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野茨の血族  作者: 髙津 央
第四章.家族

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82.面影

 ……今のん……誰の声やったんや? 王様! 王様! 何処におるんや?!


 ドブ水に沈んだ建国王の剣は、沈黙している。

 この世にありながら、この世ならぬ異形の(けが)れに呑まれ、蠢く魔物のかけらの何処かに沈んでいる。


 政晶は、建国王の剣の形を心に描きながら、屈んでドブ水に手を突っ込み、掻き回した。

 ドブ水に浮かんでは消える泡が、沸々と疑念を湧かせ、政晶の心に(ささや)く。


 国は、政晶を利用して捨て去ろうとしている。

 用済みになれば、この国からも、拒絶される。

 呪われた自らも、この世の全てを拒めばよい。

 無様に生き恥を晒すなら、全ての滅びを望め。


 穢れが、政晶の心に囁く。無数の人間の眼が、政晶を凝視する。体に直接触れ、その穢れが心に()みて初めて、その正体がわかった。

 人間の眼球に見えるモノは、他人の評価に(とら)われた心が具現化した塊だった。


 無数の眼球が、政晶を凝視する。その視線が、目立たないように、失敗しないように、失笑を買わないように、必要以上に他人の目に怯えて暮らす日々を、嫌でも思い出させた。


 誰も望まない呪われた子供が生きて何とする。

 無様に生き恥を晒すなら、全ての滅びを望め。

 呪われた自らも、朽ちながら全てを拒むのだ。

 自らの呪いをこの世の全てに向け滅びを望め。


 政晶は立ち上がり、周囲を見回した。

 ドブ水に浮かぶ眼球に囲まれている。

 結界は健在で、ドブ水は祭壇の広場に溜まっている。建国王の剣がなくては、ここから出ることも叶わない。外からの助けも望めない。


 鍵の番人も主峰の心も、(あざむ)く道も慈悲の谷も、どれだけ強い魔力を持っていても、ここには入れないのだ。

 穢れに満ちた祭壇の広場が、果てしなく広く感じられた。

 呟きに掻き消されたのか、中断しているのか、呪歌も聞こえない。


 政晶は、この広場に一人。

 誰にも助けてもらえない。


 誰もがタダの子供の政晶を必要としていない。

 誰もがお前の望みに応じず、心を満たさない。

 誰もがお前の求めに応じず、助けには来ない。

 誰もがお前を認めず(かえり)みず、気にも掛けない。


 「天の(ことわり)、地の恵み、水の情けと火の怒り、我にその大いなる助力与え、この血に熱帯び、心に勇気灯せ」


 政晶は必死に記憶を手繰(たぐ)り、建国王に教えられた呪文を声に乗せた。魔力を持たない政晶が、どれだけ大声で唱えても、何の効果も(あらわ)さない。


 この世の全てが拒むなら、自らも拒めばよい。

 誰も望まない呪われた子供が生きて何とする。

 無様に生き恥を晒すなら、全ての滅びを望め。


 ドブ水が、政晶の心に染み込んでくる。大勢に囲まれ嘲笑される恥ずかしさと情けなさに、何を探していたのか忘れそうになる。

 ドブ水の嘲笑の(さざなみ)が、祭壇の広場いっぱいに満ちる。


 できもしない魔法の呪文を唱える恥ずかしさと情けなさに、何をしていたのか忘れそうになる。

 どうせ誰にも必要とされない子。

 ここで死んでも誰も気にしない。

 この世ならぬ穢れが政晶に囁く。


 大人になる前に死んでも、母はきっと気にしない。心残りではないのだから。親不幸にはならない。


 ドブ水が人の形を為し、母の面影をなぞる。母は冥界で政晶を待っているに違いない。

 母の形を為したドブ水が、両腕を広げる。

 来るのが遅いと叱られるかもしれない。気持ちがドブ水に(さら)われそうになる。


 政晶の膝から力が抜ける。

 左腰で何かが揺れた。

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地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』

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野茨の環シリーズ 設定資料
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