始まりの魔法陣
爺ちゃんが死んで暫くが経った。
活気にあふれた元気な人だった。死因は老衰死。段々と活気が感じられなくなっていったが、それでも最期は笑顔だった。
彼の遺品の整理はだいたい片付き、残すは彼がよく籠もっていた地下室のみとなった。地下室のドアノブに手を掛け、回そうとする。突然、呼び鈴が響いた。
玄関に向かい、ドアスコープを覗く。ドアの向こうには長い黒髪の、そっくりな双子の姉妹がいた。ドアを開けてやると姉の方がすぐに口を開いた。
「やっほー! 荷物持ってきたよー」
「ああ。上がってくれ」
姉は真衣、妹は沙樹という。
この家は一人で住むには広いため――とは言っても、二人で住むにも十分広かったが――彼女らも一緒に住むことになったのだ。正確には無理やり真衣に妥結させられたのだが。
彼女らは双子の姉妹と言っても大分対照的だ。うるさい方が姉の真衣、口数の少ない方が妹の沙樹ちゃん。真衣は結構スカートを穿くが、沙樹ちゃんは基本的にズボン。そして、何よりの違いが瞳の色だった。真衣は赤い瞳だが、沙樹ちゃんは青い瞳だ。俺は昔から見ているせいか、なんとなくで見分けられるが他の人達はそういう所で見分けるらしい。
俺は玄関のドアを限界まで開けると、ドアストッパーで固定した。
彼女らの荷物預かって上がり框に上げ、彼女らを家に上げた。すると、次には心地よい秋風が舞い込む。後で散歩でもしようかと考えてドアを閉めた。
俺達はリビングに入って一休みした。
「わたしがご飯を用意してますから、その間姉さんとお兄さん(俺の事)はくつろいでいてください」
「うん、じゃあ松ちゃん何しよっか」
どうやらくつろぐという選択肢は真衣には無いらしい。まあ俺も地下室の整理をするつもりだったが。
「俺はまだ遺品整理残ってるから、それかな。今日中にそれ片付けちゃいたいし」
「じゃあわたしも一緒しよっかな」
俺達は立ち上がって、沙樹ちゃんによろしくしてリビングを出る。仲良く話しながら地下室のドアの前まで移動する。
地下室のドアノブに手を掛け、回す。だが、ドアノブは回らなかった。押してみても引いてみても――ドアノブを回していないのだから当然だが――開かない。あり得ないと解りながらスライドさせようと試みても、やっぱり開かなかった。そうして暫く静止していると、
「どうしたの?」
今になって爺ちゃんとの死別を悲しんでいると思われただろうか。俺はそれを訂正する気持ちで答えた。
「いや、なんか……回らなくって」
「えっ。ちょっと貸してみて」
そう言われて握りっぱなしだった手を離すと、ドアから身を引いた。
真衣はすぐにドアノブに手を掛け回すと、ドアを押し開いた。
「回るわよ?力入れすぎたんじゃないの」
「うーむ、かも知れない」
ドアノブの事を気にかけながらも地下室に入った。
中にあったのは古めかしい本棚と新しそうな執筆机だった。
「うわー! すごい! 結構勉強家だったもんねえ」
彼女は心底驚いたような顔を浮かべ、本棚を眺めた。俺も一緒になって眺める。
本棚には本がびっしりと並べられている。ほとんどの本は未知の言語で書かれていて、読むことが出来ない。色々な言語を思い浮かべても、その言語には該当しなかった。
本の見出しを一つ一つ確認していくと、日本語で書かれた本があって、ホッと安心する。表紙のデザインは童話の絵本を思わせる。「まかいの王さま」。その本はそういうタイトルだった。
その本を開くと、真衣も一緒に覗き込んだ。
「子供向けの絵本だね」
「うん。昔読み聞かせてもらったかも知れない」
本を閉じてそっと本棚に戻す。本棚から離れ机の前に移動する。
机の上には、先ほどの未知の言語で書かれた本が一冊置かれていて、それ以外には何も無い。
机の脇には蓋のない木箱があり、丸められた紙が幾つも入っている。その内から一つを取り出す。
そうしている間に、真衣が机の引き出しを開けていた。
「インク瓶? それからこれは……万年筆ね」
「勉強用の机か。この部屋は勉強部屋ってことかな」
言いながら手に持った巻紙を広げてみると、それにはファンタジーに登場する魔法陣のようなものが描かれていた。
魔法陣に触れると紫色に輝き始め、狭い部屋の中に閃光が走った。