レミア①
ジェドとシアが王都に来て1ヶ月ほど経った。この間にローエンシア王国は年が明け新年を迎えていた。
この1ヶ月の間にジェドとシアは今まで通りにゴブリンやオークの討伐を行い確実に依頼を成し遂げていた。それに伴い少しずつゴブリンやオーク達を討伐することに対して苦戦の度合いは減っていった。
1年前はジェドもシアもゴブリンに対し逃亡していたのだが、すでに30体程のゴブリンなら問題なく斃す事が出来るようになっていたのだ。
1ヶ月の間にジェドもシアにも冒険者に顔見知りと呼ぶほどの人達は出来たが、どのパーティにも参加すると言う事はしていない。何度か声をかけてきた冒険者チームに『ゴールド』クラスの冒険者達であったが、仲間として迎え入れようという感じではなく体の良い駒扱いしているように感じたのでジェドとシアは話を断った。
その際にさんざん悪態をつかれたりした。ジェドとシアはそのような悪態を聞き流しひたすら討伐任務に取り組んでいた。
そんな毎日を過ごしていたジェドとシアは一つの任務が冒険者ギルドの掲示板に貼られていたのを目にした。
その任務の内容とは『魔将』の討伐についてであった。
『魔将』の魔は、魔族だけを意味するのではない。魔物もその魔の中に含まれている。『魔将』の定義は、国や地方によって規模の違いはあれど、『魔物を率いるリーダー』という共通点がある。ローエンシアでは魔将の定義は『1000以上の魔物を率いる者』となっている。
つまり、ローエンシア王国で魔将の噂が流れると言うことは『1000以上の魔物の群れ』がいることと同義なわけである。
その魔将の討伐任務の参加を冒険者ギルドは呼びかけていたのだ。ジェドとシアは顔を見合わせる。
「どうする?」
「う~ん…冒険者達で魔将を討伐…か」
ジェドとシアは考える。もはや1年前の自分達でない以上、それなりに戦う事は可能であるという自信はあるのだが、なにしろ今回の魔将の噂を二人とも聞いていたために二の足を踏む思いだったのだ。
今回噂に上っている『魔将』は隣国のリヒトーラ公国で元々発生した。リヒトーラ軍は当然の事ながら討伐に乗り出しその結果多くの魔物達を討ち取ったが、魔将を取り逃がしたのだ。
取り逃がした魔将は国境を越え、ローエンシア王国に逃げ込んだというものだった。ローエンシア王国に逃げ込んだ魔将の配下はすでに200弱ということなので、ローエンシア王国の基準で言えば『元』魔将という存在だったが、それでも脅威である事は間違いない。
実際に辺境の村が襲われたという類の噂が王都フェルネルにまで届けば、民達が不安になるのも当然だった。
当然、国も魔将を討ち取るため軍を動員したが、小規模になっているためになかなか、索敵に引っかからず、見つける事が出来ないというのが現状だった。捕捉すれば問題なく斃しているのだが、今回の魔将は知能がそれなりにあるらしく、目的の魔将を討ち取ることは未だ出来ていなかった。
魔将はローエンシア国内の魔将未満の者を配下にして、数を回復させると街を襲い、出動した軍に敗れるという事を繰り返している。だが、数を回復させては軍に敗れるを繰り返していた魔将が、ある魔将未満の者を。配下に加えたあたりで変わった。
簡単に言えば、戦術を行使し始めたのだ。今までただ単に突撃しかしてこなかったのに、伏兵を置き、背後に回り込みという戦術をとるようになったのだ。かといって、軍が敗れることはなかったが、今までのような圧倒的な勝利を手に入れる事は出来なくなったのだ。
圧倒的な勝利を得ることが出来ないと言うことは魔将の配下の数が劇的に減らない事を意味し、ローエンシア国内のみならずエジンベート王国、ドルゴート王国、リヒトーラ公国の国境を越え、それらの国を放浪し勢力を拡大し続けていた。
そして、ローエンシアの基準では魔将未満となったものが、再び魔将に返り咲いたのだ。
軍の追撃を振り切り何度も舞い戻る『魔将』についてジェドもシアもかなり厄介な相手であると認識していたのである。
「ジェドは参加したいんじゃないの」
「う~ん…正直な所、参加する冒険者次第だな」
「どういうこと?」
「ああ、せっかくだから上位の冒険者の実力が間近で見られるのなら参加したいけど、そうでないなら…な」
「なるほどね…」
ジェドの言葉にシアは頷く。ジェドとシアの実力は1年前に比べ確かに強くなったが独学で強くなるのはそろそろ厳しくなり始めた事を感じていた。そのために手本となる相手が欲しくなってきたのだ。
もちろん上位の冒険者と自分は同一人物でない以上、まったく同じ事をしたとしても良い結果が出るとは限らないのだが、それでも何らかのヒントが得られるのではないかという想いがあったのも事実である。
「悩んでも仕方がないわ。ねぇジェド、サリーナさんに誰が参加するか聞いてみましょ」
