表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の血族  作者: 髙津 央
第三章.ドブ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

77/93

77.導師

 成人の儀を終えた者たちは、それぞれ山を去って行った。

 転移の術で跳んだ者は僅かで、大半の者が徒歩で帰路に就いた。

 例の若者も親戚に確保され、途中で他の者と合流した。昼過ぎに「ご心配をお掛けしました」と宿舎宛に術で連絡があったのだ。


 騒動の後、気が抜けてしまった政晶(まさあき)は、食堂でぼんやりしていた。

 管理者が、連絡の内容を鍵の番人に報告している。二人の遣り取りを聞くとはなしに聞いていた。


 ……魔法、便利やねんな。


 〈そうだな。使い方を誤りさえしなければ、便利な物だな。良し悪しは使用者次第だ〉


 政晶は、叔父が帝国大学の准教授として、政晶の友人の友田に向けた言葉を思い出した。



 「どんな道具も知識も、使う人によって良いことにも悪いことにも使える。この腕環を凶器にしないように気を付けて使ってね」



 ……そんでも、ここで魔法を悪用する人、おらんから大丈夫ちゃう?心配せんでも、悪い人は魔物になって、騎士さんたちにやっつけられて、すぐおらんようなるんやろ?


 〈邪悪な意思を(もっ)て行動する者ばかりではない。良かれと思い、理想の実現の為には手段を選ばず、悪事を働く者も存在するのだ。善意を以て為す悪事程、厄介な物はない〉


 ……余計なお世話、言う奴?


 〈(いまし)には、まだ難しかったか……〉

 建国王は苦笑した。


 結局、その日は練習を休み、翌日から本腰を入れて取り組んだ。



 政晶(まさあき)は、数日で呪文全体の動作を教わり、後は毎日、一時間ぶっ通しで舞った。休憩は挟むが、体に覚えさせる為、日に何時間も剣を振るう。


 祭壇の広場には、若者たちが毎日、入れ替わり立ち替わりやって来た。

 主峰の心の話に耳を傾け、術で心の重荷を降ろし、大人としての自覚を持って、それぞれの故郷や輪廻の輪に帰る。


 成人の儀で祓いきれない穢れを持つ者は、ほとんど居なかった。

 穢れを抱えた者も、あの二人を超える者はおらず、政晶と建国王が軽く祓うだけで浄化された。



 五日に一度、「(あざむ)く道」と呼ばれる背の高い導師が、片手に杖を持ち、もう一方の手で葦笛を吹きながら祭壇を訪れる。

 政晶(まさあき)の母と同年代に見えたが、実際の年齢は不明だ。


 【歌う鷦鷯(ミソサザイ)】の徽章(きしょう)を身に着けている。

 建国王の記憶を覗くと、歌や楽曲に魔力を乗せ、術とする音楽家だった。

 この欺く道が、二千年以上前に追儺の儀式を構築し、穢れを祓う呪歌を創り出したらしい。


 建国王は初回だけ、三界の眼を通して彼の仕事を視せた。

 笛の音に魅かれた穢れが列を成し、欺く道の後を雲霞(ウンカ)のような黒い塊となってついて来る。

 祭壇の広場の前で演奏を中断すると、穢れはドブの(よど)みに呑み込まれた。

 欺く道は政晶を歓迎し、心浮き立つ軽快な曲を奏で、持ち場に戻った。



 不定期に訪れる「慈悲の谷」は、緑色の髪を持つ湖の民の導師だった。

 父と同じくらいの年に見えるが、実年齢不詳の女性だ。

 白い花が幾つも付いた杖を持ち、山で道に迷った死者と生者をまとめて連れて来る。


 建国王によると、首に掛けた徽章(きしょう)は【(にえ)刺す百舌(モズ)】で、生贄を必要とする儀式魔術の研究者とのことだった。

 普段は山脈の最も深い谷の祭壇に居る。


 政晶は、徽章の説明を聞いて恐くなり、谷の祭壇で何をしているか、本人に聞けなかった。

 慈悲の谷も政晶を歓迎し、優しげな笑顔を向けたが、政晶は引き攣った愛想笑いを返すのが精一杯だった。



 祭壇の広場には、若者と導師だけでなく、肉眼では見えない雑多な妖魔が、穢れに惹かれて集まって来る。騎士たちは雑妖を排除し、舞い手である政晶を守った。

 政晶は、〈灯〉に与えられた霊視力で見えるモノに慣れ、恐がらなくなってきた。


 文官上がりの〈雪〉も、連日の雑妖退治で戦いに慣れてきたらしい。

 他の騎士に比べれば、まだ負傷は多いが、魔剣に振り回されるより先に、自ら剣を振るう回数が増えてきた。主峰の心が時折、そんな彼に助言を与えている。


 政晶(まさあき)はある朝、〈雪〉が地面に小さな魔法陣を描いて呪文を唱え、その日一日の天候を調べているのに気付いた。

 思っていた通り、〈雪〉の専門は戦いではなかった。

 燕は、天候に関する魔術の徽章(きしょう)だったのだ。


 街道でにわか雨に遭ったのは、雨宿りできる場所がなかったからだ、と言うことも今更わかった。〈雪〉は「知ってても、どうにもできないことってあるよね」と寂しそうに笑った。


 鍵の番人が毎晩、政晶の手のマメを癒す。

 政晶は相変わらず痛みを訴えないが、鍵の番人は当然のように、童歌(わらべうた)のような呪文を唱える。

 建国王は、それについて何も言わなかった。

 政晶は毎日、くたくたでベッドに倒れ込み、鍵の番人が唱える癒しの呪文を子守歌代わりに眠った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』

【関連が強い話】
碩学の無能力者」 友田君のその後。
飛翔する燕」 騎士〈雪〉たちの護衛任務直前の様子。
汚屋敷の兄妹」 巻末の家系図左半分の人たちの話
汚屋敷の跡取り」 巻末の家系図左半分の人たちの話別視点

野茨の環シリーズ 設定資料
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