76.赤糸
〈トモエマサアキ、詠唱を続けよ。灼けつく烈夏の日輪以て劾き……〉
「灼けつく烈夏の日輪以て劾き、四方に広がる霜の剣以て禍つ罪断つ……」
建国王が魔力を込めて名を呼んで強制し、政晶に術を完成させた。
震える足を叱咤し、恋人たちに近付く。
騎士たちが先んじて、蛇に巻かれた恋人たちを囲んだ。
他の若者たちはじりじりと移動し、宿舎の前で身を寄せ合っている。
主峰の心と鍵の番人は、険しい表情で見守っていた。
「他の誰も見ないで! 私だけを見て! ……どこ見てんのよッ? 私を見なさい!」
婚約者は、主峰の心や鍵の番人に縋るような目を向けていた。
娘は婚約者の頬を両手で挟み、力ずくで自分に向ける。
「……これ、引き離した方がいいんですかね?」
「無茶言うな。犬も食わないって言うだろ」
〈雪〉の呟きを〈斧〉が溜め息を吐きながら否定した。
赤い大蛇が、婚約者の上半身を呑み込んでいる。
三界の眼を持たない青年は、自分の身の上に何が起こっているか、気付いていない。身体には痛みを感じないようだ。
政晶は、娘から隠れるように青年の背後に立ち、嫉妬の塊を削りに掛かった。
彼を斬らないよう、慎重に刃を動かす。
薄く削げた赤い塊が、祭壇に吸い寄せられ、ドブと混ざって視えなくなる。
赤い蛇も痛みを感じないのか、政晶に削られても動じない。ただ、娘と婚約者を纏めて縛り上げ、彼を呑み込んでいる。
削られ、薄くなった部分を他の部分が補い、全体が徐々に細くなってゆく。
再度、術の効果が切れ、剣が素通りする。
蛇は凧糸の太さにまで細り、婚約者の首に幾重にも絡みついていた。
娘は婚約者の胸に顔を埋め、泣きじゃくっている。
「私には、あなたしか居ないの……あなたしか……見てないの。見えないの……」
青年は婚約者を抱きしめ、鼓動に合わせて背中を軽く叩いていた。
赤い糸は青年の首に食い込んでいる。
この世のモノなら絞め殺されているところだが、青年はようやく落ち着いてきた婚約者にホッとしていた。
「君がこんなヤキモチ焼きだったなんて、知らなかった……何か、色々と、ゴメン」
娘は無言で頷き、しゃくりあげる。
……あの……王様、もう一遍さっきの魔法……
〈これ以上となると、肉体を傷付けてしまう。それに、男も満更ではなさそうだぞ……捨て置け〉
……えっと……もしかしてこれが、運命の赤い糸……とか言う奴なん? 恐過ぎやろ……
政晶は、娘の体から伸び、青年の首を絞め上げている赤い糸に震えあがった。
宿舎前の者達は、ある者はニヤニヤ笑い、またある者はうんざりした目で、そんな二人を眺めていた。




