葉にさらに2人は目を丸くする。強いのは知っていたが、その人達はもはやそんな段階にいるのかと思ってしまう。
「まぁ、その辺の慎重さが2人が生き残る理由の一つなんだろうな」
アレンがそう言うと、執務室にノックの音が響く。アレンが「どうぞ」と声を掛けるとレミア、フィリシアが入ってきた。
「シア、ジェドいらっしゃい」
「2人ともいらっしゃい」
レミアとフィリシアはジェドとシアに挨拶すると2人の対面のソファに座る。
「ああ、2人ともちょっと聞いて欲しい」
アレンがレミアとフィリシアに話しかける。
「何?」
「どうしたんですか?」
レミアとフィリシアはアレンを見て返答する。
「今度、ジェドとシアは悪魔の討伐を請け負ったらしい」
アレンはジェドとシアの今度の仕事の内容について婚約者の2人に伝える。レミアとフィリシアの反応はものすごく軽かった。
「あ、そうなの?」
「悪魔討伐ですか」
2人の軽い反応にシアが尋ねる。
「ねぇ、2人ともアレンは私達なら悪魔を斃せると言ってるんだけど…」
「「え?」」
シアの言葉に2人は首を傾げる。レミア、フィリシアの驚きはアレンの言葉に対するものではなく、『なぜそんな当たり前の事を?』という印象だったのだ。
「ねぇシア、あなた達はどうして悪魔を斃せるという事に疑問を持ってるの?」
「え、だって悪魔よ」
「どう考えても、あなた達の方が強いわよ。ねぇ、フィリシアもそう思うでしょう?」
「ええ、私もジェドとシアが悪魔ごときに負けるとは思えないんですけど…」
レミアの言葉にフィリシアも賛同する。
「まぁ、初めて悪魔討伐を行うから不安になる気持ちもわかるな。一応、対悪魔用の道具を2人にやるよ。あんまり必要性は感じられないけどな」
アレンの『対悪魔用』という言葉にジェドとシアは「え?いいの」という顔をする。その表情を見てからアレンは微笑む。
「ああ、昔俺が作った道具だからそこまで高価な物じゃないから気にしなくて良いよ」
アレンはそう言うとロムを呼ぶ。
しばらくするとロムが執務室に顔を出す。
「ロム、倉庫から『対悪魔用』の道具一式を持って来てくれ」
「承知しました」
ロムは一礼すると執務室を出て行く。ジェドとシアはロムの表情に疑問が浮かんでいるのを見た。
(あれ?ひょっとして悪魔って俺が思うよりも弱いのか?)
(アレン達だけじゃなくロムさんも疑問の表情を浮かべてたわね…)
ジェドとシアはアレン達の反応が世間一般の常識とは異なる事を認識していたが、自分達は常識の範囲内の強さと認識していた。アレン達や近衛騎士達の言葉はリップサービスと捉えていたのだ。
それがリップサービスなどではなかったことがこの仕事で証明されることになったのだった。




