決戦①
「ジェドさん、すごい…」
オリヴィアの近くにいる『破魔』の魔術師シェイラが呟く。その声は決して大きいものでは無かったが周囲の冒険者達の耳にははっきりと聞こえた。
「シェイラさん、いつでもいけるように準備して…」
「え?」
シアはシェイラに声をかけると魔力を操作し始めているのを察した。
(シアさんもすごい…なんでこんな速度で術式を組み立てることが出来るの?)
シェイラは同じ魔術師故にシアの魔力操作のすごさを理解したのだ。
「……」
すでに準備を終えたはずなのにシアは魔術をまだ放たない。その事にシェイラは訝しむがシアに声をかけるような事はしない。シェイラはシアの視線の先を見る…シアの視線はゲオミルの背後に注がれていた。
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「なんだ…ど素人かよ…」
ジェドの傍若無人な言葉にゲオミル一行はいきり立つ。だが、ゲオミルだけはやけに冷静にジェドを見ている。
「止めよ!! ここで冷静さを失えばこいつの思うつぼだ!! こいつは意図的に我々を煽り状況を有利にしようとしているのだ」
ゲオミルの言葉に部下達の怒りは収まったように思われる。だが、ジェドはそれはただ単に主の言葉に無理矢理、自分の感情を抑えたに過ぎない事を察していた。
「こいつの口車に乗るな。普通にやれば負けるからこのような姑息な手段を使っているに過ぎん!!」
ゲオミルの言葉に部下達は頷くとジェド達に向かい合う。その目には先程までの嘲りでは無く殺意、敵意に満ちている。そしてその視線の先にはジェドがいた。
「さて…良い感じに本気になってくれたみたいだな」
ジェドの言葉にゲオミル達は怒りを感じたようだが、それを表面には出さない。
「油断したアホ共を殺しても自慢にも何にもなりはしないからな。三下ども、格の違いという奴を教えてやる」
ジェドがここまで過激な口調で話すのは自分に、悪魔達の怒りを集中させるためである。自分に怒りを集中させればその分、他の者達から意識が外れると考えたのだ。ジェドは悪魔を斃すのでは無く、攻撃を引き受ける役目、『破魔』とアグルスは悪魔達を攻撃する役目としようとしたのだ。
ジェドは悪魔達がジェドの挑発に乗る前に行動を起こす。この段階でさらに挑発に乗るようなやつはこの場にはいないだろうと考えたからだ。
ジェドは間合いを詰めると、一体の下級悪魔の顔面に拳を叩き込む。アレンやロム達には及ばないにしても気配を殺しての攻撃は大方入るようになったのだ。ジェドの動きは特段速いものではないために、一見したところ、なぜあの程度の攻撃が避けられないのか周囲の者達は不思議な事だろう。
気配を殺しての攻撃は速度を凌駕するという思いをアレンやロム達に出会って、ジェドはそれを身につけるために修練を積んできたのだ。
その修練は最近になり開花したのだろう。余程の実力者でない限り察する事は出来なかった。もっとも、アインベルク関係者達はその『余程の実力者』揃いなのでジェドの攻撃は擦りもしないという現実があったのだが。
だが、この場でジェドのやっていることを理解できているものはこの場にはいないのだ。
顔面に拳を叩き込まれた下級悪魔は2メートルほどの距離を飛び床に転がる。ジェドはそのまま拳を横に払い隣にいた下級悪魔の顔面に裏拳を叩き込んだ。またの直撃し、鼻を砕かれた下級悪魔は吹っ飛んだ。
ジェドの戦闘力に悪魔達は呆けてしまい、その自失から戻るまでの僅かな時間にジェドは三体目の下級悪魔に攻撃を加えた。
その攻撃は先の二体の下級悪魔の様に吹っ飛ばすという類の攻撃では無い。腕を掴むと下級悪魔の重心を崩し、背中を押したのだ。攻撃と言うよりは、敵の陣形を崩し混乱を助長させるための行動だ。
下級悪魔は堪えることは出来ずに他の悪魔の元に突っ込み、悪魔達の混乱は強まる。
ジェドの行動の意図を悟ったヴェインは、『破魔』のメンバーに頷くと剣を掲げ、悪魔達に突っ込んだ。
ヴェインにロッド、コルマ、フォーラも続く。
「ヴェイン!!中位悪魔をやるぞ!!」
ロッドの言葉にヴェインは頷くと中位悪魔の一体に斬りかかった。コルマが斬りかかるヴェインの援護のためにナイフを投擲する。
コルマの投擲用のナイフには、魔石の欠片が埋め込んであり、少量ながら魔力が込められている。その魔力により貫通力が増しているのだ。
ドスドス…
コルマの投擲したナイフを中位悪魔が腕に突き刺さった。中位悪魔は自身の筋肉量から刺さることはないと思っていたのだ。だが、少量とは言え魔力により強化されていたナイフは中位悪魔の腕の筋肉を貫いたのだ。
その動揺をヴェインはつく。
「くっ!!」
ヴェインの腹への斬撃を悪魔はかろうじて躱すことに成功するが、大きく体勢を崩してしまう。
そこにフォーラが【魔矢】を放った。動きながらだったために詠唱も無く、魔力操作も歪だったが、何とか4本の矢が中位悪魔に飛んでいった。狙った箇所は顔面だ。
もちろん、フォーラもこの術で中位悪魔にダメージが与えられるとは思っていない。あくまでも牽制の為だった。
「くそがぁ!!」
中位悪魔はかろうじて手でフォーラの【魔矢】をはたき落としたが、手ではたき落とした事で、ガードを開けてしまったのだ。そこにロッドが跳び蹴りを胸の位置に放つ。
ドゴォォォ!!
凄まじい打撃音が響き、中位悪魔が吹っ飛ぶ。この光景に下級悪魔達が動揺する。自分達の上位者である中位悪魔が蹴り飛ばされたのだ。この人間達は自分達よりも強いという思考に陥るのも当然であった。
ただ、ロッドが悪魔を蹴り飛ばしたのは、悪魔が体勢を崩していたという事もその理由の一つなのである。
「ゲント、貴様何をやってる」
もう一体の中位悪魔が呆れた様な声を投げ掛ける。
「ふん…不意をつかれただけだ。まったく効いておらん」
ゲントと呼ばれた中位悪魔は何事も無いように上半身を起こす。実際に体勢が崩れていた所を蹴り飛ばしていたに過ぎないので衝撃のほとんどは逃げていたのでほとんどダメージはないのだ。もちろん、ほとんどダメージが無い事は『破魔』のメンバー達も承知の事であったため、強がりとは思っていなかった。
「なら呑気に寝てるなよ…」
ジェドは吐き捨てるように言うと上半身を起こしたばかりのゲントの顔面に膝蹴りを入れた。
ゲントに全員の視線が集中した事を察したジェドがすぐさま次の一手を打ったのであった。




