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ごめんなさい

作者: 鬼灯

大学の文芸部で去年の六月に夏のコミュティアに向けて書いた小説です。

Pixivとエブリスタにも掲載しています!

 暑い夏の真っ盛りに、わたしの前で陽炎が立ちはだかるように揺らめく。その陽炎の先には、わたしが臨時することになった高校が目の前にあった。

 ああ、もう付いてしまった。

 また、ここに戻って来てしまった。

 二度と戻らないと思っていた十年振りの母校に――。

 高校教師になって、いつか自分の母校に当たるとは思っていたけれど。三年目にして早くも当たるとは……。

 まだ、あの時のことを忘れられないっていうのに――。

 ああ、いけない、いけない。もう十年も経っているんだ。

 いつまで、あの時のことを引きずるつもりだ! 

 わたしは、あの頃の無力な小娘じゃない。

 もう、大人なんだ。しっかりしろ!

 わたしは、重苦しい気持ちを払うように心の中で自分を叱咤した。自分を勇気づけるように学校の中へと入る。

 わたしが来たことに案内役の教師が気付き、職員室にいる先生方にわたしを紹介し、臨時で受け持つクラスを案内して貰った。

 教室に入ると、内装が十年前と見違えて新しくなっているし、制服もブレザーに代わっていて何より校則がゆるくなっていたことに驚いた。

 わたしの時は、厳しくてオシャレも出来なかったのにと。ちょっと、生徒達を羨ましく思いながらも、わたしは自己紹介をする。

「臨時であなた達の担当をすることになった、小沢みのりです。二ヶ月という短い間だけど、よろしくね」

 自己紹介を終えると、生徒達の質問の嵐がわたしに降りかかった。

 歳はいくつだの、彼氏はいる? といった定番の質問を答えたり、かわしたりした。こうして生徒達と友好な関係になっていくことに時間は繋らず、わたしがあの時のことを思い出す暇がない程、授業やテスト対策などの忙しい日々を送ることになって行った。


 テスト期間が終わって、みんな、活き活きとやっと夏休みだーー!! と歓喜し、夏休みにどこに行こうかと話し合っている生徒達を見て、わたしにもこういう時期があったなと懐かしんでいると。

 一人の女生徒が二人の女生徒に怪談を披露しているのが見え、わたしは何となく興味が湧いたので聞き耳を立てた。

 このあと、わたしは聞き耳を立てたことを後悔する。

「ねえ、スズモリ・ユミって知ってる?」

 その名前を聞いた瞬間、不自然に心臓がドクンと波打ち、冷や汗が流れる。

 その女生徒の問いかけに女生徒の二人は首を横に振る。

 首を横に振った一人が問いかけた女生徒に尋ねた。

「誰、それ? てか、都市伝説?」

 尋ねた女生徒に、よくぞ聞いてくれたという顔でその女生徒は友人二人に話し出した。

「スズモリ・ユミっていうのは、我が校の生徒で十年前、夜中に身を潜めていた指名手配犯に見つかって殺された子でね。夜中の二時に血塗れた姿で校舎を歩き回って出るんだって!!」

 手を垂れさせて脅すように言う彼女に話しを聞いていた二人は面白半分にキャーキャーと騒ぐ。彼女達の悲鳴に答えるように女生徒は恐ろしそうに二人に語る。

「そのスズモリ・ユミの幽霊は噂じゃ、童謡のかごめを唄いながら誰かを探してるみたいだよ」

 騒いでいる内の一人が彼女に笑いながら言う。

「何それ、怖っ!? 探してる誰かって、殺人犯しかいないじゃん」

 すると、手を垂れさせていた女生徒がさっきと打って変わって真面目な表情で二人に語る。

「実は、うちの妹が実際に見たんだよ……。そのスズモリ・ユミの幽霊を……」

 彼女の言葉にそれまで騒いでいた二人は息を飲んだ。

 そのうちの一人が恐る恐る彼女に尋ねる。

「えっ、本当に? やだ……、怖い……」

 震える彼女達に女生徒は低い声で、自身の妹の恐怖体験を語りだした。



 あの日、妹は教師に無理を言って、夜の九時ぐらいまで部室に残って絵を描いていた。もう、そろそろ帰る時間だと思い、道具を片づけて帰り支度をしていると、何処からか音のようなものが聞こえてきた。