シアの提案にジェドも頷く。ここでどれだけ考えても仕方が無い。それよりも情報を持っている人に聞いた方がはるかにマシなのだ。
「サリーナさん、ちょっと聞きたいことがあるんですが」
ジェドの問いかけにサリーナは微笑む。1ヶ月の付き合いですっかり顔なじみとなったサリーナは頼れる職員であった。
「二人とも聞きたい事ってなに?」
「魔将討伐の件です」
「あら二人とも参加するの」
「それはこれから決めようと思っているんです」
「今回の魔将討伐に参加する人で有名な方はいらっしゃいますか?」
「ああ、そういうことね。今回の魔将討伐には結構な有名人が参加するわ」
「へぇ~誰です?」
「『オリハルコン』クラスの冒険者のシグリア、デイバー、アナスタシアの三人ね」
「そりゃ凄い人達が参加するんですね」
「あれ? サリーナさん、アナスタシアさんって『暁の女神』のメンバーの方ですよね」
「ええ、そうよ。他のメンバーの方は今回別の仕事があるからアナスタシアさんだけが参加するらしいわ」
「なるほど、さすがに『オリハルコン』クラスともなれば別行動出来るんですね」
「うん、ギルドマスターが直々に頼んだらしいのよ。魔術師の核になるものがどうしても必要なんだってことで」
「それで急遽、別行動という訳なんですね」
「そういうこと。とりあえず皆が知っている有名どころはそんなところかな」
サリーナのもたらされた情報はジェドとシアにとって嬉しいものである。何よりも『オリハルコン』クラスの戦いを見れるというのは有り難かったのだ。
「シア、今回の魔将討伐に参加させてくれないか?」
ジェドの言葉にシアは頷いた。
「ええ、私もアナスタシアさんの戦い方を見て勉強させてもらいたいわ」
「じゃあ、決まりだな」
「うん」
ジェドとシアは頷き合うとサリーナに魔将討伐参加を伝える。
「わかったわ、それじゃあ二人ともここに名前を書いてちょうだい。それからあと1時間ほどしたら詳しい説明がされるからその話を聞いてからキャンセルすることも可能よ」
サリーナの言葉に二人は頷く。
「サリーナさん、それじゃあ」
「ありがとうございました」
「うん、二人ともまたね」
サリーナと別れた2人は併設されている酒場で軽く食事をとることにする。酒場といっても食堂を兼ねているため2人はたびたびここを利用していたのである。料理の質はまぁまぁだが、量が多く値段も手頃だったのだ。
席について周囲に気を配るとジェドとシアのように説明会に参加しようとしている冒険者達が酒を飲みながら景気の良い話をしていた。
「なぁシア…どう思う?」
「なにが?」
「何というか…周りの人達も参加するようなんだけどどうも危機感がないように見える」
「そうね、いくら何でも不安になるわね」
「ああ、『魔将』が率いる魔物は相当数なんだろ。確かに『オリハルコン』クラスの冒険者が参加するけど強いのはその人達であってその他の人達は決して油断していいわけじゃないと思うんだ」
ジェドの不安はシアも思っていた所だ。確かに『オリハルコン』クラスの冒険者の実力は凄まじい。500以上のゴブリンを討伐したなんて話もザラにあるくらいだ。だが、それはそのオリハルコンの方々が偉いのであって、決して他の冒険者が強くなったわけではないのだ。それどころかむしろ足を引っ張ってしまう可能性の方がはるかに高かったのだ。
「まぁ、ジェドの言葉は正論だわ。だからこそ、とりあえず私達は油断しないようにしましょう」
「そうだな」
そこまで言ったところでウェイトレスが注文の品を運んでくる。頼んだ料理は豚の肉を串に刺して塩をまぶしただけの簡単な料理である。
それを食べながらしばらくするとシアがジェドの背後を見ている事にジェドは気付く。
「シア、どうかしたのか?」
ジェドの言葉にシアは『はっ』としたように何でもないと返答する。何でもないと言ったがシアの視線はジェドの背後に注がれている。
それが気にかかりジェドは後ろを振り向く。特段、気にかかるような人はいない。
「なぁ、誰か知り合いでもいたのか?」
「え? ううん何でもないの」
それからシアはジェドに視線を移し、これからの計画を話し始める。しかし、シアは先程目についた人物の事が妙に気にかかった。ジェドが振り向いたときにはその人物は背を向ける格好になっていたのでジェドは気付かなかったのだ。
(あんな綺麗な子も冒険者やってるんだ。…それに魔将討伐に参加するのかな?)
シアが見とれていた少女が背を向けたときに腰に双剣を差していたのが眼に入った。
(友達になれたらいいな)
シアはそんな事をついつい考えるのであった。
レミアは明日の更新で出会う予定です。やっとスピンオフらしさが出てきたって感じです。




