73.祓う
……えっ? いや、この人、大丈夫やんな?
〈案ずるな。心臓と肺は動いておる〉
意識もあるのか、青年を覆い尽くしたヘドロが溢れ、地面に広がる。政晶は足下のヘドロを避けながら、青年に近付いた。
建国王が呪文を唱える。
〈我に続いて唱え、斬れ。
天の理、地の恵み、水の情けと火の怒り、我にその大いなる助力与えよ。
蒼穹の許、鵠しき燭よ、如何なる辯疏をも却ける峻厳なる光明よ、咎人の陰かな企み劾け。
何者にも染まぬ黒き衣纏い、灼けつく烈夏の日輪以て劾き、四方に広がる霜の剣以て禍つ罪断つ。
日々に降り積み心に澱む塵芥、洗い清めよ、祓い清めよ。
灼けつく烈夏の日輪以て劾き、四方に広がる霜の剣以て禍つ罪断つ。
心の誠以て日輪の花咲かすべし〉
先程、主峰の心が唱えた物と同じ、穢れを祓う呪文だ。
政晶は、建国王に続いて湖北語で呪文を唱えた。剣の柄頭で建国王の【魔道士の涙】が若葉色に輝き、術が発動する。
ヘドロが萎縮し、宿主の体内に戻ろうと蠢く。
若葉色の光に打たれた表面が剥がれ落ち、祭壇に吸い込まれて消える。
政晶は、建国王が映像で示す通り、ヘドロを削ぐように剣を振るう。
斬り落とされた穢れが、黒い靄となって祭壇に呑み込まれる。
「四方に広がる霜の剣以て禍つ罪断つ。心の誠以て日輪の花咲かすべし」
最後に、祭壇に向かって大きく薙いだ。
青年にしがみついていた塊が抜け、夏の日差しに灼かれる。
黒い靄が消え、政晶にも青年の姿が視えた。
鍵の番人の術に縛られたまま、表情を憎しみのまま凍りつかせている。
政晶は剣を鞘に納めた。
〈よくやった。ひとまず、この者から離れよ〉
建国王の【涙】から光が消える。
政晶は頷いて、騎士たちの傍に戻った。
他の若者たちが、驚いた顔をこちらに向けている。鍵の番人が杖で地面を打ち、術を解いた。
ひねた青年は、その場に崩れ落ちるように膝をついた。親戚が駆け寄る。
俯いた青年の表情はわからないが、震えていることはわかった。
親戚たちが縋るような目を向ける。鍵の番人が面倒臭そうに説明した。
「建国王の剣で、その者に溜まった穢れを断ち切って下さったんだ。後は、本人の心掛け次第だ。今は部屋に下がって休ませてやるといい」
親戚達は信じられないと言いたげに、ひねた青年を見た。
黙って俯いている。
親戚たちは、鍵の番人と政晶の目を見て何度も礼を述べ、青年に肩を貸して立たせた。
青年はその手を振り払い、弾かれたように登山道を駆け下った。
「おい! どこ行くんだ! 待て!」
親戚二人が後を追う。その場に残された者たちは呆気にとられ、ただ見送った。