 何だろう? と妹は不思議に思って耳をすませる。


 かーごめ、かーごめ、かーごのなーかの、とーりぃはー、

 いーつ、いーつ、でーやぁる、よあーけーの、ばーんに、

 つーるとかーめが、すーべった、うしろのしょーめん、

 だぁれー?


 聞こえてきたのは、童謡のかごめだった。

 妹はその唄を聞いて気味が悪くなった。自分以外の生徒は居ないはずなのに。 一刻も早く、この場から離れたかったが、妹はそうすることが出来なかった。

 なぜなら、ソレは段々と部室に近づいてきたからだ。

 妹は怖ろしくなり、咄嗟に机の下に隠れた。

 震える身体を必死に押さえながら、ソレが通り過ぎることを祈った。

 ソレは妹の部室の前まで来ると、ピタリと唄が止み、何かを言い始めた。

「……ん………さ……い……み……ん」

 その声はハッキリと聞こえる音なのに、何故か、ノイズが繋っているような感じで、何を言っているのか聞き取れない。

 聞き取れないが、ソレは壊れた蓄音機のように何度も何度も言葉を繰り返す。 いつまでも、そこに居続けるのかも知れないという恐怖に駆られ、妹の限界が来る。気絶する直前に、ソレの言っていた言葉の最後だけがハッキリと聞き取れた。

《みぃちゃん》と。



 女生徒が語り終えると、付け足すように答えた。

「妹が最後に聞いた言葉、あれ、殺人犯じゃなくて《みぃちゃん》って子を探しているみたい……」

 わたしは、《みぃちゃん》という名に動揺する。

 五月蝿いくらいに心臓が激しく鼓動を刻む。

 もう、これ以上、あの時のことを思い出したくない。

 わたしはワザと大きな声で生徒達に声を掛ける。

「さあ、みんな! テストが終わって嬉しいのは、よく分かるけど、浮かれ過ぎ! 夏休み中の補習と先生達の愛のプレゼントがあることを忘れちゃあダメよ」

 それまで、活き活きとしていた生徒達から一斉にブーイングの嵐が降る。

「せんせー、嫌なことを思い出させないで下さーい!!」

 生徒達の笑い声を聞きながら、不安を悟られないように、わたしはHRを始めた。HRを終えたあと、わたしは生徒達に笑顔で帰りを(うなが)す。

 そのあとは、職員室でテストの採点と成績評価を付ける作業に取り掛かる。

 採点と評価を付け終った頃には、完全に日が沈んでいて、いつの間にか、わたし一人だけになっている……。

 時計を見ると、もうすぐで八時になろうとしているところだった。

 わたしは目を丸くしながら思わず叫んだ。

「もう、こんな時間!? ヤッバ、見回りしないと……」

 わたしは急いで書類などを片付けると、懐中電灯を持って慌てながら、職員室を出た。

 わたしは隈なく校舎中を見回った。どこにも異常がないことに安堵する。

 ふと何気なく自分の腕時計を見る。丁度、九時になるところだった。

 すると、ポツポツと、雨が降り始める音が聞こえ、次第にザアザアと激しい雨音に変わり、稲妻が走る。早く帰らないと、このままでは帰れなくなってしまう。わたしは直ぐにでようとした。

 その時、微かに唄声のようなものが聞こえてきた。


 かーごめ、かーごめ、かーごのなーかの、とーりぃはー、

 いーつ、いーつ、でーやぁる、よあーけーの、ばーんに、

 つーるとかーめが、すーべった、うしろのしょーめん、

 だぁれー?


