08.自室
「掃除と荷物運び、終わったよ」
不意に言われ、政晶は思わず前を向いた。
「お布団だけベッドに敷いたけど、後は自分で片付けてね」
「え……? あ、はい?」
政晶は戸口に目を遣った。
誰も居ない。
台所を見回したが、モニタらしき物は見当たらなかった。
宗教は何も持っていない。ただ政晶の前に座っているだけだ。
……おっちゃん、何で自分がやったみたいに言うとるんや?
「清掃と荷運び、完了致しました」
政晶が箸を止めて考え込んでいる所へ、金髪の女性と黒髪の女性が入ってきた。
金髪の女性は、先程の大広間に居た人物。黒髪の女性は、古い外国映画から抜け出してきたようなメイドだった。
「クロエ、立つの手伝って」
「はい、ご主人様」
「あ、政治、何時に帰るって言ってた?」
「ご主人様、政治さんは、一時間程度で帰宅するそうです」
……ホンマに「ご主人様」言うメイドさん居るんや……この家、執事さんも居るし、漫画みたいな金持ちやな……でも、昼は、月見うどんなんや……
「政晶君、もうおなかいっぱい? お部屋見に行く?」
「えっ、あ……はい」
結局、つゆが残ったままの丼を流し台に運ぶ。
古風なメイドが、慣れた手つきで宗教が立ち上がる介助をした。
「洗うのはクロエにしてもらうから、行っていいよ。双羽さん、案内してくれますか?」
「……こちらです」
フタバと呼ばれた金髪の女性に促され、政晶は台所を出た。
口の字型の長い廊下をほぼ半周し、玄関の反対側にある階段を昇る。
二階を半周し、玄関の真上辺りの部屋に通された。
南向きの窓から差し込む春の陽が、木の床と白い壁を温めている。
十二畳程の部屋にベッドと、商都から持ってきた学習机と、数個の段ボール箱だけがぽつんと置かれていた。
宗教の言う通り、ベッドには商都で使っていた布団が敷いてある。
「隣の二部屋が、あなたの父上のお部屋です。手前が寝室、角は仕事部屋です」
金髪、青い瞳、白い肌。顔立ちも、どう見ても日之本帝国人ではない。
出身地は不明だが、フタバの説明は、訛のない完璧な発音の日之本帝国語だ。
政晶はいくつも疑問が湧いてきたが、気後れして口に出せなかった。
……そない言うたら、こないだ新聞の授業で、看護と介護の外国人労働者を増やす政策がどうのって、やったなぁ……あぁ言うのんで来た人なんやろなぁ……
代わりに、自分で見当を付けて自分を納得させる。
廊下の扉が開き、宗教と執事の黒江が入ってきた。
玄関正面の扉から中庭に降り、外階段からバルコニーに上がって、近道したらしい。
「着替えとかはクローゼットに仕舞ってね。家具の配置を変えたいなら、黒江に手伝わせるけど……?」
「あ……い、いいです。このままでいいです」
標準語で話すと堅く心に誓ったが、口が強張り、ぎこちない。
クローゼットは父の寝室側の壁面。
ベッドは窓辺、学習机はクローゼットとは反対側の壁際に配置されていた。
……広過ぎて落ち着かんのは、どないしようもないしな。