練習試合①
『練習試合』というアレンの言葉にジェドとシアの顔が凍った。魔族の騎子爵を斃すような近衛騎士達にジェドとシアが挑むというのは少々無謀な感じがしたのだ。いや、少々どころか果てしなく不相応だと思わざるを得ない。
4人の近衛騎士はアレンの提案に逆らう事もせずに、誰が行くかを話し合っている。
「う~ん、ここはウォルターじゃないか?」
「俺もそう思う」
「私も」
「やっぱり、そうか…でも、ヴィアンカも近衛騎士の正統派の剣術だし、ジェドとシアの事を考えればそっちの方が良いんじゃないか?」
「それは一つの考えとしては悪くないけど、私よりもウォルターの方が戦い方は私達の中で一番バランスがとれているから良いと思うわ」
「そうだな、俺はパワー重視だし、ロバートは魔術重視、ヴィアンカは剣術重視だから、ウォルターが適任だ」
ヴォルグの言葉にロバートとヴィアンカが頷く。
「そうだな、あまりクセのある戦いをしない方がいいな」
ウォルターも納得したのだろう。ジェドとシアを見て微笑む。
「二人とも、今回は俺が相手をするからな」
ジェドとシアは顔を見合わせる。ウォルターの放つ雰囲気には二人を痛めつけてやろうというものは一切見えない。むしろ、ジェドとシアを強くしてやろうという感情を二人は感じていた。
ウォルター達に悪意は無いのはわかるが、なぜあったばかりの自分達、しかも一介の冒険者である自分達にそこまでしてくれるのか分からない。
(アレンが何か言ったのか?…でもその割には強制されている感じが一切しない)
ジェドの考えていることは当たりだった。ただ、アレンが近衛騎士達に、ジェドとシアがロムの指導を受け始めて、そのうちある程度の実力に達したら引き合わせると言ったに過ぎない。
ただ近衛騎士達はアレン達がジェドとシアを自分達に引き合わせた段階で、ジェドとシアの実力が決して侮ってはいけねいものであると捉えていたのだ。
実際に国営墓地で『スケルトンソードマン』を斃したという話を聞いており、四人はその思いを強くしていたのだ。
「ジェド、まずはウォルターさんと一対一で立ち会ってくれ」
アレンの言葉にジェドは緊張しながら頷く。ウォルターもそれを了承したようだ。
ジェドとウォルターの二人はアレン達から離れると修練場の真ん中で対峙した。ロムから訓練用の木剣が二人に手渡される。
「それでは双方よろしいでしょうか?」
ロムの言葉にジェドとウォルターは頷く。ロムが手を掲げるとジェドとウォルターはお互いから目を逸らさない。
ジェドはこのウォルターの態度に半分は嬉しくなり、半分は困ってしまった。嬉しいのはウォルターが戦いにおいて油断するような男でない事がわかってからだ。しかし、裏返せばジェド相手にも油断しない事を意味する。
ジェドとウォルターの実力には大きな隔たりがある事をジェドは当然の如く察していた。ジェドがそんな相手に勝利するには相手が油断し、そこにつけ込むしか勝機を見いだすことは出来なかったのだ。
「始め!!」
ロムの手が振り下ろされ試合が始まった。
(くそ…俺ではウォルターさんの隙すら見つけることは出来ない…)
ジェドはウォルターの隙を探すがまったく見つける事は出来なかった。そのためにジェドはウォルターに斬りかかることは出来なかったのである。
一方でウォルターもジェドを観察している。ウォルターもジェドの実力を見抜いている。それは自分に及んでいないという結論を伴っていた。
(あっちも俺の隙を探している訳か…だが、見つける事は出来なくて焦っているという感じだな)
ウォルターはジェドの様子からそう結論づける。
(さて…ここは相手がじれて動くのを待つか…、こっちから隙を見せて相手を呼び込むか…それともこちらから動くか…)
ウォルターはいくつかの選択肢から自分のとるべき戦法を考えている。どの選択肢からでも勝利を得る事が出来る事をウォルターは確信している。
だが、ウォルターは動かない。結局の所、ジェドがじれて動くのを待つことにしたのだ。
(くっ…ウォルターさんが動いてくれれば、まだこちらもやりようがあるんだが…)
ジェドはウォルターが『待つ』事を選択したことを察した。だがそれはウォルターが何もしないことを意味するものではない。ウォルターはジェドが察する事が出来るように、殺気ほど強くはないが攻撃の意思をジェドに向けて放つ。
ジェドはその意思を感じ、そのために体が反応し、少しずつだが確実に消耗をし始めていた。
ジェドとウォルターの試合が始まり両者ともまったく動かないが、その事に対し不思議がる事も不満に思う事も観客達はない。ジェドとウォルターが動いてはいないが無数の攻撃の糸口を探していることに気付かないような未熟者はここにはいないのだ。
「ウォルターさん相手に粘るわね」
「そうね、ジェドの実力はこの間の国営墓地で分かってたつもりだったけど上向きに修正しなくちゃね」
「ええ、これで『シルバー』ランクというのはやはりおかしいわね」
「フィリシアの言うとおりだな。まぁランクが上がらないのは二人が指導の時間確保のために簡単な仕事をしているのが原因だからな。実力と評価に開きが出ているのは仕方ないとも言える」
アレン達は口々にジェドの戦いを賞賛している。傍目から見ればただ対峙しているだけであり褒めるポイントなど無いように見えるが、ウォルターの攻撃に意思に必死に抗っているのが分かっている以上、賞賛してしかるべしなのだ。
「でも…そろそろだな…」
アレンの言葉にフィアーネ、レミア、フィリシアは頷く。その言葉を聞いてシアはアレンをみやる。
そして、ウォルターが動く。シアには何の予備動作もなく動いた事で気がついたときにはジェドの目前に迫っていた。
ジェドはウォルターの動きに対応できない。あっさりと剣を飛ばされるとウォルターはジェドの首元に剣を突きつけた。
「ま、参りました」
ジェドは素直に降参する。しかし、ウォルターは剣を引かずにジェドの首元に剣を突きつけたまま動かない。
「そこまで!!」
ロムが試合の決着を告げるとそこでウォルターはジェドの首筋から剣を引いた。ウォルターがジェドの降参で剣を引かなかったのは、それがウォルターの油断を誘う罠かもしれないからだった。
勿論、ジェドに罠を張るつもりなどさらさら無かったのだが、ウォルターが剣を引かなかった理由を察し、自分との差を突きつけられた思いだった。
(この人は本当に油断しない人だ…いや、考えて見ればアレン達もそうだ。油断する事ほど危険な事はないと言う事をこの人達は完全に身につけているんだな)
ジェドは素直にウォルターの技量に心の中で素直に賞賛を送った。
「うん、予想以上にジェドは出来るようになっていたな」
アレンの言葉にロムもウォルターも微笑む。
「はい、ジェドさんの成長は素晴らしいものがありますな」
「確かにこれは先輩として、うかうかしてられませんね」
ロムとウォルターもジェドに賞賛を送った。それを受けてジェドは気恥ずかしい。手も足も出ずに完敗したのだから賞賛を受けるには値するとは思えなかったのだ。
「さて…次は『ウォルターさん』と『ジェド、シアのコンビ』でやってもらおう」
「「え!?」」
アレンの言葉にジェドとシアは呆気にとられた表情を浮かべていた。




