表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の血族  作者: 髙津 央
第四章.家族

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

88/93

88.疲れ

 政晶(まさあき)は謁見の間に通された。

 玉座の数歩手前で(ひざまず)く。

 鍵の番人が(かたわ)らに立ち、儀式の首尾を報告した。王族や導師、居並ぶ重臣から感嘆の息が漏れる。


 国王は相好(そうごう)を崩して玉座を離れ、政晶の手を取り立ち上がらせた。

 「よく頑張ったな。ありがとう。ゆるりと休むがよい」

 黙って(うなず)く政晶の頭を撫で、抱きしめる。


 家臣の拍手に紛れ、政晶にだけ聞こえるように囁いた。

 「危険な目に遭わせて申し訳ない。必ずや、無事に親元に帰す……済まない」

 ドブと戦わされた件なのか、暗殺の件なのかわからなかったが、政晶は(かす)かに頷き返した。


 政晶たちが謁見の間を辞すると、報告の為に集められていた王族と導師も廊下に出た。


 〈久し振りの外だ。今日は夜まで汝と共に居たい〉


 政晶が建国王の言葉を伝える。

 クロエの通訳に、凍てつく炎が苦笑しつつ許可を出した。

 「武器庫にお戻り戴くのは、晩餐会の後で宜しかろう」


 昼食は身内だけの気楽な席だった。

 「坊や、よく頑張ったね。しっかりした大人の顔になって……山で随分、苦労があったのね」


 叔父はまだ帰っていなかった。

 隣に座った高祖母(こうそぼ)が、政晶の労を(ねぎら)い褒めちぎる。

 「でも、ちゃんと乗り越えて、無事に帰ってきてくれてよかった。凄く頑張ったのね」

 高祖母の安堵の声が、右から左に抜けてゆく。

 建国王は何も言わず、政晶の代わりに三つ首山羊の王女の言葉に耳を傾けていた。


 「坊やは偉い子よ。坊やの人生にこの先、何があるかわからないけれど、きっとここでの経験が糧になるからね。自分に自信を持って堂々と生きて行くのよ」


 疲れ切っていた政晶は、高祖母の話を上の空で聞き流し、曖昧に頷いた。

 何を食べたのかも思い出せない。



 食後、叔父の私室に案内された。

 政晶の知らない近衛騎士が、廊下に二人、私室に一人、配されている。

 中の騎士が何か用を言いつけ、部屋付きの女官たちは出て行った。


 使い魔は鍵の番人から特に指示を与えられず、政晶と共に黒山羊の王子の私室に置かれた。

 今は何をするでもなく、寝台の枕元で虚空を見詰めて佇んでいる。


 政晶は剣を帯び、靴も履いたまま寝台に倒れ込んだ。

 心身共に疲れ果て、目を開けていられないが、気持ちが昂ぶり眠れない。

 室内警護の騎士が、そっと布団を掛けてくれた。


 今日半日の激しくめまぐるしい出来事の断片が、取り留めもなく脳裡(のうり)に次々と甦っては消えてゆく。

 祭壇の広場で、ドブに襲われた。

 母の声を思い出したせいか、心に触れたドブは、何度も政晶の名を呼んでいた。


 魔法陣から注がれる魔力で、生まれて初めて「魔法」を使った時の精神の高揚。

 赤穂(あこう)のお守りに助けられ、建国王と共にドブと戦い、剣舞を納めて穢れを浄化した。


 王都の手前で、暗殺者に襲われた。

 捨て身の不意打ちのつもりだったのか、他に隙がなかったからなのか、杜撰(ずさん)な襲撃だった。護衛に返り討ちにされ、荷物扱いで運ばれる罪人。


 鍵の番人は、宿舎の管理者を「暗殺の連絡役だ」と言っていた。

 剣舞の直前、三界の眼の視界に入った管理者に、穢れはなかった。

 政晶は、祭壇の広場に到着した日に建国王が言った言葉を思い出した。


 良かれと思い、理想の実現の為には手段を選ばず、悪事を働く者も存在する……

 善意を(もっ)て為す悪事程、厄介な物はない……


 ……管理人のおっちゃん、真面目そうな普通の人やったのに、僕を要らん子や(おも)て、真面目に殺す手伝いしとったんや……


 誰も望まないタダの子供を何故、産んだのか。

 誰もがタダの子供の政晶を必要としていない。

 誰も望まない呪われた子供が生きて何とする。


 ドブの囁きが心に甦る。


 ……僕が生まれたんは僕のせいちゃうのに、何で他所の人の都合で、呪われたり殺されたりせなあかんねん。子供産むんは、親の責任やんか。管理人のおっちゃんも、あのドブも、生まれた責任を子ぉになすりつけんな。ダボが。


 使い魔から、タダ事ではない家庭の事情を説明された。


 ……家庭の事情……友田君も、子供に変な名前付けたり、家の用事とか全然せぇへん「最悪な親」や言うとったけど……


 あの日の友田の横顔が心に浮かび、胸が痛んだ。


 ……僕の祖母ちゃん、三つ子の兄弟やのに依怙贔屓(えこひいき)して差ぁ付けたり、自分の子ぉやのに気色悪い言うてどつきまわしたり、体弱い子ぉやのに世話せんかったり……


 政晶は使い魔クロエの言葉を思い出し、震える肩を抱いた。


 ……殺そうとしとったとか、「最悪」のレベルかっ飛ばし過ぎやろ……


 叔父の眼鏡の理由に心の芯が凍った。

 叔父が母の死を喜んだ胸の内に思いを馳せる。

 連想で母の病床を思い出し、涙が溢れそうになった。

 自分一人が母から大切にされて育った事に申し訳なくなる。

 父は、父親とは仕事をする者だと思って育ったのだ。

 父が、母に普通に扱われる自分を羨んでいる。

 父の行動理由に思い至り心が震えた。


 疲れ切っている筈なのに、目を閉じても眠れない。

 取り留めもなく考えを巡らせていると、すぐ傍で人の気配がした。

 寝台の隣に誰かが立っている。

 敷布団が勢いよく横に引かれた。政晶はその気配の反対側に、布団ごと転がり落ちる。


 剣の(つば)が脇腹に食い込んだ。痛みに、これが現実だと思い知らされる。

 訳がわからないまま、立ち上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』

【関連が強い話】
碩学の無能力者」 友田君のその後。
飛翔する燕」 騎士〈雪〉たちの護衛任務直前の様子。
汚屋敷の兄妹」 巻末の家系図左半分の人たちの話
汚屋敷の跡取り」 巻末の家系図左半分の人たちの話別視点

野茨の環シリーズ 設定資料
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