83.護符
目を遣ると、そこだけドブ水が避けている。友田と赤穂合作のお守り袋だ。
……そうや、赤穂君……転校してもたけど、友田君も、折角友達になったんや。
政晶は、帰国後、ムルティフローラの話をすると、メールすると約束したことを思い出した。
心がこの世に繋ぎ留められる。
誰もがタダの子供の政晶を必要としていない。
母は、政晶をこの世に置き去りにして逝った。
誰もがお前の望みに応じず、心を満たさない。
父は、政晶を家に置き去りにして仕事に行く。
……赤穂君も友田君も、僕に魔力がのうても笑ろたり、バカにしたりせんかった。
誰もがお前の求めに応じず、助けには来ない。
国は、政晶を利用して捨て去ろうとしている。
誰もがお前を認めず顧みず、気にも掛けない。
……ムルティフローラ王家の徽があるのに魔力がない、能無しって笑わんかった。
この世の全てが拒むなら、自らも拒めばよい。
誰も望まない呪われた子供が生きて何とする。
無様に生き恥を晒すなら、全ての滅びを望め。
……僕が死んだら、赤穂君たちが悲しむ。
ドブ水が、政晶の心に染み込んでくる。
この世ならぬ穢れが政晶を嘲う。嘲笑の漣が、祭壇の広場いっぱいに満ちている。
……こいつらが三界の魔物になって暴れたら、赤穂君たちがやられてまう。あかん……それは絶対あかん!
「魔の目貫け、慧し剣、儺やらい、魔滅せ。日々に降り積み心に澱む塵芥、洗い清めよ、祓い清めよ」
この世の全てが拒むなら、自らも拒めばよい。
誰も望まない呪われた子供が生きて何とする。
無様に生き恥を晒すなら、全ての滅びを望め。
この世ならぬ穢れが政晶を嘲う。それでも政晶は、無心に呪文を唱える。
力を持たずとも、この呪文だけが政晶と建国王を繋ぐ標だと信じ、ひたすら詠じる。
「視界の外なる焔光陽炎纏い、慧し剣、儺やらい、穢れ討ち、外なる碍断て、慧し剣。魔の目貫け、慧し剣、儺やらい、魔滅せ」
誰も望まないタダの子供を何故、産んだのか。
誰もがタダの子供の政晶を必要としていない。
……そんなことない! 母さんは、自分が入院しとんのに僕のこと心配しとった!
誰もがお前を認めず顧みず、気にも掛けない。
……僕は母さんを心配させたなかったから、何も言えんかった、言わんかっただけや!
「射交矢、祝的し、祓えども心許すな、三界の魔誘う深淵の螺旋、我欲の沼を出で祓い清めよ」
誰もがお前を認めず顧みず、気にも掛けない。
……そんなことない!
誰もがお前の望みに応じず、心を満たさない。
……父さんは、仕事で大変やから、心配させたなかったんや! そやから、僕が、自分で言わんかっただけや!
誰もがお前の求めに応じず、助けには来ない。
……言うたら、父さん、一カ月も仕事ほっぽり出して、僕と母さんの傍に、ずっとおったやんか!
「薙ぎ祓え、祓い清めよ、破魔の剣、日の箭霊呼び、弓弦鳴らせ」
左腰のお守りを掴み、右手をドブ水に突っ込む。
屈んで呪文を唱える政晶の口の中に、人々の心の穢れと瘴気のドブ水が、蠢き這い入る。味も臭いもない不定形の闇が、呪文に掃き出されては、這い入ろうと蠢く。
誰もがお前の望みに応じず、心を満たさない。
呪われた自らも、この世の全てを拒めばよい。
……そんなことない!
誰もがお前の望みに応じず、心を満たさない。
……父さんも母さんも大変やったから、僕はえぇ子にしとかなあかんかっただけや!
自らも、この世の全てを拒絶し、呪えばよい。
……親が大変な時に我が儘言うたら、ホンマに要らん子になってまう思て、何も言えんかった!
誰もがお前の望みに応じず、心を満たさない。
……僕が! 自分で! 言わんかっただけや! 黙っとったら、親でもどなして欲しいか、わからんわ!
「巡り繰る因果の糸のその先に警めて戒めに忌まし魔を縛めよ」
その言葉を唱えた瞬間、政晶の意識に光が差した。
……そうや! こいつら、王様の剣がおらんかったら、視えへんねや!
「破魔の剣、日輪翳らす雲を薙ぎ、月を翳らす靄を祓え」
呪文を唱えながら自分の体に意識を巡らせる。
ドブ水に覆われ心に痛みは感じるが、鎧に守られた肉体は無事だ。
この世ならぬ闇は、政晶の中に入り込めずにいた。
「日の箭霊呼び、弦打ち残心せよ」
誰もがお前を認めず顧みず、気にも掛けない。
……さっきからやかましいわ! それしか言われへんのか!
この世の全てが拒むなら、自らも拒めばよい。
……僕は言うたらあかんから、何も言わへんかっただけや!
誰もがお前の望みに応じず、満たす事はない。
……黙っとったら、親でも気持ちなんか伝わる訳ないやろ!
「薙ぎ祓え、祓い清めよ、破魔の剣、日の箭霊呼び、弓弦鳴らせ」
気魄を込めて呪文を唱える。
政晶と建国王の剣の間に穢れと瘴気のドブ水が蠢き、二人を隔てていた。お守りを握りしめ、意識を集中する。




