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野茨の血族  作者: 髙津 央
第四章.家族

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87.兄弟

 「クロエさんって、いつからおっちゃんに飼われとん?」

 「私はご主人様のペットではありません。ご主人様のお役に立つ下僕です」

 侍女の形をした使い魔が、憮然として言い返す。


 この魔法生物は、猫ではないのだ。


 「えーっと、なんやようわからんけど、ごめん。いつから家におるん?」

 「ご主人様が御歳(おんとし)七つの時よりお仕えしております」


 ……おっちゃん、小一ん(とっ)から魔法使いなんや……!


 政晶は驚いたが、その件には触れず、別の疑問を口にする。

 「おっちゃんら兄弟の親……僕の祖父ちゃんと祖母ちゃんって、どんな人やったん?」

 「父上は、存じません」

 「えっ?」

 「ご主人様は、父上とは一度もお会いしたことがございません」


 使い魔は、家で耳にした会話の断片から、政治(まさはる)経済(つねずみ)は何度か父を目撃したらしい、と判断していた。


 三つ子の父は家庭を顧みず、早朝から深夜まで働いていた。

 父は宗教(むねのり)の入院中、一度も見舞いに訪れず、退院後も宗教の部屋には入らなかった。

 三つ子の学校行事には、一度も参加しなかった。

 そして、小学六年生の春休みに亡くなった。


 常に宗教(むねのり)の傍に居た為、使い魔も(あるじ)の父を見たことがない。

 生活の時間帯が合わない父は、宗教と一度も顔を会わせることなく、出張に向かう旅客機の墜落事故で亡くなった。

 遺体は回収不能で、墓には何も入っていない。


 父の死で初めて、本国にも大使館にも、三つ子の存在が知らされていなかったことがわかった。

 大使が、事故を報じる新聞で父の写真を見つけ、巴家に確認したことで発覚した。


 「緑のおっちゃん、暢気(のんき)やなぁ……そしたら、祖母ちゃんは?」

 「あの女は、ご主人様の敵です」

 使い魔は、忌々しげに吐き捨てた。


 母は、父とは違う理由で宗教の見舞いをしなかった。

 出産直後に「双子の育児だけでも大変なの」と世話を放棄し、「こんな化け物要らない」と拒絶した。

 化け物呼ばわりの理由は不明だ。


 宗教(むねのり)の退院後、祖父が住み込みの看護師を雇い、世話を任せた。

 契約直後の使い魔は、タダの猫のフリをするよう命じられた為、何もできなかった。


 霊視力を持つ経済は幼少の頃、「お化けがいる」と恐がっては、母に「気持ち悪いこと言わないの!」と殴られていた。

 母は、半視力(はんしりょく)で健康な政治(まさはる)だけを異常に可愛がり、何かにつけて兄弟二人と差をつけた。

 政治はそれを煙たがり、部屋に籠って母を避けていた。


 ……どないしよ……もっと恐い話やった……でも……


 気になるので、クロエの話を遮らず、続きに耳を傾ける。

 「丁度、今頃の季節でした」



 クロエが宗教(むねのり)の使い魔になった数カ月後。

 母は、看護師の不在を狙って点滴を外し、宗教を殺そうとした。

 それを阻止しようとした幼い経済を「これは化け物なの! あんたも同類だから(かば)うのッ?」と、点滴の支柱で殴った。

 その傷が元で、経済(つねずみ)は肉眼の視力が著しく衰えた。


 部屋に戻った看護師が二人を庇い、暴れる実母から生命を守った。

 その後は、看護師と当時居た住み込みの家政婦と祖父の三人が、交替で宗教の部屋に詰め、実母の手から守った。

 宗教の部屋の簡易ベッドは、母の死後も当時のまま置いてある。


 ……キツそうなおばちゃんや(おも)とったけど、看護師さん、めっちゃえぇ人やん……


 三つ子が八歳の秋、身重の母は交通事故で亡くなった。

 事故当日の朝、宗教は「お母さん、今日、死んでいなくなるんだよ」と口を滑らせた。


 三界の眼は、人の寿命の残りを測ることもできる。

 範囲は能力の強弱に()るが、宗教(むねのり)は残り十年以内なら日付まで正確にわかった。


 入院中は他の病児の死期を言い当て、看護師らにそんなことを言わないよう、(たしな)められていた。

 実家で油断したのか、余程嬉しかったのか、経済(つねずみ)と話している所を母に聞かれてしまった。


 「この化け物! またそんなこと言って! お母さんには、まだまだやることがたくさんあるの! 赤ちゃんがいるから死ねないの! お前が代わりに死んで親孝行なさい!」


 宗教の腕を掴んで家から引きずり出し、その日の予定通り、駅前の美容院に向かった。

 救助の命令を与えられなかった使い魔は、黒猫の姿で(あるじ)を追った。


 母は信号を渡りながら「この愚図! さっさと歩きなさい!」と、宗教の腕を強く引いた。

 母の歩く速度について行けず、宗教は転倒した。

 そこに、居眠り運転のトラックが突っ込み、避ける間もなく数人が薙ぎ倒された。トラックは、母を数十メートル引きずって街灯に衝突し、大破した。

 トラックと接触する前に転倒し、母の手から離れていた宗教(むねのり)は、擦り傷で済んだ。



 「ご命令下されば、私が、この手で、あの女を八つ裂きにしましたのにね」

 クロエは怒りに身を震わせ、悔しげに締めくくった。

 政晶は、恐怖に身を震わせ、形式的に礼を述べて使い魔との会話を打ち切った。

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地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』

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