 聞こえてくる唄が童謡のかごめだと気付くと、わたしは唄が段々と近づく恐怖から逃げた。逃げながらわたしは十年前の忌まわしい記憶を思い起こしていた。



【十年前】

 わたしとユミは、幼馴染という事もあり、何処へ行くにもいつも一緒で、大親友だった。ユミは可愛くてわたしと違い頭が良かった。

 わたしは、そんなユミを自慢に思っていた反面、憎くて嫌いだった。そして、ユミに嫉妬するわたしも、大嫌いで自己嫌悪に陥ることを繰り返していた。

 それでも、わたしはユミが大好きでいつも仲良しで居たかった。変わらず、一緒にいるものだと思っていた。

 そう、あの日までは――。

 あの日、わたしが片想いしていた男の子が、ユミに告白しているところを目撃してしまった。わたしは、ユミなら仕方がない、わたしなんかよりも可愛いし、お似合いだ。

 なんて、諦めの気持ちと劣等感がわたしの中で渦巻いていて、ユミは承諾するものだと思っていた。

 ユミはその男の子に笑顔で拒絶した。

「やだ、付き合わない! みぃちゃんがアナタのことが好きだから付き合わない!! 私はずっと親友で居たいし、みぃちゃんが私以外の誰かと一緒にいるのなんてやだ!! だから……、付き合わない」

 わたしは、ユミの言葉に驚いて立ち(すく)んだ。気まずい中、男の子が出て行くのを呆然と見送った。わたしはユミに沸々と怒りが湧き上がっていくのを感じた。

 ふざけるな!! わたしを引き立て役にしている癖に、好きな人を奪った癖に、わたしに誰とも付き合わせないだって!

 わたしは、あんたと一緒だなんてゴメンだ!!

 この時、わたしはユミを懲らしめてやろうと心に決め、何食わぬ顔でユミに探し物を一緒に探して欲しいと声を掛けた。ユミは快く承諾してくれた。

 ユミに分からないように、わたしは、ほくそ笑んだ。

 適当にユミを連れ回して夜の八時になる頃にユミを美術室に閉じ込めた。

 閉じ込められたユミは驚いてわたしに助けを求めた。

「みぃちゃん、開けて!! なんで閉めるの!?」

 わたしは、さっきの出来事と今まで溜まっていた鬱憤をありったけの声で叫んだ。わたしが叫んだあと、ユミは泣きながらわたしに謝り続けた。

「ごめんなさい、みぃちゃん。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。許して、許して、許して、開けて、開けて、許して、許して、開けて、許して、開けて、開けて、許して、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…………、みぃちゃん」

 ドンドンと扉を叩きながら、謝り続けるユミを許すことが出来ず、わたしはユミを閉じ込めたまま、振り返らずに学校を出た。まさか、あんな事になるなんて思わずに――。

 翌日になると、学校は大変な騒ぎになっていた。

 ユミが殺された――。

 ショックで言葉が、涙が出なかった。わたしはユミに謝ることが出来ない。二度と仲直りが出来ない。

 数ヶ月後にユミを殺した指名手配犯が捕まったが、いつまで経っても、親友の死に立ち直れないわたしを心配した両親は、この村から引っ越すことを決め、わたしは二度とこの地に来ないことを誓った。



