レミア⑩
ジェドとシアは走り出す。だが突然走り出したジェドとシアに注意を払うものなどほとんどいない。
なぜなら、ナーガ達が仲間であった魔物達に向かってありったけの魔術を放ったからだ。
火球、雷撃、爆発、魔矢、火矢などがほぼ同時にナーガ達から魔物達に放たれる。
魔物達は突然のナーガ達の攻撃にもちろん反応できない。
火球の直撃をまともに受けたゴブリン達数体はあっという間に火だるまになり転がるが火は消えることなく燃え続けやがて動かなくなった。雷撃を受けたオーガが痙攣し地面に倒れ込む。爆発の直撃を受けた魔物は自分が死んだ事すら築くことなく肉片となった。
あまりの惨劇に魔物達は何が起こっているのか咄嗟に判断がつかない。だが、しばらくしてナーガが裏切った事を認識すると凄まじい怒りが生まれ裏切り者であるナーガ達を殺すために殺到する。
ナーガも自分達がやっていることが他の魔物達の怒りを買う行為である事は十分に認識していた。だが、自分達の長であるナシュリスの命令である事とナシュリスを屈服させたレミアの殺気にすっかり心が折れていたのだ。
ナシュリスは配下のナーガ達に『我が一族達よ…。盟約は…成った。この…御方に…従え』と途切れ途切れの思念を飛ばしたのだ。
しかも動揺で動けなかったナーガ達に対してレミアは冷たすぎる殺気をナシュリスにぶつけると「お前達!!!早く、殺される!!!!」とナシュリスは大声で叫んだのだ。
ナーガ達はナシュリスの実力を知っていた。この場にいるナーガ達が束になっても完勝するようナシュリスが恐怖に歪んだ声を上げたのだ。そしてナシュリスが殺されれば、レミアの双剣は間違いなく自分達を切り刻むという事が容易に理解できたのだ。
ナシュリスはレミアの怒りを買った。当然、レミアの怒りはナシュリスと同族の自分達に向かう事をナーガ達は自覚したのだ。
もはや生き残るためにはレミアに賭け魔将を討ち取るしかないのだ。
ナーガ達が魔術を魔物達に向けて放つのを確認するとレミアは魔物達の中に斬り込んでいった。
(速い…)
ジェドは斬り込んでいくレミアの背を見て素直に賞賛を送る。
レミアはゴブリン達の中に突っ込むと双剣を振るいゴブリン達の首をまとめて斬り飛ばしていく。
「すごい…レミアって本当にすごいのね!!」
シアがレミアの戦いぶりを見て興奮したように話す。まったくの同感だがシアがレミアに憧れまくった結果、レミアクラスの実力になってしまえば横に立つためにジェドの苦労は凄まじいものになるだろう。
(レミアぐらいにならないとシアの心はとらえられないんだな…がんばろ…)
ジェドが心の中でそう呟いた事をシアは当然ながら知らない。そして自分の素直に思った一言がジェドとシアが恋人となるためにハードルを一つ設けた事をシアはまったく認識していなかった。
そうすると魔物達んも混乱が最高潮に達した。どうやらレミアが新しいリーダーを斬り捨てたらしい。この混乱の高まりを見て呆けていた冒険者達も突っ込んできた。
ジェドとシアは魔物達の間に突っ込む。
混乱の極致にあった魔物達はジェドとシアを止めることは出来ずにジェドは瞬く間にゴブリンの首を斬り飛ばした。そこにシアが魔矢を放ち、ゴブリン達の頭を撃ち抜いていく。顔面を撃ち抜かれたゴブリン達が地面に倒れ込むとシアに一体のゴブリンが突っ込んできた。
だが、そのゴブリンは横から割り込んだジェドによって首を落とされる。ジェドはシアを庇いながら周囲のゴブリン達を斬り伏せていく。そしてシアも庇われてばかりではない。魔矢、火矢、氷矢を立て続けに放ち周囲のゴブリン達を死者の列に加えていった。
後の冒険者達も魔物達に突っ込んでいき凄まじい乱戦となった。
周囲では怒号と悲鳴が鳴り響き、死の臭いが周囲に立ちこめる。混乱の極致にあった魔物達は一方的に冒険者達に狩られていった。
「ん? なんかナーガ達の必死さが一挙に上がったな」
ジェドの言葉にシアも頷く。
魔将を裏切ったナーガ達は生き残るために戦っていると思っていたのだが、今は先程よりも必死さが桁違いなのだ。ナーガ達の必死の形相は明らかに何かを恐れている事を示していた。
「ナーガ達には手を出さないで!!」
