表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の血族  作者: 髙津 央
第四章.家族

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

84/93

84.討祓

 母に会う度、きちんと食べているか心配された。

 面会時間が終わった後、一人で帰った暗い家の寒さを思い出す。

 母を心配させない為だけに摂った一人の食事。何を食べていたか思い出せない。

 冬の夜は長く、一人の家は広かった。

 寝て起きればすぐ朝になる筈が、なかなか眠れなかった。


 呪われた自らも、この世の全てを拒めばよい。


 ……ホンマはもっと、母さんが生きとう間に甘えときたかった!


 誰もがお前の求めに応じず、助けには来ない。


 ……死んでまうて、わかっとったら……もっと()よ、父さんにも言うとった!


 自らも、この世の全てを拒絶し、呪えばよい。


 ……もっと(はよ)うに、父さんに来て欲しい言うとったわ!


 「視界の外なる焔光陽炎(えんこうようえん)纏い、(さと)し剣、()やらい、穢れ討ち、外なる(がい)断て、慧し剣」


 右手の指先が、固い物質に触れた。

 右足の甲の上だ。

 力いっぱい掴んでドブ水の上に引き揚げる。


 誰もがお前を認めず顧みず、気にも掛けない。

 誰もがお前の望みに応じず、心を満たさない。

 誰もがお前の求めに応じず、助けには来ない。

 刃が指に食い込み、ドブ水の上に鮮血が滴る。


 「()ぎ祓え、祓い清めよ、破魔(はま)(つるぎ)()箭霊(さち)呼び、弓弦(ゆづる)鳴らせ」


 ……ホンマはもっと……ちっさい時みたいに、ずっと、三人で! 家族みんなで……家に! 一緒におって欲しかったんや!


 政晶(まさあき)の頬を熱い滴が伝う。

 そのまま一気に引き上げ、剣を持ち替えた。政晶の血と涙が触れたドブ水に穴が穿(うが)たれる。


 〈よくぞ持ち(こた)えた。このまま続けよ。我の力を解放する〉


 手の中に帰ってきた建国王の声が、政晶を力強く励ます。

 政晶は血でぬめる(つか)をしっかりと握りしめた。痛みが却って意識を鮮明にする。

 建国王の涙が若葉色に輝く。


 国は、政晶を利用して捨て去ろうとしている。

 用済みになれば、この国からも、拒絶される。

 誰も望まないタダの子供を何故、産んだのか。


 穢れと瘴気のドブ水が、再び二人を分かとうと、激しく波打つ。

 政晶はそれに構わず、足を肩幅程度に開き、左足を半歩前に出した。


 ドブ水が顔に跳ねたが、気にせず両手で剣を正眼に構え、大きく円を描く。ドブ水が円形に(えぐ)れ、政晶の正面からなくなる。

 剣を顔の正面で横に構え、一呼吸止める。

 左手を離し、右手だけで横に薙ぐ。

 この世ならぬ瘴気(しょうき)のドブ水が斬撃(ざんげき)から()がれ、政晶の右側に大きく空間が(ひら)いた。


 切先を天に向け、ゆっくりと前に降ろし、正面に突きつける。

 封印の導師と護衛の騎士、使い魔のクロエと主峰の心の姿が見えた。

 慈悲の谷と(あざむ)く道は、休まず呪歌を演奏している。

 鍵の番人が、童歌(わらべうた)のような癒しの呪文を唱える声も聞こえた。

 そのまま体全体を使った大きな動作で空中に文字を書く。


 天の(ことわり)、地の恵み、水の情けと火の怒り、

 我にその大いなる助力与え、この血に熱()び、心に勇気(とも)せ。

 蒼穹(そうきゅう)(もと)(ただ)しき(ともしび)よ、

 如何(いか)なる疏明(そめい)(しりぞ)ける峻厳なる光よ、

 咎人(とがびと)(ひそ)かな(たくら)(あば)け。


 建国王が示す文字の映像を慎重に剣でなぞった。一文字ずつ、正確に。


 視界の外なる焔光陽炎(えんこうようえん)纏い、

 (さと)(つるぎ)()やらい、穢れ討ち、

 (うち)なる(がい)断て、慧し剣。

 魔の目貫け、慧し剣、儺やらい、魔滅せ。

 日々に降り積み心に(よど)む塵芥、洗い清めよ、祓い清めよ。

 視界の外なる焔光陽炎纏い、慧し剣、儺やらい、

 穢れ討ち、外なる碍断て、慧し剣。

 魔の目貫け、慧し剣、儺やらい、魔滅せ。

 夜々(よよ)に降り積み(ちまた)に澱む塵芥、洗い清めよ、祓い清めよ。


 先に鍵の番人の術が完成し、手の痛みが引いた。

 政晶は、祭壇の広場の外で見守る大人たちに頷いて見せた。

 鍵の番人が再び、追儺の呪歌を歌う。


 ()ぎ祓え、祓い清めよ、破魔(はま)(つるぎ)、日の箭霊(さち)呼び、弓弦(ゆづる)鳴らせ。

 巡り()る因果の糸のその先に(いまし)めて(いまし)めに()まし魔を(いまし)めよ。

 破魔の剣、日輪(ひのわ)(かげ)らす雲を薙ぎ、月を翳らす(もや)を祓え。

 射交矢(いくさ)祝的(しゅうてき)し、祓えども心許すな、

 三界の魔誘(いざな)う深淵の螺旋、我欲の沼を出で祓い清めよ。

 日の箭霊(さち)呼び、(つる)打ち残心(ざんしん)せよ。


 ドブ水が、政晶の体の周囲から居なくなる。

 剣の軌跡が、光の弓を創り出す。刃が照り返す夏の日射しが無数の矢となって降り注ぎ、ドブ水を穿(うが)つ。

 政晶(まさあき)は剣を文字の形に振るい、ドブ水を追うように祭壇の広場を縦横に舞う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』

【関連が強い話】
碩学の無能力者」 友田君のその後。
飛翔する燕」 騎士〈雪〉たちの護衛任務直前の様子。
汚屋敷の兄妹」 巻末の家系図左半分の人たちの話
汚屋敷の跡取り」 巻末の家系図左半分の人たちの話別視点

野茨の環シリーズ 設定資料
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