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野茨の血族  作者: 髙津 央
第三章.ドブ

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78.七色

 もうすぐ夏休みが終わる。


 数日前から雨が続き、政晶は宿舎内で練習に励んでいた。

 鍵の番人は使い魔を猫に変え、縄の切れ端で戯れている。

 若者たちは来ず、雨の音だけが聞こえる中、政晶(まさあき)は何とも言えない気持ちで過ごした。


 雨は〈雪〉の予報通り、夕方に止んだ。

 外に出ると、雲の切れ間から差し込む夕日が、大きな虹を作り出していた。

 七色に輝く弓が、ムルティフローラ国土の上空に横たわる。空の弓は政晶たちが見守る中、夕闇に溶け込み、消えていった。

 風が雲を流した紺色の空に、無数の星が(またた)く。

 虹が消えた空を見詰めたまま、鍵の番人が言った。


 「どう? もうできそう?」

 「えっ……?」

 唐突な問いに、政晶は意図がわからなかった。


 「私たちは何日でもいいけど、舞い手さんの期限は、明日がギリギリだよ。大丈夫?」

 政晶は、雨上がりの澄んだ風を吸い込み、力強く(うなず)いた。やるしかないのだ。



 八月二十九日。奉納の朝を迎えた。

 政晶(まさあき)の鎧には、鍵の番人が昨夜の内に魔力の補充を済ませている。

 その鍵の番人は、祭壇の広場の脇で主峰の心と何事か話し合っていた。

 慈悲の谷と(あざむ)く道は今朝早く、【跳躍】の術で跳んで来た。


 二人は杖を地面に横たえると、祭壇の広場の前に置かれた椅子に腰掛け、儀式に用いる楽器の調律をした。

 慈悲の谷は、ギターに似た涙型の胴の弦楽器、欺く道は、鍵の番人の背丈程もある大型の木管楽器だ。

 二人は慣れた手つきで、弦の張り具合や音色を確めた。


 騎士たちが、祭壇の広場周辺を露払いした。

 肉体を持たない雑妖(ざつよう)が、四人の騎士に瞬く間に(ほふ)られる。

 欺く道が巨大な笛を吹き鳴らし、低く丸みのある音色が、雑妖の残した穢れを祓った。


 朝靄(あさもや)が晴れる頃、準備が整った。

 祭壇の広場に正対する政晶と主峰の心。騎士たちとクロエが、その(かたわ)らに控えている。

 その数歩後ろに、楽器を手にした慈悲の谷と欺く道が座り、二人の間に鍵の番人がいつもの杖を手に立っている。管理者は皆から離れ、宿舎の前に退がっていた。


 政晶は、震えが止まらなかった。

 ここには、結界の最外周まで届いた三界の魔物の瘴気(しょうき)と、人々の心の穢れが溜められている。


 ヘドロのような不定形の(よど)みに、強い思いが半ば具現化した極彩色の生物のかけらが漂っている。

 臭気こそないが、祭壇の広場はドブそのものだった。


 ここに到着した日、政晶の腰の高さだったドブの汚水溜めは、胸の高さにまで嵩を増していた。

 眼球の形を成した思いが、政晶を一瞥(いちべつ)してヘドロに沈む。


 〈結界内に侵入できるのは、我と舞い手である(いまし)だけだ。封印の導師たちが追儺(ついな)の呪歌で、あれの動きを鈍らせる(ゆえ)、そう悲観するでない〉

 建国王が、政晶の不安を和らげようと努めて明るく言う。その説明に、政晶は不満と不安を覚えた。

 ヘドロに無数の赤い鱗が混じり、ギラギラと輝いている。


 ……動き鈍らすだけて……それで、どないせぇちゅうねん。


 城の地下で見せられた映像では、追儺(ついな)の術は舞い手の他、十一人で行う呪歌だった。

 塔に居る三人の巫人と、四方(よも)の城門を守る四人の導師は、王都を離れられない。


 政晶は建国王の記憶を読み取り、今ここに居る鍵の番人、慈悲の谷、欺く道の三人だけでは全く足りないことを知り、怖気付いていた。


 建国王は更に説明する。

 〈ここまで届く瘴気(しょうき)は薄く、若者たちが置いて行く穢れも、大半が他愛のないものだ。それで充分、何とかなる〉


 それをある程度浄化すれば、足許の魔法陣で第一の術が発動する。

 若者の穢れた思念は、中立で純粋な魔力に変換される。

 その魔力が更に残りの穢れを魔力に変換し、連鎖反応が起きる。

 魔力が一定量を超えると、第二の術が発動する。


 建国王は強い確信を持って言い切った。


 〈(いまし)ならば、充分、あれと戦える〉


 「己が何者であるかを忘れず、あれに同調しなければ、恐れることなど何もない」

 主峰の心が政晶の肩を抱き、励ました。膝の震えが止まる。

 (つか)に手を掛け、頷いた。

 「やります」

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地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』

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