 思い起こしている間に、かごめの唄に混じって、後ろからローファーの音が響き渡る。


 コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、

 コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、

 コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ。


 わたしは必死で逃げている為か、玄関口に向かえばいいものを、冷静な判断が出来ず、咄嗟(とっさ)に美術室に駈け込んだ。

 美術室に入り、急いでアレが入って来ないように、椅子を置いた。わたしは、机の下に隠れ、息を潜めてアレに見つからないことを願った。

 願いが通じたのか、ピタリと唄が止んだ。もう、行ったのかと安堵する。

しかし、わたしの願いは虚しくも散ることになる。唄は止んだ代わりに扉がガタガタと揺れだし、ソレが言葉を発する。

「……ん………さ……い……みぃ……ん」

 何度も、何度もノイズの掛かった言葉を繰り返している。この声……。

 この声は、わたしが聞き間違えるはずがない。これはユミの声だった。

 ユミはわたしを探していたんだ。わたしはノイズの掛かったユミの言葉を聞きたくなくて耳を塞いだ。すると、ユミは美術室にわたしが居ることを知っているかのように、扉を激しく叩く。

 激しく叩いたお蔭で扉が開き始めた。

 そこには、血だらけのユミがいた。わたしは恐怖に駆られたが、手に持っていた懐中電灯をユミに目掛けて投げた。

 ユミが怯んだのを見計らって、わたしは美術室の窓から逃げ出すことに成功し、そのまま、校庭を突っ切ろうとした。

 メキメキと不気味な音が鳴り、焦げ臭い匂いと共に黒い影がわたしを覆う。

 ああ、もう駄目だ。死という文字が頭を掠めた瞬間、強い力でわたしは突き飛ばされた。

 ズッドンと地鳴りの音が響き、その衝撃でわたしは頭を打ち付ける。ズキズキと痛みが広がるなか、わたしは血だらけのスカートを垣間見ながら、気絶してしまった。



 わたしが気付いた頃は病院のベットに寝かされていた。

 どうやら、頭に負った傷に加え、雨の中倒れていた所為で肺炎に成りかけの危ない状況だったらしい。

 先生方や生徒達に心配されながらも、三日後には無事に退院することが出来た。そして、今日、先生方と生徒達がわたしの為に、退院祝いとお別れ会を開いてくれた。

 わたしは嬉し涙を流しながら、お世話になった先生方と生徒達にお礼を言い、お別れ会を思いっきり楽しんだ。


 お別れ会が終わると、三日前と同様、わたしは学校に残っていた。

 もう一度、ユミに会う為に。

 助けてくれた事と、あの時のことを謝る為に。

 わたしは美術室に入り、夜の九時になるのを待った。

 すると、あのメロディが暗い闇の中から響き渡る。


 かーごめ、かーごめ、かーごのなーかの、とーりぃはー、

 いーつ、いーつ、でーやぁる、よあーけーの、ばーんに、

 つーるとかーめが、すーべった、うしろのしょーめん、

 だぁれー?


 唄声に混じり、微かにローファーの音が響き、わたしの居る美術室に近づいて来る。


 コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、

 コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、

 コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ。


 美術室の前まで来ると、唄声と靴音がピタリと止む。

 そして、ユミは扉をガタガタと激しく揺らし、ノイズの掛かった言葉を繰り返す。

「……ん………さ……い……みぃ……ん」

 わたしはユミにあの時のことを嗚咽しながら、今まで心の奥底に封じ込めていた罪悪感をぶつけた。

「ユミ、あの時、暗い美術室に閉じ込めてごめん!! わたしのつまらない嫉妬の所為であんたが殺されるなんて思わなかった!! わたしは、ただ、懲らしめたかった……。それで、朝にはあんたと仲直りして、いつもと変わらず、一緒にいるもんだと思ってた!! あんたが、死んだ事が、信じられなくて……。逃げてごめんなさい!!」

 一気に心の内を吐き出したあと、わたしは、最後にありったけの思いで叫んだ。

「そして、こんな、わたしを助けてくれて、ありがとう!!」

 すると、わたしの言葉をユミに届いたのか、ガタガタと揺れていた扉とノイズ混じりの言葉が聞こえなくなった。

 わたしは、その場で泣き崩れた。

 泣き崩れた瞬間、身体が重くなり、ソレは耳元ではっきりと聞こえる声で囁いた。



《死んでも、許さないよ。みぃちゃん》



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