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野茨の血族  作者: 髙津 央
第四章.家族

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80.後悔

 先に行きたい。

 遅れたくない。

 前に行きたい。

 人の後は嫌だ。

 上に行きたい。

 人の下は嫌だ。

 上に立ちたい。

 人の下は嫌だ。


 ドブ水の中から蹄の生えた人の足が突き出している。

 ヘドロの表面に立とうと足掻(あが)くが、ずぶずぶと沈んでままならない。

 ようやく浮いた足を、モザイクのような色合いの大蛇の尾が力任せに打ち、ドブ水に叩きつけた。叩きつけられた足は、再びヘドロに沈んだ。


 お前如きが、でしゃばるな。

 その程度なのに自慢するな。

 お前なんて所詮、その程度。

 自分の方が、うまくできる。

 みんなと違うことをするな。

 自分より先にして目立つな。

 お前だけ目立とうとするな。

 お前如き、些かも得するな。

 自分よりも、多くを得るな。


 蛇はドブ水の上を這い、次の獲物を探している。

 政晶(まさあき)は赤い大蛇の娘を思い出し、一刻も早くモザイク色の蛇から離れたかった。

 蛇は政晶には関心を示さず、毒々しいピンクの花を咲かせたヘドロの塊に狙いを定め、遠ざかって行った。


 巡り()る因果の糸のその先に(いまし)めて……


 内心、ホッと胸を撫で降ろして剣舞を続ける。

 先程の足が、勢いよく水面に跳ね上がった。手首を蹴り上げられ、建国王の剣が弾き飛ばされる。

 「うわッ?」

 政晶は驚き、思わず目を閉じた。


 人の下は嫌だ。

 上に立ちたい。

 人の下は嫌だ。

 上に行きたい。

 人よりも上へ。


 ドブの泡が弾け、無数の声が呟いている。

 小さな呟きが重なり、ひとつのうねりになる。

 靴の中にヘドロが流れ込む。

 にゅるり。

 不快な感触に肌が粟立(あわだ)つ。

 耳元で聞こえる囁きが恐ろしくなり、そっと目を開けた。

 建国王の剣は、何事か呟くこの世ならぬドブ水に沈み、政晶の視界から消えていた。

 「王様……王様! どこ()るん?!」

 ドブの表面で泡が弾けながら、何事か呟いている。

 無数の呟きが重なり、うねりとなって政晶を包み込む。体を洗う清水の魔法とは対極のおぞましい感触が、体の表面を撫でた。


 好きでこんな山登るんじゃない。

 みんなが登るから仕方なく来た。

 ここで死にたくない。生きたい。

 こんな所に来なければよかった。

 嫌だ、死にたくない。生きたい。

 まだやりたい事もしてないのに。


 激しい後悔の念が、ヘドロの中で人の手の形を成し、政晶の足を掴んでじわじわと這い上がって来る。その塊は、大人になれずに命を落とした若者の幼い心残りだった。

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地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』

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野茨の環シリーズ 設定資料
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