そこにレミアの鋭い言葉がとんだ。レミアの言葉は血気にはやる冒険者に向けた言葉だったのだろうが、ナーガ達の必死な形相を見るとこの段階でナーガ達に手を出すのは愚かというものだった。
魔将の一群は何の抵抗も出来ずに冒険者達によって殺されていく。
「アナスタシアさんはやっぱりすごいわね」
シアの言葉にジェドは周囲を見るとアナスタシアが詠唱無しで魔術を連発していた。あまりに間断なく魔術を放つので魔物達は一歩を踏み出す前に骸と化していく。その姿を見てしまえばシアの言葉に頷くことしかジェドには出来なかった。
冒険者達はタガが外れたように周囲の魔物達を手当たり次第に殺していく。
いつの間にか太陽は頭上高く昇っており、かなりの時間戦い続けてきたことをジェドとシアは察した。周囲を見るとどの冒険者達も血に酔ったかのように魔物達を殺している。
「気持ちが切れれば…俺達は終わりだ」
「うん」
ジェドの言葉にシアが短く頷く。もはや冒険者達に体力は残されていない殺戮によって爆発した感情が体力を忘れさせているだけなのだ。
「まずい…」
ジェドの口から悲痛な声が漏れる。シアがジェドの視線の先を追うとそこには敵の新手が突っ込んでくるのが見える。
突っ込んでくる魔物達はトロル、サイクロプス、ゴブリン、オーガだ。明らかに統制を乱しておらず今までのように一方的な殺戮は望めない相手だ。
そこに真っ先にレミアが斬り込んでいく。
レミアの双剣が振るわれるたびにゴブリン、オーガの首が落ちる。一体のトロルがその巨体による膂力を活かした一撃をレミアに向けて放つがレミアはその一撃が放たれたときにはすでにその場にいない。
レミアは一瞬でトロルの間合いに飛び込むとトロルの腹に剣の一本を突き刺し、そのまま剣を横に薙ぎ腹を斬り裂いた。斬り裂かれた傷口からはトロルの臓物がこぼれ落ちる。トロルは痛みのあまりに蹲りまるで罪人が首を差したかのように見える。
レミアは蹲るトロルの首を容赦なく斬り落とした。地面にトロルの首が転がると周囲のゴブリン、オーガ達は明らかに動揺する。
一体のトロルが怒りに燃えた目でレミアに掴みかかるが、突然トロルの首と右腕が無くなった。レミアが神速としか思えない斬撃でトロルの首と右腕を落としたのだ。
「な…いきなりトロルの首が落ちたぞ?」
「あの女…何をしたんだ?」
「斬り落とした…のか?」
それを見ていた冒険者達の中から声が驚きの声が上がる。
「見たジェド!!レミアすごいわ!!」
シアはすっかり興奮している。もちろんジェドも興奮しているのだが、それはシアのそれとは少々違っている。
「すげぇ…俺もいつかあの領域に…」
ジェドの目にはレミアの技はまさしく芸術品にしか思えなかった。そしてあの領域に少しでも近づきたいと思っていたのである。
「シア!!行くぞ!!」
ジェドはシアに一声かけるとレミアを追う。レミアは間違いなく魔将を討ち取るだろう。邪魔をするつもりはない。かといって俺達の助けなどレミアには必要ないこともわかっている。
だが、ジェドはただ見たかったのだ。レミアがその絶大な戦闘力でこの戦いに終止符を打つ所を…。
その思いをシアは察したのだろう。わずかに微笑むと大きく頷いた。
「うん、行こう!!」
ジェドとシアはレミアの後を追う。容赦ないレミアの斬撃により命を散らした魔物達の死体が周囲に転がっている。
先程レミアが斬り捨てたサイクロプスの死体を見るとサイクロプスの顔には信じられないという表情が浮かんでいた。
レミアの姿を探すと魔物達が我先に逃げる姿を発見する。
「あそこ…」
ジェドは小さく呟くとレミアの元に足を進めるがそれよりも早くレミアが動く。それが自分とレミアの実力差であるとジェドは思わざるを得ない。ジェドが追うよりも速くレミアは動くのでその差は縮まるどころか離れる一方である。
魔物達の中にさらに斬り込んでいったレミアを追ってしばらくするとレミアの声が響いた。
「魔将エルテンを討ち取ったわ!!!」
その声が響くと周囲の冒険者達は雄叫びを上げた。
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