09.独り
「僕の部屋は、反対側の階段の近くだから、何かあったら遠慮しないで呼んでね」
宗教が部屋を出る。フタバと執事も後に続き、また政晶一人が残された。
言われた通り、クローゼットに衣類と教科書、学用品を詰めた。
家族で使っていた物は、商都で処分してきた。
母の遺言で、形見は一切残していない。
父の実家に持ってきたのは、政晶個人が使っていた物だけだ。すぐに片付く。
することがなくなると、とたんに寂しさが胸を圧迫し始めた。
父はまだ戻らない。
戻ったところで、元々、年に数える程しか一緒に居なかった相手だ。
母が居なくなった今、何を話せばいいのか、わからなかった。
手持無沙汰な春休みだった。
転校で宿題はなくなり、引越しで知り合いも居ない。
政晶は何もする気になれず、ただ時が経つのを待って過ごした。
平日は、看護師の月見山と二人で留守番。
土日は、父に連れられ、近所の市場や公園、四月から通う中学に行った。
そこでも会話にならず、父の一方的な説明に終わった。
料理は父と経済が作った。二人とも健康的な薄味。
宗教だけ別メニューだった。
月見山と双羽が交代で、内容も量も離乳食のようなものを用意する。
メイドのクロエは初日以来、見かけなかった。
月見山は、母よりも年配の女性で、いつ見ても完全仕事モードの顔をしている。
母が入院していた病院の看護師たちと同じ空気を纏い、政晶は話し辛かった。
初めての顔合わせでも、持病とアレルギーの有無を聞かれただけで、他の話は一切しなかった。
政晶は父に似たのか、幸い、体は丈夫で、持病もアレルギーもない。
医療従事者の月見山は、健康な子供には用がないのだろう。常に付き添いを必要とする宗教の世話で、忙しいからかもしれない。
ずっと宗教の寝室か、宗教の書斎の隣にある自室にいるらしく、食事時以外は滅多に姿を見なかった。
双羽は、父より年上にも年下にも見える。どういう立場なのかも、よくわからない。
どこで習ったのか、日之本帝国の伝統料理も普通に作っていた。
言葉は通じるが、月見山とは別な意味で、話し掛け難い雰囲気を持っている。
月見山同様、宗教の部屋か、宗教の寝室の隣にある自室にいるらしい。
宗教の傍にはこの二人の他、いつも執事の黒江が控えている。
政晶は、執事が食事しているところを見たことがなかった。
どの部屋が割り当てられているのかもわからない。
執事も母と同じくらいか、少し年上に見えるが、髪は黒々としている。よく見ると目が琥珀色で、日之本帝国人ではなさそうな顔立ちをしていた。
一週間が過ぎ、ますます疑問が募った。
父は留守中に溜った仕事を片付けているのか、平日は食事以外では顔を会わせない。
体が弱い宗教は勿論、眼鏡の経済も、ほぼ自室に籠っている。
広大な屋敷で家族がバラバラに過ごしていて、一緒に住んでいる実感が湧かなかった。