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野茨の血族  作者: 髙津 央
第四章.家族

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79/93

79.奉納

 慈悲の谷が弦を爪弾いた。その和音に、(あざむ)く道の木管が、やわらかな旋律を乗せる。

 鍵の番人の幼い声が、力強い歌に魔力を乗せ、響き渡った。


 魔法の歌が山間に(こだま)する。


 ドブに(さざなみ)が立ち、祭壇の広場の隅々にまで広がる。

 追儺(ついな)の呪歌に(おび)えて震え、見る間に萎縮し、嵩を減じた。


 建国王が政晶(まさあき)脳裡(のうり)に映像を展開し、最初の動作を示した。

 何度も練習した型だ。

 政晶はそれに従い、ドブの一歩前に立って呼吸を整える。

 足を肩幅程度に開き、左足を半歩前に出した。

 ドブは政晶の鳩尾(みぞおち)の高さにまで萎縮している。


 政晶は建国王の剣を抜き、両手で正眼に構えて大きく円を描いた。

 刃がドブ水を抉り、政晶の正面から消えてなくなった。ドブ色のゼリーをスプーンで(えぐ)ったような穴から、祭壇の広場に一歩、足を踏み入れる。

 その場で立ち止まり、剣を顔の正面で横に構え、一呼吸止める。

 左手を離し、右手だけで勢いよく横に()ぐ。

 瘴気(しょうき)と穢れのヘドロが音を立てて退き、政晶の右手側に数歩分の空間が空いた。


 (あら)わになった石畳を歩きながら切先を天に向け、ゆっくりと前に降ろし、正面に突きつける。政晶の後ろでヘドロが閉じ、前に道が拓いた。

 政晶は振り向かず、何度も練習し、体で覚えた文字を大きな動作で空中に書いた。


 天の(ことわり)、地の恵み、水の情けと火の怒り、我にその大いなる助力与え……


 刀身がヘドロに触れる。

 水に焼け火箸を突っ込んだような音が立つ。湯気は上がらず、ヘドロが剣の軌跡に消えた。

 政晶は、建国王が示す文字の映像を剣でなぞりながら、一歩ずつゆっくりと、祭壇の広場の中心に向かう。

 行く手のドブ水の中で、()じれた翼が羽ばたこうともがいている。


 自分はあいつより優れている。

 誰もが認める強い力が欲しい。

 自分にもっと力があったなら。

 空を行くだけの魔力が欲しい。

 飛べれば、誰もが認めるのに。


 ヘドロに(まみ)れた(いびつ)な翼は、羽毛の代わりに人間の指が生えていた。


 優れた自分に相応しい強い力。

 この空を飛べたならいいのに。

 優れた自分には空が相応しい。

 飛んで下の人を見降ろしたい。

 もっと上へ。空の高みへ飛ぶ。


 翼の指がドブ水を跳ね飛ばす。

 ヘドロは政晶の頬にべったりとこびり付いた。政晶は嫌悪感に顔を(ゆが)め、左袖で頬を拭いながら、右手の剣で文字を書いた。


 視界の外なる焔光陽炎(えんこうようえん)纏い、(さと)(つるぎ)()やらい、穢れ討ち……


 ドブの表面で泡が弾け、何事かブツブツと呟いている。その無数の呟きが、封印の導師達が奏でる呪歌をかき消す。


 どうせ何も巧く行く訳がない。

 そんなのが成功する訳がない。

 成功の見込みなんてないから。

 余計なことで回り道できない。

 どうせ何をしても無駄になる。

 失敗するのが目に見えている。

 失敗すればみんなに笑われる。

 失敗するようなことは諦めろ。

 失敗するのは無駄で恐ろしい。


 政晶は思わず立ち止まり、振り向いた。

 剣舞を止めた僅かな隙を埋めるように、ドブが押し寄せる。

 いつの間にか、広場の中程まで進んでいた。

 今来た道はヘドロに埋もれ、もう後戻りはできない。

 広場の端は遥かに霞み、宿舎も導師たちが居る筈の場所も見えなかった。


 ……えっ? 嘘? ここって、こんな広かったか?


 〈惑わされるでない。魔の目貫け、慧し剣、()やらい、魔滅せ。夜々に降り積み……〉

 建国王に促され、続きを舞う。


 ドブの呟きに呪歌をかき消され、政晶は気が気でなかった。

 (いびつ)な翼に刃が触れ、何の手応えもなく両断した。翼から指が落ち、ヘドロに沈む。

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地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』

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野茨の環シリーズ 設定資料
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