75.蜷局
他の若者の大半はオロオロと見守るばかり。ニヤけながら隣と小声で話す者もいる。
騎士たちは舞い手を守ろうと、泣き叫ぶ娘と政晶の間に立ち、身構えている。
「白々しい! 結婚してなきゃいいってもんじゃないの! これは私のカレなの!」
「だから、落ち着けって、彼女は関係ないだろ」
「関係ある! 関係あるようにしてんのは、あなたなの! 外国のオンナが珍しいからって、いちいち見ないで! 私だけ見てればいいのよ! 私だけ見なさい!」
「えっ? ちょっ……お前、どうしたんだよ、急に……」
青年は金切声で泣き叫ぶ婚約者に狼狽し、肩から手を離した。
蛇がゆっくりと、とぐろを解く。
「娘よ、それは人間ではない。殿下の使い魔が化けたモノだ。だから浮気では……」
鍵の番人の言葉に、娘は婚約者の胸倉を掴んで激しく揺さぶった。
「可愛くて胸が大きけりゃ魔物でも何でもアリなのッ? サイテー!」
「えぇっ? ちょっ……お前、何言ってんだよッ? そんなんじゃないって……!」
……えっ? えぇえぇえぇっ? 何これ恐ッ! 全然コトバ通じんやん。あー……あれか? マリッジブルーとか言う奴なん?
〈赤だか青だか知らぬが、蛇が娘の体から離れておる。今ぞ好機。呆けておらんでさっさと斬れ。全く、男女の機微のわからぬちびっ子が余計なことを言うから……〉
建国王の【魔道士の涙】が新緑の色に輝いた。
娘は婚約者の胸倉を掴んで泣き叫んでいる。
蛇は青年のドブとは違い、術の発動を意に介さない。
嫉妬の塊は、娘の感情の爆発と同時に膨れ上がった。人を呑む太さに育った大蛇が、今度は戸惑う婚約者に向かう。
政晶は騎士たちの守りを抜け、駆け寄った。
武器としての剣の扱い方は習っていない。スイカ割りのように力任せに刃を叩きつける。
赤い蛇は何の抵抗もなく断ち切られた。勢い余った切先が地を打つ。
人々が呆気に取られ、政晶に注視する。
周囲の者が息を殺して見守る中、娘は血を吐くような声で、婚約者が過去に何度も他の女性に関心を示したことを詰り続けている。
嫉妬の蛇は断ち切られて尚、動きを止めない。
頭を失った胴は一滴の血も流さず、激しく身を捩っている。この世ならぬ蛇の頭部が、婚約者に向かって地面を這いずる。
政晶は恐怖に駆られ、蠢く蛇の頭を闇雲に斬りつけた。何の手応えもなく、刃の触れた部分が分離する。
蛇の断片は、吸い寄せられるように祭壇に流れ込んだ。
散々斬りつけられた蛇の頭部が全て祭壇に消え、ようやく政晶は我に返った。呼吸を整えながら顔を上げ、娘を見る。
残った胴の切断面が、見えない手で捏ねられ、頭部を形作ろうとしていた。
娘は相変わらず、涙と洟に塗れた顔を歪め、婚約者に甘えながら、詰り続けている。
〈術の効力が切れた。もう一度呪文を唱えよ。天の理、地の恵み……〉
言われた通り、呪文を唱えながら、娘に近付く。
術が完成する前に蛇の頭部が再生した。赤い蛇は身を翻し、婚約者に躍り掛かった。
流れるような動きで若い恋人たちを締め上げる。
政晶は息を呑み、足を止めた。




