89.雑種☆
クロエが、敷布団の端を握って身構えている。
寝台に剣が突き立っていた。その柄から手を離し、近衛騎士が呪文を唱え始めた。
憎悪に満ちた目が、政晶を睨みつけている。
〈トモエマサアキ、体を貸せ!〉
建国王の声が脳裡に響く。
剣が政晶の意思とは無関係に鞘走り、近衛騎士に向けられた。
騎士の術が完成する。術は建国王の力に阻まれ、政晶まで届かずに効力を失った。
騎士は、寝台に刺さった剣を抜いた。
「王家の野茨に雑種はいらん!」
「曲者だ! 出会え!」
政晶の口が、湖北語で援護を呼んだ。腹に響く重い声。政晶の声ではない。
近衛騎士が寝台を乗り越えてきた。
クロエが布団を投げつける。扉が開き、廊下の騎士たちが駆け込む。
近衛騎士が左手で布団を撥ね除け、斬りかかった。
政晶は声を出すことも出来ない。
建国王が騎士の懐に飛び込む。剣を一閃し、右腕を斬り飛ばした。剣を握った腕が床に転がる。
入ってきた騎士は事態を把握できず、狼狽した。
「捕えよ! 舞い手を狙う暗殺者だ!」
二人は建国王の命令に従い、同僚を捕縛した。
術で声を奪われた近衛騎士の口が、尚も何事か呪詛の言葉の形に動いている。
政晶は、生身の人間の肉と骨を断った感触に怯えた。近衛騎士の眼に腕を切断された痛みはなく、政晶への憎悪を漲らせ、異様に輝いている。
建国王がその眼を睨み返し、一喝する。
「この者は、我の裔冑だ。害するとは何事ぞ」
捕縛された近衛騎士の体から、黒い茨の蔓が噴出した。鋭い棘が密生するだけで、花も葉もない。
柄頭で建国王の【魔道士の涙】が、若葉色の強い光を放つ。
光に触れた黒い茨が萎縮する。
「ご無事ですか?!」
双羽隊長が駆け込んできた。
一目で状況を把握し、腰から剣の柄を外す。刃のない鍔を胸に押し当て、引き抜く。
隊長の体から、白く輝く光の刀身が現れた。
建国王が、近衛騎士を睨みつけたまま寝台を回り込む。
建国王の剣を持つ政晶が離れた分、黒い茨の蔓が伸びる。
双羽隊長が、政晶を背にして立った。
建国王が呪文を唱え、左手で隊長の肩に触れた。
三界の眼の視界を与えられた隊長が、息を呑む。
「そんなにも、憎んでいるのですか……」
その言葉に、騎士たちが怯えた目で同僚を見る。憎悪の茨に浸食され、捕縛の術が振り解かれた。
近衛騎士が、右腕から血を滴らせながら詰め寄る。
「小隊長! 何故、退魔の魂である貴女まで、雑種の存在を許すのですかッ?」
剣の形をした退魔の魂を構え、双羽隊長は感情を抑えた声で説得を始めた。
「口を慎みなさい。陛下は深いお考えの許、国を開かれたのです。近年、世界の情勢が大きく変わり、国を閉ざしていたのでは、封印を……」
「王家の血が穢れれば、封印が脅かされます!」
近衛騎士は、血を吐くような声で遮った。
王家を慕う心が茨の形となり、政晶の足許に這い寄る。




